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『巡査と質屋の共犯目録 灰色の正義について』  作者:
少年と宝石箱

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ラズロの調査




 ダーニング卿という男は、中々に色好みの困った御仁であるらしい。


 ラズロは噂から噂――オイゲンを締め上げて吐かせた分の――そのまた噂の出どころを、ひとつひとつ丁寧に辿って行った。


 ようやくひとつ辿り着いたのは、とある娼館の女たちの話だった。


 最近ダーニング卿の元に奇妙な手紙が来たという。 


 それには、十年前ご子息様を盗んでしまいましたごめんなさい、と綴られていたそうだ。


 ダーニング卿は当初つまらないイタズラかと思い手紙をゴミ箱に捨てたが、後々になってその内容が心に重くのしかかってきたという。


 十年前、ダーニング卿は奥方――マリィ・ダーニング――を亡くしている。


 その二年前には生まれたばかりの息子――ロイド――を。


 ダーニング夫妻は哀しみを乗り越え、めでたくふたりめの息子が誕生する。

 しかし程なくして、今度はマリィ・ダーニングが突然死してしまった。


 更に不幸は続く。


 奥方を亡くして間もなく、生まれたばかりのふたりめの息子も消え去った。


 その子は生きていれば十歳になる。――マイルの年頃と一致する。

 

 身代金目当ての誘拐かと考え、当時秘書だった――愛人でもある――現奥方レジーナ・ダーニングの助言を入れて警察に通報はしなかったという。


 ダーニング卿と現奥方の間には子供が居ない。


 四十も越えた今、跡継ぎの息子が居ればと思って止まないのだという。


 もしあの奇妙な手紙の主が、十年前息子を攫った何者かからの懺悔だったのなら……?


 生きて無事に返してくれるなら罪には問わず、二万ポンドの褒賞をやる……と、女たちを使って噂を流させたのだという。


「…………はぁぁぁ」


 ラズロは天を仰ぎ、大して信じてもいない神に祈った。


(神様……どうせなら決定的な証拠をください……)


 祈ったところで証拠は降ってはこない。

 ラズロは本来の職務の合間に、自力で調べて回るしかなかった。


 ダーニング卿の前妻――マリィ・ダーニング夫人の不審死を検分した医師に、当時の状況を尋ねる。


 医師は言った。


「奥方はナッツで呼吸不全を起こす持病があったそうですよ。保湿のオイルにナッツの成分がね――」


 出産の祝いにと贈られた品々の中に、マリィ・ダーニングが命を落とすに至る理由が紛れていた。


 これは故意か……? だとしても立証は難しいだろう。

 

 残る手立ては、宝石箱の製作者を探し当てることだった。


 ラズロは街中の職人に片っ端から当たり、過去に逮捕された贋作職人や詐欺師にも当たり……。


「心当たりがあるぜ……」


 と、ようやく手掛かりを掴めた。


 十年前、とにかく馬鹿みたいに豪華で趣味の悪いきんきらきんの宝石箱を作ってくれという依頼を受けた男がいる。


 今は刑務所で、その器用な腕前を活かして小物製作をしているという元詐欺師だった。


「領収書の控えならしっかり残してるさ、それを使ってもう一商売できるかもしれないだろ?」


 ずる賢く笑う詐欺師から、控えの在処を聞き出すのにラズロが支払った代償は決して安いものとは言えなかった。


「これでもまだ弱い……参った……」


 贋物の宝石箱の依頼書と領収書の控えがあったところで、実際のモノがなければ立証には程遠い。


 せめてメイド――マイル誘拐犯――の死体が見つかれば。


 ラズロの調査は暗礁に乗り上げつつあった。


 土台むりな話なのだ、ただの証拠保管室の巡査程度には。


「手紙、日記、贋物依頼と領収書の控え……ここまで揃ってる。なら、あと一息じゃないのか……?」


 ふいに。

 ラズロは立ち上がった。 

 その勢いに椅子が倒れて保管室の薄暗い部屋に木霊する。


「マイル……あいつ……エリアスから貰った金は何に使ったんだ……?」


 大きな見落としではないのか。

 ラズロは時計を確認する。もうすぐ定時。

 あと数分が、何時間にも感じられるほどに長かった。



 ◇◇◇



「ごめんくださいお邪魔しますよ……!」


 ――からりん。 からりん。


 ラズロの声がドアベルより早く、ガラクタ置き場のような雑然とした店内に響き渡る。

 エリアスは驚いたように目を見開き、次いで怒れる猫のように眦を吊り上げる。


「うるさい……なんなんだ」

「旦那、マイルくんは?」

「……っ、う、上で……おとなしくしてる……」


 ラズロの勢いに、珍しくエリアスが気圧されたようだった。

 ラズロは頷くと許可を取る間も惜しげに二階へと駆け上がって行く。


「お、おじちゃん……な、なに、怖い顔してさ……」


 エリアスの店に匿われたまま、数日。

 マイルは以前に比べると少し健康的になっていた。

 しかし今、ラズロの剣幕に怯え震えてすらいる。


「あぁすみません、怖がらなくていいですよ。ひとつ教えてくれませんか……マイルくん……旦那から貰ったあの大金、何に使ったんです?」

「…………そ、それは……」

「教えてください、これは大事なことなんだ。……推理しましょうか? あんたの、お母さんに関わることだ」


 マイルの顔色が変わる。

 ラズロは、少年の華奢な肩に大きな手を添えた。


「……か、母ちゃん…………お、オレ……お、お医者の先生に、みせなくちゃって思って……それで……」

「…………運んだんですか?」


 マイルは頷いた。

 母の体を運ぶのに人に金を払い、更に医者にも金を払い……パンの代金すらなくなったのだろう。


「……よくやった」


 ラズロは一言短く言うと、すぐに医者の所在を聞いて出て行った。


「……………………あいつ、なんなんだよ」


 ドアベルの音だけが残された店内で、揺れる扉を眺めながらエリアスがぽつりと零した。


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