妻9
医者は言った。
「思っていたより悪かった」
だから・・・、どうしろと言うのか。
「お婆ちゃん、そこの段差、気を付けて」
「大丈夫、分かっているよ」
古いこの家には、細かい段差が沢山ある。
私が左手を持って支え、坂本さんが右手と腰を支えて居間へと入る。
座椅子に座らせると、祖母はフゥ・・・っと息を吐いた。
「ああ、やっと帰ってこれた。やっぱり家が一番だね」
「今、お茶淹れるね。坂本さんも座って下さい」
今日、祖母は退院した。
坂本さんが仕事を休んで一緒に病院に迎えに行ってくれたので、随分楽に連れ帰る事が出来た。
祖母は私が坂本さんを『知り合い』として紹介しても、意外にもさほど驚きもせずに頭を下げた。
「いや、俺は・・・」
「お茶くらい飲んで行って下さい」
帰ろうとする坂本さんを引き止め、私は窓を開けて古い扇風機のスイッチを入れてから台所に行く。
流れる汗をハンカチで拭きながら、湯を沸かした。
外から聞こえてくる、蝉の声―――――。
夏休みも既に半分が過ぎていた。
この暑さは祖母の身体には堪えるだろう。
通院も辛いに違いない。
私がもう少し早く生まれて仕事をしていれば、お給料でエアコンを買う事も、車で病院に連れて行く事も出来たのに・・・。
溜息を吐いて、ガスの火を切る。
本当はこの夏から、バイトをするつもりだった。
だけどその話をしたら、祖母が猛反対したのだ。
「子供がお金の心配なんてしなくていい」
・・・私はもう『子供』なんて歳では無い。
しかし祖母はバイトを許さなかった。
保険も入っているし、貯金も少しはある、そしてそれよりも傍に居て欲しいと言われては、さすがに私も反論出来なかった。
お盆に熱いお茶と冷蔵庫から出した麦茶を載せて居間に戻る。
「坂本さんは、熱いお茶と麦茶、どちらがいいですか?」
「じゃあ麦茶を貰おうかな」
麦茶を坂本さんに出して、熱いお茶を祖母の前に置く。
「お婆ちゃん、熱いから気を付けてね」
「分かっているよ、由香里。―――――心配し過ぎなんですよ」
後半は坂本さんに言って、祖母は笑う。
坂本さんが少し笑って頷いた。
この二人は気が合うのだろうか?
和やかな雰囲気で、私達はお茶を飲んだ。