妻8
週に二度程、坂本さんはうちに来る。
「変わりない?」
私の顔を見ると、坂本さんはまず始めにそう訊く。
学校は?お婆さんの容体は?
「来週、手術なんです」
「そう。君も無理しないようにね」
玄関でほんの少し会話して、坂本さんは帰る。
決して部屋に上がろうとはしない。
玄関の鍵をかけて、道路に面した窓のカーテンの隙間から外を見ると、坂本さんがこちらを振り向いて手を振る。
私も小さく手を振ると、坂本さんは車に乗って帰っていった。
祖母の手術の日―――――。
私は学校を休んで、病院に来た。
手術室に入る祖母を見送り、待ち合い室に行く。
本を持って来たが読む気にはなれず、只々ボーっと壁を見つめていた。
そして一時間が経った頃、不意に聞こえた声に、私は驚いた。
「由香里ちゃん」
振り向いた私の目に飛び込んできたのは、坂本さんの顔。
「坂本さん・・・?」
どうしてここに・・・。
「仕事、早く終わったんだ。今日手術だって言ってたから病院に寄ってみたんだけど、会えて良かった」
坂本さんは私の隣に座り、コンビニの袋からジュースを取り出した。
「ありがとう、ございます」
目の前に差し出されたジュースを手に取るが、飲む気にはなれず、ペットボトルを握りしめて俯く。
そんな私に、坂本さんは何も言わない。
二人共無言のまま、ただひたすら時が過ぎるのを待った。
そして・・・数時間後、チラリと時計を確認する。
予定の時間を過ぎている。
どうしたのだろう・・・。
最悪の場面を想像し、そんな自分に嫌悪を感じる。
その時―――――。
そっと伸びてきた手が、私の左手を握りしめる。
顔を上げると坂本さんと目が合う。
夏がすぐ近くまで来ていたこの日、冷房のきき過ぎた病院内で、坂本さんの手だけが暖かかった。