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『巡査と質屋の共犯目録 灰色の正義について』  作者:
少年と宝石箱

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探し人3




 ラズロは再びマイルが暮らしたアンダーロードに戻って来ていた。

 道端で怪しげな代物を売る男や酔っ払いや、クスクス笑う女に丁寧に聞いて回る。


「男の子を見てませんか。赤い髪で痩せっぽちの……」


 答えはどれも捗々しくはなかった。

 皆、見たことはある、行き先までは知らないと言う。


 肩を落としながら、マイルの住んでいた五階建てのアパートまで戻って来てしまった。


(灯台下暗し……なんて言うけどさァ……)


 階段を上がって、あの部屋まで向かおうとした足は、途中で止まった。

 最初にノックし、応答のなかった部屋の扉がうっすらと開いていた。


(ウソだろ……)


 まさか本当に、灯台下暗しだったのか。

 母親の襲われた部屋のすぐ下の階で、息を潜め身を隠していたのか?


 ラズロはその部屋の扉を開いて、中を覗き込んだ。


 部屋の中は何もなく、埃だけが積もっていた。

 その中でほんの一部、子供の足跡の分だけ埃がなくなっている箇所がある。


「クソ……やられた……」


 隣で女にキスされている間も、男に殴られた時も、マイルは部屋に居たのかもしれない。


 ラズロは隣の部屋をノックする。


「んもぅ、誰よ。いまダーリンが寝てるんだから静かに――って、あんたさっきの」


 ラズロは素早くシッ! と口の前に人差し指を立てる。起きてきた男にまた殴られたら堪らないからだ。


 声は低く質問は簡潔だった。


「隣、ずっと空き家ですか」


 女は目を丸くする。

 しかし、ラズロの奇妙に研ぎ澄まされたような雰囲気に気圧されたのか、神妙な顔をして。


「も、もうずっとよ……でも鍵が壊れてるから、たまに誰かが勝手に入り込んで寝てるわ」


 いい迷惑よ、と女は言った。

 ラズロは肩を落とし、はぁっと息を吐く。


「なるほどねェ。……どうも、助かりましたよ。それじゃ、お邪魔しました」


 ラズロは再び夜の街に飛び出して。

 途方に暮れた。

 お手上げだった。


「…………そもそも……マイルの母親はいったい何を……」


 なぜ口封じをされなければならなかったのか。

 思い付く理由は残念ながら幾らでもある。

 なんらかの危険な取引や事件に関わっていたか目撃したか。あの宝石箱は口止め料代わりかもしれない。


(でも、贋物なわけだ……)


 あれが贋物だと母親は知っていたのか? 

 もし知っていたとしたら、それでもマイルに託した理由はなんだ。

 

「………………なにか、秘密が?」


 こないだのダン爺さんの指輪のように、今度の宝石箱にももっと別の意味……隠し事があったとしたら?

 

(ヤバいかもしれない……)


 母親を殺した刺客が本当に狙っていたのがあの宝石箱だとしたら。


 いずれエリアスの店に辿り着いてしまうかもしれない。


 だとしたら、エリアスが危ない……。


「あぁ、クソ……俺ってやつは……なんでもっと早く思いつかないんだ……!」


 気付けば走り出していた。

 長い手足が大きく振れて、風のように夜の街を駆け抜けていく。



◇◇◇


 

 暗がりの曲がり角で、ドンッと誰かにぶつかった。


「……す、すみませ――」

「いてぇな、気をつけろ」


 背の高いラズロより更に頭一つ大きな男が、肩を揺すって低く吐き捨てる。


 厳めしく大柄な男だ。


 どことなく不吉な気配がするのは、ラズロの気が逸っているせいだろうか。


 男はスタスタとそのまま路地の向こうへ消えていく。


 ラズロは少し呼吸と調子を整えるため足を止めた。

 慌てすぎて人とぶつかるほど冷静ではないことに気付いたのだ。


 深呼吸をして角を曲がり、エリアスの店へと向かう。


 暗い路地裏の先、どん詰まりに灯るぼんやりした橙色の光が見えた時、ラズロは思わずホッとした。

 


 ――からりん。 からりん。



 軽やかなドアベルの音。

 

「……旦那、……エリアスさん……? ……エリアス……!?」


 いつもカウンター向こうの豪奢なソファで不機嫌そうに迎えてくれる青年の姿がない。


 ラズロは思わず大きな声を張り上げながらカウンターを乗り越えて……。


「っ……う、うるさいんだよ、おまえ……いつもいつも……」


 エリアスは蒼白い顔をますます青くして、床の上にへたり込んでいた。


 

◇◇◇


「…………悪い、もっと早く気付いておくべきでした」


 ラズロは、エリアスに手を差し出しながら言った。


 エリアスの瞳がラズロを見上げる。

 責めるようなものではなく、ただ揺れるその色がひどく怯えを孕んでいるように見える。


「怪我はないですか……?」

「…………あぁ。……………」

「すみませんねェ、遅くなって」

「別に……。おまえが居たからって何かが変わるわけでもないだろ。…………来たんだ、人殺し野郎が」


 エリアスは憎々しげに、吐き捨てるように言った。

 その肩も、声も、まだ微かに震えている。

 

「……狙いはやはり、あの宝石箱でしたか」


 ラズロはエリアスの手を取り、ゆっくりと立ち上がらせる。


 力が入らないのかよろける体を支えて、ソファに座らせてやりながら、さっと視線を走らせた。


 宝石箱は見当たらない。男が持ち去ったのか。


(さっきぶつかった……あいつか……)


 感じた不吉な気配は、暴力に慣れきった荒んだ世界の住人特有の匂いだったのかもしれない。


「参った……手詰まりですねェ。マイルくんは見つからないし、宝石箱もなくなっちまったんじゃ……」

「……って、ない」

「…………は?」


 エリアスがぽつりと呟く。

 すっかり色をなくした顔が、それでも不敵に笑ってラズロを見上げた。


 黒い手袋をするりと脱いでいく。その手に握った数枚の折り畳まれた紙片を見せ付ける。

 

「それは……?」

「宝石箱の……本当の価値を示す、特大級の鑑定書だ……は、喜べよ無能警官。マイルも無事だ」


 ラズロは目を見開き、ポカンとした顔でエリアスを見つめた。


 その不敵な物言いとは裏腹に、その手も声音もまだ微かに震えを見せていた。

 エリアスの、彼らしからぬ大仰な言い回しに、ラズロは少しの不安も覚えないではなかったが……。

 

 

「…………いったい、どういうことなんです?」


 努めて平静に、しかしラズロもまた、ほんの少しその声は揺れていた。


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