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錯覚  作者: 手絞り薬味
11/47

妻4

 父の顔も母の顔も、憶えてなどいない。

 まだ小さな頃に、私は母の母―――――つまり祖母の元に預けられた。


 『由里子はろくでなし』


 祖母はそう言って、でも私の事は可愛がってくれた。

 だから、両親が死んだと聞いても、なんの悲しみも感じなかった。





「行ってきます」

 ランドセルを背負って学校に行く。

「由香里ー!今日は早く帰ってくるんだよ」

「はーい」

 今日は両親の命日だ。

 少し遠いが、それでも家から歩いて行ける墓地にある墓、そこに母の骨が納めてあった。

 『ろくでなし』なんて言ってたのに、母が死んだあの日、祖母は声をあげて泣いた。

 そして命日や月命日、盆などには、必ず私を墓に連れて行った。

 でも私には、手を合わせる意味が分からなかった。

 母は私にとって、生きている時も死んだ今も、他人だった。





 墓に水をかける祖母を、私はボーっと見ていた。

「ほれ、由香里、お供え」

 私がビニール袋から取り出した饅頭を、祖母は半紙に載せて墓に供えた。

 手を合わせて目を瞑り・・・、でも私はすぐに合掌を解き、目を開けた。

 祖母の祈りは長い。

 この待つ時間が、私には苦痛で仕方なかった。

 何とはなしに周りを見渡していると、ふと少し離れた場所に立つ、スーツ姿の男に気付いた。

 墓参り・・・?

 でも男は、私をじっと見ている。

 変質者には見えないが、もしかしたらそうなのかもしれない。

「おばあちゃん・・・」

 怖くなった私は、祖母の袖を引っ張った。

「うん?どうしたね、由香里」

「あれ・・・」

 そうして指差した場所に、男は既にいなかった。





 男の事などすっかり忘れていた一年後の命日―――――。

 私はまたあの男に会った。

 手桶に水を汲み、先に墓に行った祖母のところに持って行こうとした時、私は躓いて転んでしまった。

「痛ぁ・・・」

 擦り剥いた膝の痛みに眉を寄せながら立ち上がろうとした時、腕がグイっと引っ張られた。

 驚いた私が顔を上げると、目を見開く男の顔。

「・・・・・」

「・・・・・」

 男は何故か唇を震わせ、今にも泣きそうだった。

「あ・・・」

 視線を逸らし、男は私を立たせると、優しく頭を撫でて去って行った。

「・・・・・」

 男が何者かは分からないが、私を見つめる切ない瞳が、とても印象的だった。


 その一年後の命日、男は現れなかった。


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