ダーニング卿
とあるサロン。
これはマナ・ラインベリーが手配してくれた、ダーニング卿との会合の場であった。
威風堂々とした体躯、優美な髭。上質な仕立てのスーツと帽子。
ダーニング卿は実に紳士らしい紳士だった。
対して、薄っぺらいコートに安っぽいスーツ、ひょろ長いラズロは、なんとも惨めですらある。
しかし、ラズロにとって気にすべきはそんなことではなかった。
(髪の色が……おんなじだなァ……)
ダーニング卿の赤銅色の髪。
それを見て、ラズロは最後の一ピースがカチリと嵌る心地よさすら感じていた。
「君が……マダム・ラインベリーの仰っていた……ロウ巡査か……」
ダーニング卿は低くよく通る声で、実に怪訝そうにラズロに確認する。
「初めまして、ダーニング卿。ラズロです。今日はプライベートなので」
ラズロはそう言うと、ダーニング卿に椅子を勧めた。
そのまますぐ、本題に入る。
「既にお聞き及びのことと存じますが……ダーニング卿……あなた様の身の回りで、ご家族にまつわる、実に恐ろしい企み……陰謀が、巡らされておりました」
ダーニング卿が更に訝しむように顔を顰めた。
ラズロはそれを、柔らかく緩やかな笑みで受け流す。
「いったいなんのことだね……」
「は。……ご子息様の……ことです……」
ダーニング卿の顔色が変わる。
その眼差しは、ラズロをよく見定めようとする鋭さと、微かな動揺があった。
「十年前、行方知れずとなったご子息……その子の消息と、そもそもなぜご子息が卿の元から連れ去られねばならなかったのか……その顛末を」
「も、勿体ぶるな……! 早く言いたまえ」
「まぁまぁ。まずはこちらを……筆跡や、文章のクセなど、見覚えございませんか」
ラズロは、ダーニング卿にあの拙い文字とむちゃくちゃな文法で綴られたメイドの日記を差し出した。
ダーニング卿は、それを一目見てますます動揺したようだった。
「……お、同じだ。以前、私の元に届いたあの手紙の文字と…………なんと書いてる、読みづらいな」
拙い文字も、むちゃくちゃな文法も、正しく読み取るのには時間がかかる。
「要約致しますと……当時、卿のお屋敷で働いていたひとりのメイドが……弱味を握られ、それをネタに脅され、恐ろしい企みに加担させられそうになった、ということ」
「……いったいどんな」
「…………ご子息を、殺める企みですよ」
「――――!」
ダーニング卿は、あまりのことに呼吸すら忘れたようだった。
「ですが……メイドは、怖くなって……赤ん坊と報酬を持って出奔してしまった。……これが、誘拐事件の真相で」
「そ、そんな恐ろしいことを……いったい、誰が……」
ダーニング卿の声は震えていた。
ラズロは黙って、じっと、その目を見つめる。
ダーニング卿は更に狼狽え、怯えたように視線を彷徨わせ……まさか、と掠れた声で呟いた。
「メイドの日記にはこのように。……おくさま、やれゆったの……」
ダーニング卿の瞳が揺れる。
「ご子息が居なくなったあと、通報を止めたのは奥様……いや、当時はまだ……秘書の方……だったそうですねェ」
秘書として愛人をそばに置いていたのか、この男は。とラズロはいささか不貞腐れた気分になる。
マリィ・ダーニング夫人はどう思っていたのか。
「まさか……そんな……レジーナが……?」
「…………今、警察が……メイドの殺害の実行犯を探しています。きっと捕まるでしょうね、優秀なんです……皆さん」
「……待て、いまなんと。メイドの殺害……?」
ラズロは軽く肩を竦めて見せた。
「奥方は、過去の共犯……裏切り者のメイドが、いまさら卿に告白の手紙をよこしたのを許さなかったようですね」
「……まさか。なんということだ。……私は、あの手紙はただのイタズラだと思って……捨てて……レジーナが見たのか……」
ダーニング卿の中で、レジーナ夫人への疑惑はもはや止めようもなく膨れ上がっていくようだった。
こうなれば、仮にレジーナの罪が立件されなくとも、ダーニング卿は彼女を離縁するしかなくなるだろう。
それは、レジーナという女が、他人の命を踏み台にしてまで手に入れようとした地位や立場を完全に失うことを意味する。
彼女は考えたことがあるだろうか。
模造品の宝石箱で簡単に操れるほどのか弱いメイドが、自分の築いたものに小さなヒビを入れるなどということを。
今もまだ想像すらしていないかもしれない。
メイドの執念と懺悔が、間もなくその足元を崩すことになるのだとは。
ダーニング卿がようやく思考の迷路から抜け出したように顔を上げ、
「息子は……ルイスはどこにいるんだ!」
怒鳴るように言った。




