ラズロの調査2
ラズロは勤務終了後、次なる目的地をチェス酒場に決めた。
チェス酒場というのは、その名の通りチェスを楽しめる酒場であるが……その多くは密やかに金を賭ける違法賭場でもある。
いくつかあるチェス酒場のうち、ひとまず一番近場の地下酒場へと足を踏み入れた。
けぶる煙草で薄靄のかかる薄暗い地下酒場では、酒と煙草とチェスの音が満ちている。
ラズロの姿をみとめた酒場のバーテンが、一瞬目を細めた。
しかし、ラズロの薄っぺらい草臥れたコートとくしゃくしゃの癖毛頭に、すぐに笑みを作る。
警察関係者とは全く思われず無事に仲間入りを果たせたようだ。
「こちらは初めてですかミスター」
とバーテンが穏やかな声で尋ねる。
ラズロはにへらと緩い笑みを浮かべ。
「そうなんだ……実は、とある方に紹介を……」
「とある……方……?」
「え~なんつったかなぁ……ダムだかダニーだか……」
「はぁ……?」
バーテンは首を傾げた。
(ここは空振りか……?)
ラズロはへらへらと笑って、一杯貰える? と注文する。
チェスを嗜む紳士たちを眺めながら、供された安酒をチビチビと飲んだ。
やがて、ひとりの男がラズロのもとへやってくる。
「やぁ、あんた新顔だな」
頬傷のある、とうていカタギに見えない男だった。
「あぁ……ここはいい打ち場だって聞いたんだよ……ダムだかダニーだか、そんな名前の爺さん。知ってるかい?」
「……へぇ。そらもしかして……ダンか? ダン爺さんじゃねえか?」
「……! そう、そうだよ。あんたもダン爺さんのオトモダチか?」
ラズロの問いに、頬傷の男は嬉しげにへへっと笑った。
「なんだよなんだよ、爺さんチェス仲間はオレしかいねえんだとか言っといてよぉ。いやらしいジジイだ、なぁ?」
男は見た目に寄らず無邪気で、バシバシとラズロの肩を叩きながらまた笑った。
その様子には、ラインベリー卿への深い親愛の情が見て取れる。
「……なぁあんた……、ダン爺さんには恋人が居たらしいって話、聞いたことあるかい?」
ラズロの次の踏み込みは、男の表情に深い驚きをもたらした。
「なんだ、そこまで知ってるのかい。……あぁ、もしやあんたも爺さんから恋の相談受けたクチか? 相談すんなら相手を考えてほしいよなぁ」
「……へへ。…………そ、そうだな」
男の言葉は若干引っ掛かったが、実際この男もラズロも、恋愛に精通しているようなタチではないだろう。
(案外トントン拍子に進んだな……これなら、どうにかこいつから証言取ってアリサの話の信憑性を……)
ラズロは酒を飲み干し、男に向き直る。
「なぁ、そのダン爺さんの恋人がな……どうも盗人の疑いをかけられてるらしくて……」
「ぉん? なんだって……そりゃまた……」
「爺さんからプレゼントされた指輪が、長女から盗難届を出されたとかで……。それでその……あんたからさ、爺さんには確かに恋人が居て、指輪はその愛の証だったって、証言してくれないか」
「………………いや、悪いが。それはできねえな」
男の答えは、ラズロの予想に反してにべもなかった。
「え……なんで……」
「なんでってそりゃ……どういう関係だって探られて、金賭けてチェスやってました爺さんからはたいそう巻き上げましたなんてバレたらコトだ。あんただってそうだろ」
ラズロは神妙な顔をした。
いったいいくら巻き上げたのか知らないが、確かに褒められた話ではない。
微罪も積もれば大罪だ。
違法チェス賭博の関わりを探られれば、この男のみならず酒場の仲間も一網打尽の可能性もある。
そうなれば男は裏切り者として、二度とチェスのできない体になるかもしれない。
とはいえ。
「そ、そこをなんとか……!」
「いや無理だよ。なんだってんだ、そんなに言うならあんたひとりで証言でもなんでもすりゃいいじゃねえか」
「……そ、それは……そうなんですけどぉ……証言も数が多いほど信憑性が……」
男は煩わしげに……あるいは疑わしげに、ラズロを見た。
「あんた……ほんとに爺さんのチェス仲間か?」
「そ、そんなぁ……当たり前でしょ~」
「じゃあ打ってみようぜ。腕前次第で信じてやるよ……もし俺に勝てたら……聞いてやってもいいぜ」
果たして。
「…………弱ぇ」
男は吐き捨てるように言った。
「おい、こいつをつまみ出してくれ!」
そしてラズロは酒場からも蹴り出されたのだった。




