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錯覚  作者: 手絞り薬味
9/47

夫6

 あれから十年経った。


 由里子が去ったこの街に、俺はまだ住んでいる。

 そこそこの企業に就職して忙しい毎日を送り、あの頃よりいいマンションに住んでいる。

 色々なものを無くし、色々な事が変わり、でも俺は・・・まだ由里子が好きだ。





 会社帰り―――――。

 疲れた身体を引き摺るようにして歩く俺を、呼び止める声。


「坂本!!」


 立ち止まった俺の腕が、引っ張られた。

「あ・・・・・」

 薄くなった頭髪に、でっぷりと出たお腹。

 随分と見た目は変わったけど、それが誰かはすぐに分かった。

「寺田・・・」

 俺が名前を呼ぶと、寺田はホッとしたように笑った。





「今日は出張で、こっちに来たんだ」

 近くの喫茶店に、俺達は入った。

 寺田は今、別の街に住んでいるらしい。

「変わったろ?ハゲデブになっちまった」

 笑う寺田の左手の薬指には、指輪があった。

 俺がその指輪をじっと見ていると、寺田は照れたように笑った。

「うん。結婚した。もう七年になるよ。こないだ三人目が産まれたんだ」

「・・・そうか、おめでとう」

 ああ、だからこんなに幸せそうなのか。

「お前は・・・」

「独りだよ」

「そうか・・・」

 俺達の会話はそこで途絶え、互いにチビチビと珈琲を飲んだ。

「・・・まだ、忘れられないのか?」

 不意に聞こえた言葉に、俺は視線を上げる。

「もう・・・忘れてもいいんじゃないか?」

 寺田は俺の目を真っ直ぐに見た。

「あれから十年経ったんだ。あいつらも、死んじまったし・・・」

「・・・・・え?」

「え!?」

 俺はポカンと口を開けて、寺田を見た。

 寺田は大きく目を見開いた後、視線を彷徨わせる。

「あー・・・、知らなかったのか。事故で・・・、三年くらい前だったかな」

 死んだ・・・?

 由里子が・・・?

「まさか・・・」

 寺田は俯いて、首を振る。

「・・・・・」

 信じられなかった。

 由里子が、死ぬなんて。

 俺の中には、今でも由里子の笑顔があるというのに・・・。

「どうして・・・」

 その呟きをどう捉えたのか、寺田は事故の詳細を語り始めた。

「車ごと、崖から落ちたって。・・・無理心中じゃねーかって噂だ。なんか、揉めてたらしいし・・・」

 ・・・無理心中?

「何故・・・」

「さあ、そこまでは・・・」

 どうしてだ。二人は結婚して、子供だって・・・、子供?

「子供・・・!」

「ああ、子供は婆さんとこに預けられてたらしいぞ」

 ・・・生きているのか。

「お前も、さ。もう充分苦しんだんだ。新しい生活を始めても、いいんじゃないか?」

 ・・・新しい?

 由里子のいないこの世界で、それに何の意味がある。



 気まずい雰囲気のまま、俺達は喫茶店を出た。

「じゃあ、な」

「・・・ああ」

 しかし寺田は、二歩程歩いたところで振り向いた。

「俺は今でも・・・、お前の事、友達だって思ってるよ」

 ああ・・・。

「ありがとう」

 今までごめん。

 寺田は笑って手を振り、家族の待つ家へと帰った。


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