探し人
勤務を終えたラズロは、いささか憮然とした顔で白い蒸気にけぶる夕闇空を見上げた。
点灯夫がガス灯に明かりを付けて回り、刻一刻と夜が迫る気配。気温もますます下がる。
「………………寒い」
身も心も。特に懐が。
こんな夜こそBARで一杯引っ掛けていきたいところだったが、ラズロはその誘惑を振り切ってあの裏路地のどん詰まりにある質屋へと再訪した。
――からりん。 からりん。
全く気分とそぐわない軽やかで愛らしいドアベルの音。
カウンターのソファでカップを傾けながら読書に興じていたエリアスが不機嫌そうに顔を上げた。
「…………何か……用か……」
エリアスが警戒したような声で言う。
ラズロは、ガシガシと頭を掻きながら、困ったような怒ったような戸惑ったような、つまりどうにも曖昧で複雑な顔でカウンターに詰め寄った。
「昨日宝石箱持ってきた坊ちゃん、金を返しにでも来ましたか」
「…………は? ………………昨日の今日だぞ、来るわけないだろ」
ラズロの問いに、エリアスは眉を顰めた。
何言ってるんだ、とでも言いたげな顔だ。
ラズロは顎を撫でながら、そうですよねぇと頷く。ザラザラした無精髭の擦れる音が、静かな店内では少し響くようだった。
「なんなんだよ…………ちょっと様子が変だぞ」
ラズロの口数は少なく、視線はどこともなく宙空を彷徨う。
その様子は、数回程度の関わりしかないエリアスからすれば全く胡乱な、らしくない雰囲気に感じられたようだった。
ラズロは視線をエリアスに戻し、へらっといつもの緩い軽薄な笑みを浮かべる。
それも一瞬のこと。
「パン屋のオヤジが、あの子を連れて警察署に来たんですよ。パン泥棒だってね」
エリアスの表情が疑問符を浮かべた後、歪んだ。
口を曲げ、ひどくつまらなさそうな、それとも哀しそうな……裏切られた子供のような顔。
「そうか」
言葉はそれだけだった。
エリアスの視線の先、まだ店頭には並ばない預かり品としての質種……あの宝石箱があった。
「脛蹴っ飛ばして逃げてくもんだから……追いかけることもできなくて……」
「……それで。ガキの居場所を聞きに来たのか。ここに書いてある住所も、ほんとかどうかわからないけどな」
エリアスが宝石箱を手に取り、ラズロの前に置く。
相変わらず手袋をしているのは、見たくないものを見ないための予防だろうか。とラズロは思う。
「まぁ……ダメで元々って言いますか……ちょっと気になるでしょ。あれだけの大金もらって、わざわざパンなんか盗むのは」
「手癖の悪いガキなんだろ。……よくある話じゃないか、今までタダで手に入れてきたモノにいまさら金を払いたくないんだ」
エリアスの声は冷めていた。
確かに、盗癖というのは治りにくいものである。
警察官としてそれなりにいろいろ見てきたラズロも、それを否定はできなかった。
「まぁ……ね……でもなぁ。なんか引っ掛かるんですよねぇ……」
宝石箱に結ばれた預かり票に記された少年の名前と住所。
【マイル アンダーロード三番地15-2】
その番地は、あまり治安の良い地域とはいえないものだ。
ラズロは少しばかり難しい顔をする。
「捕まえに行くのか……? 泥棒に、詐欺に、公務執行妨害……」
ラズロは苦笑した。
「とんだワルじゃないですか。……しませんよ、逮捕なんて。調書作るのってめちゃくちゃめんどくさいんだから」
エリアスの瞳に、確かな軽蔑の色が浮かぶ。
ふん、と鼻を鳴らし、それ以上は何も言う気もないようだった。
ラズロは少年の名前と住所をメモし終えると、
「それじゃあどうも。寒いんでちゃんと暖かくして過ごすんですよ」
――からりん。 からりん。
ドアベルの音を響かせて店を後にした。




