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『巡査と質屋の共犯目録 灰色の正義について』  作者:
少年と宝石箱

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探し人2



 メモに写した少年――マイル――の住む通りを、ラズロは歩いていく。


 あちこちにゴミが散らかり壁にはラクガキ、破れた窓には雑に板が打ち付けられている……アンダーロードとはそういう地区だった。


 道端で新聞紙にくるまり寝ている老人や、ひとりでクスクス笑っている女。


 ラズロは思わず溜息が漏れた。


 三番地15-2。

 傾きかけた煉瓦造りの五階建て集合住宅だ。


「……なるほど」


 何号室とは書いてない。

 住所そのものは嘘ではないかもしれないが。


 建物の中に入り、ヒビの入った階段を上がっていく。

 生憎とエレベーターはなかった。

 ラズロはひとまず一階から当たることにした。



 ――コン、コン。


 最初の一室目をノックする。

 不在なのか。はたまた居留守か。

 何度かノックしてみたが応答はなかった。


 

 諦めて次の部屋をノック。

 しばらくして、パタパタと走る軽やかな足音と共に、バンッと勢いよく扉が開いた。


「あぁん待ってたわぁダーリン!」

「はぇ……?!」


 ラズロのひょろりと細長い体に回される女の柔らかな腕。

 くたびれた顔にチュッチュッと繰り返される口付けの嵐。


「んっ、ちょ……ちょっと待っ……」

「んん~。ん……? あらぁ、なんかちょっといつもよりひょろくてザラザラしてるわねぇ」


 ラズロが女を引き剥がす。

 女はとろんとした目でラズロを見上げ、無精髭の顎先を指先で撫でてみながら。


「ダーリンじゃないわ。やだぁ間違えちゃった」


 きゃはきゃはと笑ったかと思えば、スンと真顔になる。


「あんたダレよ……」

「…………ちょ、っと、人を……探しておりましてェ……」


 





「マイルぅ……? あぁ、あの赤い髪の子。その子ならうちのひとつ上の部屋だったと思うわよぉ。最近ちょっとも見かけないけどぉ」


 女はめんどくさそうにしつつも、ラズロの問いにすんなり答えた。

 一発目で大きな手掛かりを得られたのは幸運だったろう。


「最近見かけないっていうのは……?」

「えぇ~知らなぁい。ちょっと前だったかな、ガチャンガチャンて凄い音と悲鳴みたいなのが聞こえてさ。それからぱったりよ」

「それは……正確にはいつごろですかねェ……」

「え~。んなのわかんないわよぉ。一昨日か……その前よ、多分」


 ラズロは女の言葉をメモに書き留めながら、なんともキナ臭くなってきたなという実感を得つつあった。


「おい! テメェ、ひとの女のウチでなにしてんだぁ??」

「え……」

「あっ、今度こそダーリン! もう、おっそ~い。あたし間違えてこの人にチューしちゃったぁ」


 女が無邪気にきゃはきゃはと笑う。

 それを聞いた男の顔が怒りに燃えて真っ赤に染まる。

 ラズロは当然青くなった。


「テメェこの野郎……!」

「ひぇ……っちが、ちょっ……俺なんも悪くなっ……ぐあっ!」


 男の拳がラズロの頬を捉え、ひょろ長い体は吹き飛んで行く。

 女のかわいそ~という声がぼんやり聞こえ、バタン! という扉の閉まる音がした。


「……いっ、てて。……今日は厄日か……」


 酷い目にばかり遭う。

 ラズロはよろよろと立ち上がって、階段を登りマイルの住んでいるはずの部屋へと向かった。



◇◇◇



 マイルの住んでいる部屋の扉は、ひしゃげて閉じられることなく開きっぱなしだった。

 これだけでも状況は異様だと思えたが、場所柄だろうか、これを気にする住民は居ないらしい。

 当然通報もないのだろう。

 部屋を覗くと、中は荒れ果てて惨状だった。


「……マイルくん、居るかなァ?」


 ラズロは、優しく聞こえそうな声を心掛けながら部屋の中に呼びかける。

 返事はなく、そもそも人の気配すらしなかった。

 頭を掻き、少しの逡巡。

 はぁ、と諦めにも似た吐息と共に、ラズロは部屋の中に入っていく。


(これは不法侵入だ……でも緊急事態における特例措置としてなんとか……)


 頭の中であぁだこうだと言い訳を捏ねくり回しながら、部屋の中を見て回る。


 モノは多くない。


 簡素なベッド――の残骸――や、テーブル――だったもの――や、ビリビリに破けた絵本、おそらく一冊分。


 ぐちゃぐちゃに山になったシーツに染みた赤褐色は、床にも散っている。


 血痕。


 ラズロは顔を顰め、部屋の中をもう一度注意深く見渡した。

 

 床に転がる、血の付いたヘアブラシ。

 応戦したのか、ただ飛び散っただけなのか。

 

(あいつなら…………)


 こんなモノからも、何かが見えたりするのだろうか。


 ラズロは、傷付いた子供のように顔を歪めた青年の顔を思い浮かべ、苦笑した。 


 自分はかなり酷い人間だと思えて。


 ラズロは軽く頭を振ると、ヘアブラシを拾い、コートのポケットに突っ込んだ。


 そのまま何食わぬ顔でこの部屋を後にする。


 探していた少年(マイル)の姿はない。


 何処に行ったのか……。


 床に残された血の痕からしてマイルの母親の生存は絶望的に思える。


 しかし死体は残っていない。


 どこかに運び出されたのか。


 単なる痴情のもつれや物取りの犯行なのか、それとも。


 あの宝石箱は、どういう経緯でマイルに託されたのか。


(物取りにしては、部屋を漁った形跡はないな……)

 

 荒れてはいるが、それは主に揉み合いになったせいか。

 

 ラズロの思考はいまいちまとまりきらない。

 

 本来なら、通報するべきだろう。

 明らかに事件のあった部屋だ。

 しかし、同時にこうも思う。


 したところでどうなる?


 スラムの片隅で女が死んだ“かもしれない”。


 遺体はなく荒らされた部屋と血痕があるだけ。


 息子が宝石箱を売って質屋から得たそこそこの大金を手に行方不明。


 おそらく警察はこう結論する。


 息子が金欲しさに母親を殺して逃げた。


 十歳程度という年齢も考慮はされないだろう。

 一番わかりやすいストーリーで調書が作られ、事件は終わりだ。


(……言い訳だ)


 自己正当化の思考にラズロは自己嫌悪すら覚えたが、結局のところ、自嘲的に笑って全てを飲み込んだ。


 その足は、エリアスの店に向かっていた。


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