夫7
何一つ魅力の無い世界を、俺はそれでも生きている。
由里子の死を受け入れられないまま、時だけが過ぎていく。
寺田が嘘を吐いたとはもう思わないが、真実だと信じたくなかった。
そして子供・・・。
もし一人残されたのなら、今は何処にいるのか、元気でいるのか・・・。
「・・・・・」
俺は段ボールから、古い手帳を引っ張り出した。
「死んだよ」
電話口から聞こえる、雅樹の父親の声。
夫婦仲は最悪だったらしい。
由里子は子供をほったらかしにして遊びまわり、雅樹は由里子に手をあげた。
育てられない子供は、由里子の母親が引き取った。
「飲酒運転だよ。ブレーキの跡が無かったらしい。運転してたのは嫁の方」
由里子が・・・?
どうして・・・。
二人の間に何が起こったと言うのか。
事故の真相は分からない。
分かっているのは、二人が死んだ事と、子供が生きている事―――――。
「嫁の骨は・・・、あちらに引き取ってもらった」
雅樹の父親は、俺に由里子の実家の電話番号を教えてくれた。
命日が近付いたある日、俺は意を決して由里子の実家に電話を掛けた。
数コール後に出たのは、予想外の女の子の声。
「はい、中西です」
あまりに驚いた俺は、声が出なかった。
「もしもしー?」
「・・・・・」
女の子が「おばあちゃーん」と祖母を呼んだ。
「もしもし?」
次に聞こえた声は、先程とは違う、少し低い声。
「あの―――――」
由里子さんに昔世話になった者です。
俺がそう言うと、由里子の母親は凄い勢いで話始めた。
好き放題やって、子供を残して死んだ馬鹿娘と言いながら、由里子の母親の声は震えていた。
「さっき電話に出たの、あれが由里子の子の『由香里』だよ」
やはりそうなのか。
迂濶な俺は、雅樹の父親に、子供の性別さえ聞いていなかった。
女の子、だったのか。
由里子の母親は、自宅の住所や墓地の場所まで俺に教えた。
「よかったら、来て下さい」
俺は礼を言って、電話を切った。