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『巡査と質屋の共犯目録 灰色の正義について』  作者:
美女と疑惑

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ラズロの調査3


「く……いいとこまで行ったってのに……」


 人脈を辿るという意味では。

 しかし、ラズロのチェスの腕は毛虫にも劣るものであった。

 

「こりゃとうとうお手上げか……」


 冷たい夜風が薄っぺらいコートを貫通して肌を突き刺す。


 身も心も凍えそうだ。

 チェスに強い知り合いでも探してみるか。


 しかしワケアリのチェス酒場に誘える、かつチェスの強者の知り合いなどさすがに思い付かない。


 ラズロはトボトボと歩き、薄暗い路地裏への曲がり角に差し掛かった所で。


 ふとした気まぐれに、その店へと足を向けた。


 ――からりん。 からりん。


 軽やかなドアベルの音がして、蒼白い顔の店主が不機嫌そうな顔を上げる。

 訪れた客の顔を見て、その不機嫌度は三度ほど深化したようにも見えた。


「やぁどうも、コンバンハ。景気はどうです?」


 ラズロは、エリアスの冷たい眼差しを意に介さずズカズカとカウンターまで歩み寄って、ぐっと顔を近づけた。


 エリアスは嫌そうにソファごと仰反る。


「何の用だ」

「いやぁ……まぁ……。ちょっと顔を見に」


 エリアスの表情がますます剣呑になる。


「通報しなかったんですねェ……」

「…………朝早くから、刑事に押し掛けられたくない」


 刑事はだいたい二四時間営業ですが、とはラズロは敢えて口にせず、代わりに。


「ところで旦那……チェスは得意で?」

「…………は?」


 エリアスの表情が、警戒と疑問の色に染まった。



◇◇◇



「寒い。なんで俺が――」


 仕立ての良い暖かそうなコートに身を包みながら、エリアスは道中ずっと不満と文句を言い続けた。


 それをまぁまぁまぁと宥めすかしながら、ラズロは一度は追い出された酒場へと舞い戻ってきた。


「…………ほんとに、チェスに勝てば解決するのか……あの指輪の件は」


 エリアスは、刑事に押し掛けられて面倒な調書作成の手間と、賭けチェスに駆り出される面倒を両天秤にかけた結果、辛うじてチェスの方に天秤が傾いたようだった。

 

 ラズロの見立て通り、腕には覚えがあるらしい。

 この手のタイプはだいたいそうなんだよな、とラズロの観察眼――という名の偏見――が頷いている。


「やぁどうもどうも!」


 さっき追い出された男が恥ずかしげもなく堂々と舞い戻ってきたことに、酒場の中は騒然とした。


 頬傷の男が怖い顔でラズロを睨み付ける。


「テメェ……なにしに来やがった、ヘタクソ!」


 ラズロは痛罵を受け流すようにまぁまぁと両手を上げ、そのまま連れの青年を紹介する。


「今度こそ勝ちますよ。チェスの天才を連れて来ましたんでねェ」

「なんだとぉ……!」


 酒場じゅうから敵意の眼差しを向けられたエリアスは、不愉快そうに眉を顰め袖口で鼻と口を覆って。


「臭い――」


 吐き捨てた。



◇◇◇



 酒場のボルテージは最高潮と言えた。

 無敗のエース頬傷の男と、美貌の天才エリアスとの壮絶な一騎打ち。


 酒場じゅうの視線はいま、たったひとつのチェスの盤面に向いていた。

 

「おい、どっちが勝つ……?」

「そんなのお前……ケニーに決まってる」


 頬傷の男はケニーというらしい。

 ラズロは酒場の客たちの表情や視線、息遣いや囁き声にまで全神経尖らせて聞き耳を立てている。


 チェスの盤面は、どちらがどう有利なのかもはやラズロには見当もつかなかった。


 頬傷のケニーは苦々しげに口を曲げ、エリアスもずっと不愉快そうに眉を顰めている。


 どちらもその表情から少しも変わらないのだから、ある種のポーカーフェイスと言えるのかもしれなかった。


「…………やるじゃねえか、小僧」

「………………ふん」


 頬傷のケニーが掠れた声で言う。

 エリアスは軽く鼻を鳴らすだけ。


「………………くっ」

「チェックだ……」


 酒場が揺れるようにざわめいた。


「ま、まだ……」


 ケニーは逃げ道を探しているようだった。

 エリアスは、獲物を捉えた猛禽のような鋭い眼差しでケニーを一瞥する。


「チェックメイトだ……」

「うぐぅ――――!」


 勝負が決し、酒場が大きな地鳴りに揺れるほどの歓声に包まれた。





「…………まさか、クソ……この俺が……負けるなんて……」


 頬傷のケニーは、まだ信じられないという顔で盤面を睨んでいた。

 エリアスは、沸き起こった歓声にうるさそうに耳を抑えて、ラズロを見る。


「……いやぁ……お見事で……ほんと……」


 なにがなんだか。というのがラズロの本音ではあったが、とにもかくにも勝ったのだ。


 労うようにエリアスの肩を揉みほぐし――振り払われたが――ラズロは頬傷のケニーに向き直る。


「そういうわけで……約束……守ってくれますねェ……?」

「くっ……テメェ……。…………くそ」


 頬傷のケニーは、その頬の傷をぶるぶると震わせ怒りに燃える目をラズロに向けた。


 が、それも一瞬。

 ふ、と息を吐き出すと。


「…………あぁ、わかったよ。だが……俺の証言程度で、なんとかなるってのか」


 ケニーの言うこともまた尤もであった。

 ラズロは少し考えるような顔をして。


「…………旦那。ちょいといいですか」

「………………は、まだ……俺に、なにかさせようってのか」


 エリアスは慣れない人混みと安酒と煙草の匂いに相当参っているらしく、その声にも瞳にも力がない。


 ラズロはその耳元に口を寄せる。


「あの指輪……どうもキナ臭くて。ちょっとよぉく調べてほしいんですよ」


 と、言った。

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