聖夜脚色奇譚
よお。そこのアンタ。久しぶりだなあ。え。俺なんて知らないだと。おいおい、冗談はよしてくれよ。モリオだよ、モリオ。森尾守男。本当に知らない。まあ。いいじゃないか。ここで会うのも何かの縁。すこし俺と話していけよ。
ところで。何やってるんだ、アンタ。今日はクリスマスだぜ。たった一人で喫茶店なんて。へえ。あ、そ。ま、今は一人だろう。立ってるのもなんだ。その席座れよ。空いてるぜ。ちょっと前まで可愛い奴と過ごしてたんだよ。ちょっと話を聞いてくれ。
祈りの後で
可愛いって言ってたのはヒイちゃんのことなんだ。夕方から寂しくなっちゃってさ。会いたい、遊ぼう、なんて言ったら一つ返事。イエス。茶髪はさらさら。瞳はきらきら。白い肌に細い指。
おっと。これ以上話すとアンタが妬いちまう。
ヒイちゃんは俺よりも早く集合場所にいた。長いマフラー。もこもこの帽子。ぶかぶかのコートを着込んでいた。今日はホワイトクリスマスとしゃれ込みそうだな。
「ブーツなんて持っていたのか」
俺が尋ねると、ヒイちゃんはぶっきらぼうに肯定した。素直じゃないところがまた可愛い。北風が強くなった。ヒイちゃんのさらさらの髪の毛。ふわふわ揺れる。
「今日はクリスマス。教会に行かない」
ヒイちゃんはこう言った。教会なんて。なんてロマンチック。
「神様に祈るつもりかい」
「いや。行ったことがないから」
ヒイちゃんの言葉に対して、俺はやってはならないミスをした。こんな事言って水を差しちまった。
「神様に祈って成功しても、その後神に感謝などしたことない」
本当にするとは
その後結局俺たちは街をぶらぶら。突然ヒイちゃんが高い声。
「ねこ」
白い。ふっわふわの猫。ヒイちゃんのかぶっている帽子の房に似ている。人気の少ない暗い道だったな。
「首輪をしているけど」
ヒイちゃんは猫に興味を示した。しかし足は進まない。
「撫でないのか。人にあんなに慣れている」
俺の囁き。ヒイちゃんは静かに首を振る。なんでも動物には好かれないらしい。ヒイちゃんは立ちすくんだ。すねたのだろう。
「猫は両方のひげを同時に強く引っ張るとすごく喜ぶんだ」
そこで俺のアドバイス。ヒイちゃんの顔がぱっと明るくなった。
けたたましい音。
「もうモリオとは口を聞かない」
ヒイちゃんは立ちすくんだ。すねたのだろう。
最上の楽しみ
ヒイちゃんの立ち直りは早かったしかし、悪いことをした。
「カフェで軽食をおごるよ」
俺の提案。もちろん笑顔で。八重歯がきらり。ヒイちゃんも花のような笑顔を見せてくれた。
最近日が沈むのが早い。もう真っ暗。寒い寒い。こぢんまりした喫茶店。そう、ここ。さっきまではヒイちゃんがいたんだ。アンタが今座ってる席。店内には橙の光。ふわりと包み込む。
「暖かいなあ」
ヒイちゃんは安堵のため息をついていた。
「軽食が届くまで何の会話で盛り上がろうか」
と、俺が会話を始めるより早く軽食が届く。なんという早業。でもよかった。俺は他人の悪口で盛り上がるのが楽しい男なんだ。
唖然
この喫茶店のパフェはうまいよな。値段は高いが。俺は大きなマグカップに暖かいコーヒー。ヒイちゃんは小さなチーズケーキ。
「なあ、ヒイちゃん」
俺が呼びかけるとヒイちゃんは怒るんだ。
「ヒイちゃんって言うな。もう何度目だ。俺の目に入ってきたカップルの数よりも多くの回数は注意した」
俺の向かいに座っている彼、鋭い眼光の男は露骨に顔を歪めた。
「俺を聖夜に踊る一組のカップルの気分にさせてくれないか」
俺はヒイちゃんことヒトトセとかいう男にお願いした。懇願と言っても良い。だけどヒイちゃんはこんなことを言う。
「ヒイちゃんと呼ばれるたびに悪寒を感じた。今理由を聞いて吐き気がした。お前のマグカップを汚物入れ代わりにしていいか」
俺はやめてくれと再び懇願。ヒイちゃんことヒトトセは
「俺の気持ちにもなってくれ。聖夜に男二人で過ごすみじめさといったら」
とこぼす。対して、俺は呟くように返答する。
「タナカも誘った。しかし断られた。今ごろ彼女と一緒に夜の街を悠々闊歩していることだろう」
ヒイちゃんは
「タナカの悪口でも言い合って盛り上がろうか」
と低い声。彼の鋭い眼光が光った気がする。
沈黙
と、まあ、ひとしきり盛り上がってヒトトセことヒイちゃんは帰っちゃったんだな。だから俺はクリスマスに一人の悲しい男ではないのだよ。うん。あ。あれ。アンタ。ちょっと。帰るのか。一人は淋しいぞ。俺は。ま。待ってくれ。パフェくらいおごるから。うむ。高いな。ああ。おごるおごる。待って。ちょっぴり見栄っ張りな俺は一人にすると泣いちゃうかもしれない。こ、こら。待て。待ってくれえ。




