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『巡査と質屋の共犯目録 灰色の正義について』  作者:
少年と宝石箱

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少年と宝石箱


 勤務を終えていつもの草臥れたコートに身を包んだラズロは、署内ロビーを通って出口へ向かう。


「おつかれ~お先に~」


 見知った署員らに愛想よく言いながら外に出る。


「ゔぁっ……寒ッ……! 今日はまた、一段と冷え込むなァ……」


 立てた襟に首を竦ませ、長い手足も背中も丸めて足早に道を辿る。

 特にやることも行くところもないから、このままいつものようにBARに顔を出すか……と、そう思いながらひとつ大きな通りを渡ろうとした時だった。


「ウソだよ……! これがそんなはした金なもんか……!」

「ならとっとと持って帰りな。そんなガラクタ、どこに行ってもウチより高く見積もってくれる優しい店はねえぞ……」


 甲高い……子供の声か。

 それと嗄れた、あまり柄のよくなさそうな男の声。

 揉めている。


(はぁ~……やれやれ…………)


 ラズロは証拠保管室などという地下の倉庫に追いやられた下っ端巡査とはいえ、警察官である。

 面倒でも放ってはおけないのだ。

 職業柄なのか、はたまた性分か……いまいち判然とはしないものの。


「コンバンハ~どうしました、なんか揉め事で?」


 全く警察官らしからぬ顔と声音で言い合うふたりのもとへ向かう。

 それはどこからどう見ても、単なる野次馬が面白半分に首を突っ込んだ……という図でしかなかった。


「ぁん? ……なんもかんも、このガキがよ」

「ちがうよ! オレが子供だからってそっちが足元見てさぁ!」

「あぁ!? なんだとぉ!?」

「まぁまぁまぁまぁ!」


 再びヒートアップする大人と子供の間に割って入る。


(子供相手におとなげねぇなァ……)


 と苦笑しながらも。

 どうにか宥めて話を聞き出すことに成功した。


 両者の言い分はこうだ。


 男は質屋を営んでおり、少年は質入れをしに来たという。

 しかし、質屋側の値付けに納得がいかず、少年曰く「子供だからって足元見てるんだ!」ということだった。

 ラズロはガシガシと頭を掻いて、なんとも言えない顔をした。


「なるほどぉ…………。そういうことなら坊ちゃん……、私の馴染みの質屋に行ってみませんか。納得いく値付けをしてもらえるまで、一緒に粘ってあげますよぉ」

「……え、ほ、ほんと?」

「おいおいニイチャン、あんま適当なこと言って……ウチはなぁ、ガキだろうがお貴族様だろうがちゃんとモノの価値に見合った値付けを……」

「わかってますよぉわかってますってェ! でも相手は子供……まだまだ世間てもんを知らないんだから。いろいろ試してみたら納得もいくでしょうから、ね? ね! ねぇ」


 いきりたつ男に、ラズロはどうどうと宥めすかし、落ち着かせ、いつ貰ったかわからないキャンディを渡してひとまず黙らせると。


「さ、そういうわけでさっさと行きましょう……!」

「え、わ、わ」


 ラズロは少年を促すようにさっさと歩き出していく。


 そうして怒れる質屋から離れて改めて見れば、少年の身なりはずいぶんと憐れげなものだった。


 年のころは十歳前後か。


 痩せぎすで、体にちっとも合わないぶかぶかのシャツを着て、それを腰のあたりでぎゅっと紐で縛っている。

 

 くしゃくしゃの赤銅色の髪に青い瞳、そばかすだらけの顔。

 ガス灯の下に浮かび上がるその姿は、なんとも心許ない。


「………………」


 何かワケアリだろう。

 話を聞くべきか、家出やなんらかの事件に巻き込まれているなら通報した方がいいだろう。


 ラズロは少しばかり悩みながら、その足は薄暗い路地裏の更にどん詰まりにある店へと向かっていた。


「坊ちゃん……もし……」


 何か困り事なら、と切り出そうとして。


「あ、あそこ? おじちゃんの言ってた質屋さんて」


 少年の声が遮り、その上タッと走り出していくものだから。


「あ……ま、待ってくださいよぉ、そこの店主は気難し屋の偏屈者だから……!」



 ――からりん。 からりん。


 偏屈者の主には不似合いな、可愛らしいドアベルの音がした。



◇◇◇


「………………」


 果たして。


 店の中では、カウンター向こうで豪華な革張りのソファに座った神経質そうな青年――エリアス――が、不機嫌な顔で待ち構えていた。


 その空気と圧に、さっきまで元気だった少年も怯んだのか、緊張した面持ちだった。


「………………気難し屋の偏屈者の店になんの用だ」


 なんと。

 外のやり取りが中まで聞こえていたらしい。

 ラズロは少しばかり緊張する。


 少年が、おじちゃん!? と非難がましく見上げてくる。


「い、いや……用があるのはこちらの坊ちゃんで……」


 まさかエリアスはこんな子供にも、いつものように冷たい態度を取るつもりなのか。


 ラズロは誤魔化すような愛想笑いで言った。


 エリアスの金と黒のオッドアイが、ふいに少年へと向けられる。

 硬質で、にこりともしない、およそ客商売とは思えない態度で言った。


「坊や……ここは質屋だ、わかっているか。価値のないモノには値をつけられないし、金も貸せない……そういう所だぞ」


(い、意外に優しい……!)


 ラズロは驚愕した。


 一方、すっかり気圧され緊張の面持ちで佇む少年は、わななく唇をギュッと引き結び一度俯く。


 深呼吸をして、きっと顔をあげエリアスを真っ直ぐ見返した。


「わ、わかってます……。でも、オレ……か、母ちゃんが、もしものときは質屋でコレを換金しろって……絶対大丈夫だからって」


 少年はそう言うと、大きすぎるシャツの中に隠していたのだろうものを取り出し、両手で大事そうに抱えてカウンターに歩いていく。


 エリアスは黙って待っている。


「は、はい……。それ、じゃ……こ、これ……」


 少年はそう言って、大事に抱えてきた物をカウンターに置いた。

 それは、実に豪華なジュエリーボックスだった。

 いや、それ自体が宝石とでも言った方が正しい。


 黄金に輝く煌びやかな表面にエメラルドやルビーのような宝石が埋め込まれている。

 趣味が良いとは言えないが、価値は確かに高そうだった。


 ラズロは思わずほほうと感嘆めいた息を吐く。


(大したお宝じゃないか……あの質屋、やっぱり足元見てたんじゃ……?)


 ラズロは先の質屋と少年のやり取りをおもいだしていた。


 が。

 

 そのジュエリーボックスを見たエリアスの表情は、曇った。

 その様子に、少年の細い肩がびくりと震える。


「………………」


 エリアスの視線がジュエリーボックスを見つめ、苦々しげに眉が寄っていく。

 口が一瞬開き、閉じて、少し言葉を選んでいるようだった。


「…………………………」


 その沈黙は長く、重い。


 あまりにも重苦しい沈黙と空気。


「お、おにいちゃん……?」

「旦那…………?」


 少年が、ラズロが、思わず不安げに促す。

 エリアスの視線は揺らぎ、眉を顰め、口を曲げ……そして。


 エリアスの視線はジュエリーボックスから外された。


「これだけあれば足りるか、ひとまず……当面」


 金の入った小さな金庫を持ち上げ、ガチャリと開けて札を適当に鷲掴み少年に差し出した。

 おそらく二か月、倹しくやれば三か月は暮らせそうな額面のようにラズロには見えた。


「え……こ、こんなに……い、いいの?!」

「………………あぁ。質流れするまでに、返せよ」


 エリアスの声は硬く、低く、少し掠れている。

 少年はといえば、安堵したのかそばかすだらけの顔を紅潮させ大きな瞳を潤ませて満面の笑みを浮かべた。


「ありがとうおにいちゃん! ありがとう!」


 エリアスは少年の名前と住所をメモし、質種である宝石箱に結び付ける。


「もう用は済んだな……」

「うん! ありがとう、ほんとに……ありがとう! おじちゃんも……! それじゃ、それじゃまた!」


 少年はお札の束を服の中に押し込み隠しすと、エリアスとラズロにお礼を言って店を後にする。


 ――からりん。 からりん。


 ドアベルの軽やかで涼やかな音色が、これまでになく似合う客の足取りだった。


「………………ひゅう♪ いやぁすごい。あんたが難しい顔で黙り込んだときはどうなるかと思いましたけど、高価(たか)すぎて困ってただけなんすねぇ」


 出て行った少年の姿を見送り終えてラズロがのんびりと振り返る。

 エリアスはガチャンと乱暴に金庫を閉じるところだった。


「…………本気で言ってるのか」

「へ……」

「そんな目利きの悪さでよく警察が務まるもんだな」


 エリアスは苛立ちをぶつけるように吐き捨てる。


 ラズロは猫背気味の肩をやや落として、カウンターに近寄ると手をつきエリアスの顔を覗き込んだ。


 エリアスは嫌そうに目を伏せてそっぽを向く。

 ラズロはカウンターに置かれたままのジュエリーボックスを見た。


 きんきらきんでピカピカの黄金に赤や緑や青の宝石があしらわれている。


 ラズロにはそれがどんな価値なのかはわからない。

 だが、エリアスなら一目見ただけでわかるのだろう。

 あの質屋が言っていたことこそが本当だったのだろう。


 ラズロは、ニィ、と少しばかり意地の悪い顔で笑って。


「なるほど? 意外とお優しいんですねェ。じゃあ、ほんとは幾らだったんです?」


 エリアスが深く、重く、息を吐いた。


「……………………ガラクタだよ、クソが」

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