夫5
その後も俺達三人は、変わらぬ関係を続けた。
真実を顕らかにして由里子が俺から離れていくぐらいなら、何も知らないフリをした方がましだ。
だがそういう決意をした途端、目にしたくないものが見えてくる。
それは例えば、木の影に隠れるようにして知らない男とキスをする姿とか、腕を組んでホテルに入っていく姿とか、電話口から聞こえる男の声とか―――――。
そして、風邪をひいたからと言われてデートをキャンセルされた時、見舞いに行った俺は、由里子の部屋から聞こえる喘ぎ声に愕然とした。
由里子は俺と別れる気なのだ。
俺が由里子を抱いたのは、もういつだったのか思い出せない程前だ。
フラフラと自分の住むアパートまでの道を歩いていると、「あ!」と言う声が聞こえた。
顔を上げると、寺田が立っていた。
「さ、坂本・・・」
「・・・・・」
俺は寺田の横を、俯いて通り過ぎた。
今更なんて言えばいい?
以前のような関係には、戻れない。
寺田とも、そしてきっと・・・・・。
由里子が大学を卒業して、雅樹が大学を辞めた。
「子供が出来たの。父親は雅樹よ」
大学の近くにある喫茶店で、そうあっさりと話した由里子。
「結婚して欲しい」
誰の子供でも構わないから。
しかし、由里子はそんな俺をケラケラと笑った。
「馬鹿じゃないの?」
ジュースを飲み干し立ち去る由里子。
「・・・・・」
俺は伝票を握りしめ、レジに向かった。
その夜、布団の上に座り呆然としていると、突然激しいノックの音がした。
ビクリと身体を震わせる俺の耳に聞こえてきた声―――――。
「篤、篤!開けろよ!」
雅樹・・・!?
驚いて立ち上がり、ドアを開ける。
「雅樹・・・」
ベロベロに酔った雅樹が、そこに居た。
「篤!」
雅樹は倒れるように俺に抱き付いてきた。
支えきれずに尻餅をついた俺を、雅樹は強く抱き締める。
「雅樹・・・」
「あの女、ふざけやがって」
『あの女』・・・。
「俺の子供かどうかなんて、分かんねーだろ?色んな男とヤりまくってたくせに!なのに、俺の子供だって言い張るんだぜ!」
「・・・・・」
「あーあ、大学だって後一年だったのに、やめちまったし。参ったな」
「・・・・・」
何を・・・言っているんだ!
俺は雅樹を強引に引き剥がした。
由里子を手に入れて、なんの不満があると言うのか。
嫌なら・・・!
「俺に譲ってくれ」
大切にするから。由里子も子供も。
「・・・・・」
しかし雅樹は、唇の端を引き上げて、泣きそうな顔で笑った。
「お前の、そういうところが好きだ」
雅樹は立ち上がると、背中を丸めて帰って行く。
「雅樹・・・!」
俺の叫びは、暗い空に虚しく吸い込まれ、雅樹には届かない。
そして二人は、俺の前から去って行った。