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ぶっ殺してやる

ーー憎っくきあの女をぶっ殺さなければ!


 私はあの女が嫌いだ。大嫌いだ。

 あの細い手足も、白い肌も、色素の薄い髪も、全部嫌いだ。

 あいつは儚い瞳をいつも揺らしている。がたがた震えて同情を誘う。あの香水はなんのつもりなのかしら。目立とうと思っているのよ、きっと。馬鹿ね。そんなことしても誰も気がつかないわ。

 そんなあいつは私の大好きな人を傷つけた。

 許せない。当然だ。あいつは罰を受けて当然なのよ。私が鉄槌を振り下ろしてやる。殺してやる。あいつを探さなければ。



 手話の限界


 太陽は天高く昇っていた。緑が木漏れ日に踊る。小鳥も歌う。大きな木陰で私と似たような女性を見た。

 私は思わず彼女に尋ねた。

「こんなところで一体何をしているの」

 右手にある鉈は見せない。彼女ももちろん気付かない。私がそんな物騒極まりない女だと知らずに

「手話の勉強をしているの」

と笑った。

 私は鼻で笑い返したくなったが、ここはこらえる。手話なんて。私の本音は半分ほど口から漏れた。

「手話なんて、ほんの一部よ。知っている人なんて。ごく限られた人間としか会話できないじゃない」

 木陰の女は静かに本を閉じた。まだ笑いをたたえている。

「ドイツ語もフランス語も中国語も同じでしょう。ごく限られた国の人間としか話せない」



 片付けマニュアル


 小屋を見つけた。一人の女がいた。香る花の香水。

「お客さんなんて珍しい」

と女は驚いた。

「待ってね。今、片付ける」

 女は狭い小屋をせわしなく動き回る。整理整頓の最中らしい。部屋は多くの物であふれかえっていた。

「手伝いますわ」

 思わず私の口からそんな言葉が突いて出た。女の手の『片付けマニュアル』たるものを見るからして、整理は苦手そうだと判断したからだ。やればできる。やらねばできぬ。私の手伝いも程々に、みるみる小屋は片付いて行く。

「まあ。整頓が得意な人なのね。コツとか、あるのかしら」

 女は私に尋ねた。私は即答した。

「いらないものは捨てる」

 女は少し迷ったそぶりを見せた。しばらくすると手にあるマニュアルを捨てた。



 存在の当然


 ずいぶんと時間が経ってしまった。突然声がする。足下からだ。

 探したけれど、誰もいない。今の声は何かしら。

「ここですよ」

 湖というには小さすぎるか。森の大きな水たまり。水中からだ。見たことの無い魚が、体中で存在をアピールしている。

「魚が話すなんて。私も随分遠くまで来たようね」

 私は岸にかがみ込む。その魚は水面から顔を出して

「お尋ねしたいことがあるのです」

と言う。私は面白半分で

「なにかしら」

と相槌。魚は花咲く笑顔。話を続ける。

「探しているものがあるのです。どこを探してもありません。淀む流れを見つめても、波の狭間を泳いでも、見当たらない。きっと、この世界には無いのです。陸の上にあるのでしょう」

 返答は出来ない。面倒なことになってしまった。私こそ、あの女を捜さなければならないというのに。魚は全く気にしない。私と、捜索の約束もしていないのに、探してほしいものの名詞を言った。

「『水』というものは一体どこにあるのです」



 毒の皿


 日が傾きかけてきた。随分時間をとられてしまった。早くあいつを。早く。絶対に。絶対に殺してやる。私がこの手で。

 時は黄昏。闇にまぎれて一人の女が呟いていた。

「どうしようかしら。どうしようかしら」

 女は私を目ざとく見つける。

「ねえ。どうしたらいいかしら」

「何の話よ」

 あまりにもしつこいので、私は歩みを止める。その女の腕は白く細い。手に皿を持っている。その上には小さなパンケーキ。女は体を震わせて私に相談を持ちかけた。

「私は一人娘。他に母が一人。父は知らない。家計は火の車」

 私は、へえ、と聞き流した。それでも女は語りをやめない。

「遂に母は私を養えなくなったらしいの」

 私はもう一度、へえ、と答えた。

「この皿の上のお菓子には毒があると母は言ったわ。その後、母は私に、食べて、と頼んだの。どうしたらいいかしら」

 母はこの娘を養った。きっとこの娘は孝行娘なのだろう。母の言うことをよく聞く良い娘。母の言うことなら何でも聞く良い娘。私は答えを教えてやった。

「『自分で』考えなさい」

 娘はしばらく考えた。そして意を決した。その皿からむんずとケーキをつかんで頬張る。遅効性の毒らしい。しばらく生と死の間をさまようとやがて眠るように倒れた。


 涙を飾る


 闇に足を取られて転んでしまった。うずく疼痛。うめき声。泣くほどじゃない。分かってる。それでも、暗がりに浮かぶ三日月の刃。私の右手に握る鉈。

 斬られた痛みなんてこの程度じゃないわよね。

 あの女には情状酌量の余地もない。それも知ってる。だけど。

 思わず私は涙がこぼれた。止まらなかった。

 ああ。この涙は誰に見せる為?



 美しい花火

 

 鬱蒼とした森。不気味に葉が風に揺れている。突然、ぼん、と音がした。頭上で何かが光った。花火だ。

 いつの間にか天上の視界は開けていた。随分高いところにきたらしい。

「それにしても、きれいね」

 私は思わずひとりごちた。

「そうかしら」

 いつの間にか、後方に一人の女が立っていた。白いワンピースが似合う女だった。風に髪を揺らしている。私は後方の女に

「何の行事でこの花火を打ち上げているの」

と尋ねた。天に花開く光のかけら。弧を描いて飛んで行く。赤に緑、青など色はさまざま。大きな音が私の心を強く打つ。すべてを焼き尽くす力強い火がここまで美しいとは。

 女は首を振る。眼を細めて呟いた。

「兵器の炎」



 大嫌い


 闇夜だった。私は森を走っているつもりだが、視覚では確認できない。ただ踏み潰す木の葉の音こそ、ここが森である証明。暗闇の中でついに私は念願のあの女を見つけた。

 細い手足に白い肌。色素の薄い髪に儚い瞳。花の香水。そして白いワンピース。間違いない。あの女だ。私の大切な人を傷つけた、あの憎い女!

 息を殺す。私はそろりと近づいた。踏みしめる地面の音がいやに耳につく。もうあと一歩。私の儚い瞳が奴の眼球を捉えた。女は叫ぶ。私は力任せに鉈を振り下ろす。

 外した。

 私は舌を打つ。間一髪。女は私の攻撃を紙一重でかわす。色素の薄い私の髪が風に揺れる。

 大振りすぎたかしら。力を入れすぎたかしら。

 私は闇にまぎれて間合いを取った。憎いあの女の眼には涙が見える。自業自得よ。私の大切な人を傷つけた罪は、殺しても殺し足りないほどなのよ。

 女もまた間合いを取った。私の服装に問題があるらしい。闇討ちを試みても、私の白いワンピースはどうしても闇夜に浮かぶ。女はこちらを見ながら後方に下がった。それが分かるのは相手も純白の服を着ているからだ。

 これ以上間合いを取られるとまずい。乾坤一擲の大勝負。電光石火。私は一気に間合いを詰める。女の細い首をつかんだ。そのまま地面に押し倒す。

「どうして私が」

 細い呼吸。相手は喘ぐような息。

「私の大切な人を傷つけたでしょう」

 女は分かり切ったことを聞いてきた。私も分かり切った答えを教えてやった。女から私と同じ香水の匂いが漂ってきた。

「私。反省しているわ」

 震えているのが分かる。女の儚い瞳から涙があふれて止まらない。気に喰わない。泣けば許されるという考えが。反省すれば済むという安直な思いが。

「私はそんな私が気に入らないのよ」

 私は女の首を捉えている。私の細い腕にありったけの力が注がれる。女の命乞い。耳に障る。鉈を振り下ろす。断末魔と共に静寂が帰ってきた。

 私はゆっくりと立ち上がる。

 足下には私と同じ顔をした女が冷たくなっていた。

「当然の報いよ」

 私は言い聞かせるように吐き捨てる。重い沈黙。闇が世界を支配した。細い月が一本の線になったかと思うと、まちまち消滅して姿が見えなくなった。


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