夫12
仕事帰り、俺は車で由香里の家に向かう。
今日は少し時間が遅い。
顔を見る事は出来ないだろうが、無事に帰宅しているかだけでも確認したい。
仕事で疲れた身体に鞭打ち、バンドルを繰る。
そして、由香里の家の近くまで来た時、俺は異変に気付いた。
「・・・・・?」
誰か、居る?
ヘッドライトで照らし、俺は驚愕した。
由香里―――――!!
車を停め、飛び出す。
「何をしている!」
目を見開いている男を強引に引き剥がすと、由香里は大きな瞳に涙を溜めて、道路にへたり込んだ。
「大丈夫か?」
腕を掴んで由香里を立たせ、頭の先から足の爪先まで、無事かどうかをチェックする。
「家に入って、鍵を閉めて。俺が戻ってくるまで、誰か訪ねて来ても決してドアを開けないように。早く」 ショックを受けている由香里に付いていてやりたいが、片手で捕まえている男が暴れている。
俺は力がそれ程強くないので、このままだと逃げられてしまう。
やむを得ず由香里を家の中に押しやり、俺は暴れる男を渾身の力で車に叩きつけた。
「イテーな、おっさん!離せよ!」
ふざけるな。
俺の由香里を泣かせて、ただで済むと思っているのか。
「このまま警察に行けば、お前の人生は台無しになるな」
「―――――!!」
男の動きがピタリと止まる。
「あ・・・・・」
視線を彷徨わせ、しどろもどろに言い訳を始めた。
「そ、そんなつもりじゃ・・・」
では、どういうつもりだったのだ。
「俺はただ、中西と付き合いたかっただけで・・・」
見た目は未成年のこの男、おそらく由香里と同じ高校生なのだろう。
事の重大さが分かったのか、急に怯えだした男を、車の中に押し込む。
「お前の家に案内しろ」
もう二度と、由香里に近付けさせない。
俺は怒りのままに、アクセルを強く踏み込んだ。
男の家から戻ってきた俺は、由香里の家の前に車を置き、チャイムを押した。
人が近付く気配がする。
「あの・・・、さっきの者だけど」
俺がそう言うと、簡単にドアは開いた。
やはり不安だったのだろう。
俺の顔を見た由香里は、ホッとして、身体から力を抜いた。
その頬に涙の後が幾筋もあり、心が痛む。
「大丈夫か?恐かったな」
頭を撫でると縋るような視線で俺を見る。
ああ、可愛い由香里。
守ってやりたい。
「これを。君に二度と近付かないって誓約を書かせた。相手の親にも厳重に注意するよう言っておいたから」
警察に届けると言ったら、相手の親は慌てふためいた。
本当はこの街から出て行って欲しいのだが・・・、いや、むしろ由香里を俺のもとに連れ帰りたい。
俺の由香里。
あの男に襲われる由香里を見て、俺は気付いた。
誰にも触れさせたくない。
由里子は、由香里は、俺のものだと。
もう二度と失敗はしない。
その為には、まず由香里に信用してもらわなくては。
俺は胸ポケットから取り出した小さな紙を、誓約書に添えた。
「俺の名刺。そうだ、名前言って無かったね。俺は坂本篤。携帯の番号も書いてあるから、もし何かあったら電話して」
由里子の手に紙を握らせ、男はわざとらしく首を傾げた。
「家の人は、居ないのか?」
由里子が頷く。
「そうか。出来れば今回の事を、説明したいんだけど」
由里子の祖母を味方に付けたい。
だが由里子は目を見開いて、拒否した。
「駄目・・・!」
「しかし・・・、これからの事もあるし」
由香里は口を半開きにして俺を見つめる。
「気を付けないと、同じ事がまたいつ起こるか分からないよ。今回は、偶々俺が通り掛かったから良かったけど・・・」
「・・・・・!」
決して脅しなどではない。
お婆さん公認でこの家に出入り出来れば由香里も安心すると思うのだが。
「近くに、頼れる人は居る?」
居ないだろう?
「家の人は、帰って来ないの?」
「入院・・・してる」
知っている。
「入院?病気なのか。退院の予定は?」
「まだ・・・」
「そうか・・・」
お婆さんは、相当具合が悪いな。
「じゃあ、戸締まりをしっかりして、暗い時間には絶対に外に出ないように。いいかい?」
素直に頷く由香里。
「俺は仕事でよくこの近くに来るから、帰りに寄るよ」
「え・・・?」
本当は仕事が終わってから来ているのだが・・・な。
「成り行きとはいえ、助けたんだ。乗りかかった船・・・というか。それに、男の出入りが無い家は、狙われるよ。親戚のおじさんとでも思ってくれればいい」
今は。
「怖い時や困った時は、いつでも電話しておいで。出来る限り力になってあげるから」
全力で守るよ。
俺の由香里。
それから俺は、時々家も訪問するようになった。




