妻5
祖母が、入院した。
裕福ではないが、それなりに生活は出来ていた。
だがしかし、もっと切り詰めていかなくてはならないのだろう。
高校三年生の私は、少し前まで受験生だった。
先生はしきりに『勿体ない』と言うが、進学は諦めた。
一流大学に行ける頭がある訳ではないのに・・・。
先生が求めるものは『合格』だが、私が求めるものは『生活していけるだけのお金』なのだ。
病院の祖母を見舞った帰り、私は力なく公園のベンチに座る。
『手術』
祖母が傷付く事よりも、お金の心配をしてしまう私は、酷い孫だ。
保険はどうなっていたか?
通帳に後いくら入っているか?
特別な理由があれば、学校公認でバイトが出来る筈だ。
「・・・・・」
一人になるのは嫌だ。
両手で顔を覆う。
真夏に近い、照りつける日射しにクラクラとする。
この先、どうしようか?
どうすれば良いのか・・・。
その時、不意に頭上から声が聞こえた。
「気分が・・・悪いのか?」
顔を上げると、そこに見知らぬスーツ姿の男が立っていた。
「ちょっと、待っていて」
男はそう言うと、近くの自販機でジュースを買って戻ってきた。
「飲めるか?」
「・・・・・」
渡された数本のペットボトル。
・・・勿体ない。
家に帰ればお茶があるから、わざわざ高いジュースを買う必要など無かったのに。
親切をこんな風に思ってしまう私こそ、病気だ。
「ありがとうございます」
礼を言い、キャップを開けようとするが、力が入らない。
「貸してごらん」
私がジュースを渡すと、男はキャップを開けてくれた。
「・・・ありがとうございます」
喉を流れる甘い液体。
そういえば、ジュースなんて久し振りに飲んだ。
「美味しい」
呟いた私に、男は目を細める。
「良かった。気分が悪いなら、送って行くよ。家は何処?」
「あ・・・、その、大丈夫です」
見知らぬ男に付いて行く程馬鹿ではない。
「そう、じゃあ」
去って行こうとする男に、私は慌てて声を掛けた。
「これ、ジュース・・・!」
「あげるよ」
「・・・・・」
こんなに?
でもまあ、くれると言うのだから、もらっておこう。
太っ腹な人だ。
私はジュースを鞄に突っ込み立ち上がる。
・・・重い。
だが置いて行くなんて勿体ないので、気合いを入れて肩に鞄を掛けて、駅までの道を歩いた。