夫2
由里子との交際は、順調だった。
付き合う事が決まった次の週末に、初めてデートをした。
何処に行って何をすればいいのか分からない俺は、雅樹に教えてもらった通りのコースを緊張しながら歩いた。
そんな俺を由里子は『可愛い』と言った。
一週間後に初めてのキスをした。
そして一ヶ月後、―――――俺は女の身体を知った。
誘ったのは彼女からだった。
「身体の相性も、大切でしょ?」
そう言って、由里子は俺を優しくリードして、女の抱き方を一から教えてくれた。
俺は由里子に夢中だった。
由里子とのデート費用を稼ぐ為に、バイトをした。
大学を卒業したら、すぐに結婚したい。
その為に、勉強も頑張った。
俺の頭の中は、由里子との明るい未来でいっぱいだった。
「おい、坂本・・・」
そんなある日、同じ高校出身の寺田が声を掛けてきた。
寺田とは特別親しい訳ではないが、会えば挨拶もするし話もする、といった関係だった。
「何?寺田」
「その・・・、ちょっと話でもしないか?」
「え・・・?」
そんな風に寺田から言われたのは、初めてだった。
俺は戸惑いつつ、寺田に付いて、大学の近くにある喫茶店に入った。
「何・・・?どうしたんだ?」
「うん・・・」
寺田は目の前のコーヒーをじっと見つめ、やがて意を決したように話し始めた。
「お前、さ。中西由里子と付き合ってんのか?」
「え・・・?」
「いや、見掛けたからさ。二人が一緒にいるの」
デートでも見られたのだろうか?
一つ先輩の彼女と、大学内で一緒にいる事はあまり無い。
「ああ、付き合っているよ」
「・・・・・」
俺の言葉を聞いた寺田は、眉を顰めて頭をバリバリと掻いた。
「んー・・・、あのさぁ、俺は坂本の事、友達だと思ってるから、敢えて言うぞ。・・・怒るなよ」
なんだろう?
不穏な気配がするが、俺は取り敢えず頷いた。
すると、寺田は驚くべき言葉を口にした。
「・・・あの女は、やめておけ」
「・・・・・」
なんだ?何を言っている?
「中西由里子ってな、『尻軽女』って有名なんだぞ。誘われりゃ誰とでも寝るって」
「・・・・・」
「お前、知らなかったんだろ?そんな事。実際俺の知ってる奴も、何人かあいつと寝てるぞ」
「・・・・・」
意味が分からなかった。
確かに、由里子は俺が初めてでは無かったが、寺田が言うような女では決してない。
「まあ、その、そういう事だ」
寺田はテーブルの上のコーヒーを一気に飲み干し、溜息を吐いた。
何がだ?そういう事ってなんだ?
由里子の事をろくに知らない奴が、何を言っている?
「おい、坂本・・・、大丈夫か?」
「・・・・・」
俺は立ち上がり、寺田を睨み付けた。
「ふざけんなよ」
一言だけ言って、伝票を握りしめレジに行く。
「あ、おい!坂本!!」
叩きつけるように金を払い、外に出る。
後ろで寺田が何か言っていたが、聞く気は無かった。
寺田は最低の男だ。
もう二度と、あいつとは関わらない。
俺は憤慨しながら、大学に戻った。