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旗折りの魔女

作者: 忌野希和

 むかしむかし、とある国のはずれの森に〈機織りの魔女〉が住んでいました。

 魔女は糸に魔力を込めながら織ることで、魔法の布を作ることができます。


 魔法の布を使った衣服には汚れを弾いたり、刃物による攻撃を防いだり、着る者の大きさに合わせて伸び縮みしたりと、様々な効果を付与することができました。

 これは迷宮の宝箱から稀に出る魔道具と同じかそれ以上で、非常に価値のあるものだったのです。


 自分の国に魔法の布が存在すると知った王様は、魔女の住む森に兵士を送り込みました。

 魔女を捕まえ支配して、魔法の布を沢山作らせて巨万の富を得ようとしたのです。


 ですが魔女は兵士がやっててくると姿をくらましたり、恐ろしい魔獣を召喚して兵士を怖がらせ追い払ったりしてやり過ごしました。

 それでも強欲な王様は諦めません。


 毎年のように兵士を森に送り込み、それが数年も続くと……

 ついに魔女がブチ切れました。


 魔女は城を襲撃し、玉座を燃やし、床に怯えて這いつくばる王様に向かって言い放ちます。


「私は私のために機を織る。次に私に何かを強要するなら、今度は玉座ではなくお前を燃やす」


 王様の心は完全にへし折れ、もう二度と魔女に関わろうとはしませんでした。

 そして子孫たちにも決して森に近づくなと言い聞かせました。

 こうして魔女の住む森は平穏を取り戻したのです。








 そんな昔話が生まれてから百余年。

 〈機織りの魔女〉である私は、今日も糸の素材集めに冒険者ギルドにやってきた。


 私の趣味は衣装作り……もう少し具体的に言うとコスプレ衣装作り。

 前世の頃から続けている趣味である。


 日本ではインターネットやSNSが発達しているおかげで、コミュ障の私でも趣味仲間を作ることができていた。

 依頼を受けて衣装を作ったこともある。

 しかしこの異世界に転生してからは誰に見せるでもなく、もっぱら一人でコツコツ衣装を作り続けていた。


 だって面と向かって人と話すのが苦手なんだもの。

 この世界にコスプレという概念はないし、ファッションを楽しめるのは一部の裕福な商人や王侯貴族のみ。

 そしてそんな上流階級の人と会話なんて無理中の無理。


 過去に粘着してくる王様をわからせるために、一度だけ王族と会話を試みたことがある。

 その時の台詞は、


「お前を、燃やす(デデン!」


 と小声で呟くのが精一杯だった。

 昔話では脚色されて格好いい台詞になっていたが現実は非情だ。

 ただちゃんと効果はあったようなので良しとする。


「こんにちはアラネアさん。今日も闇蜘蛛の討伐ですか?」


「……はい」


「ではこちらは依頼受注の割符になります。討伐の証である牙と一緒に返却してくださいね」


「………りがとうございます」


 そそくさと割符を受け取って受付カウンターから離れギルドを出た。

 こんなコミュ障にも優しい冒険者ギルドの受付のお姉さん……惚れる。


 次元収納に死蔵している巫女服を進呈したい。

 霊亀という魔獣の甲羅を砕いて粉末にしたものを糸に練り込み、神性を付与した一点ものだ。


 まぁ私にお姉さんと仲良くなりコスプレさせるまでに至るような、トーク力は持ち合わせていない。

 作った衣装を見せる相手もいないので死蔵する一方だ。


 私は衣装を作る専門でやっている。

 私が衣装を着ると色々と残念な感じになるので……というのも前世の話。


 ありがたいことに、今生の私はなかなかの美人さんだった。

 前世から馴染みのある黒髪黒目だが、顔のつくりは西洋人と東洋人の中間くらい。


 身長は女性にしては高めで、前世でこの見た目ならモデルになれそうだ。

 ちょっと、ほんのちょっとだけ体は絞る必要があるけれど。


 それでも自分には綺麗な衣装は似合わない、という前世の意識が抜けきらない。

 もう前世の五倍の年月は魔女をやっているというのに。


 死んでも治らないのだから、魂に刻まれているレベルなのだろう。

 業が深いものだ。


 などとぼんやり考えながら転移魔法を使い、狩場である洞窟についた。

 闇蜘蛛は全長三メートル近い魔獣で上質な糸が採取できる。

 糸が売り物になるという、蜘蛛型の魔獣の宿命を背負ったかのようなやつだ。


 別に普通の糸でも衣装は作れるが、どうせなら最高品質のもので作りたい。

 あと余った素材や魔法の布を売れば生活費になる。

 〈機織りの魔女〉と呼ばれるようになった所以だ。


 私は姿と足音を消す魔法を唱え、魔力を探知する魔法をレーダー代わりにする。

 どの魔法も教えてくれた師匠曰く、


「この世界では最高峰の御業だ。人が通常使うのは事象を操る〈魔術〉だが、これは事象を書き換える〈魔法〉だ。てかお前はなんでそんなすぐ覚えられるの? こっちは数百年修行してやっと習得したんだが? ああん?」


 と何故かキレながら教えてくれた。

 私に言われても困る。


 暫く洞窟を進むと闇蜘蛛の反応を見つけたが、それと戦っている三人の冒険者パーティーがいた。

 しかもどうやら旗色が悪く、彼らの物語はクライマックスのようだ。


「ここは俺が食い止める。お前たちは先に逃げろ!」


 お手本のような死亡フラグを立てているのは、リーダー格と思われる男性冒険者。

 剣と盾を構えた優男風のイケメンだ。


「くそっ、お前も必ず追いついて来いよ!」


 意識のない神官服の女の子を担いだ仲間の大男が叫ぶ。

 大男は全身血だらけで足元もふらついていたが、なんとか踏み止まり洞窟の入口を目指して走り去った。


「ローザ、すまない」


 さっきの神官服の女の子のことだろうか? 全然違う女性のことかもしれないけれど。

 仲間二人を逃がして完全に諦めモードのイケメン。


 闇蜘蛛の吐く糸を剣で斬り抵抗していたが、あっという間に全身を絡め捕られ繭みたいになってしまった。

 このまま傍観していれば、イケメンは闇蜘蛛に美味しく食べられてしまうだろう。


 助ける術があるのに助けないほど、私も落ちぶれてはいない。

 死亡フラグは折らせて頂こう。


『降り注ぐは夜の雨 一滴(ひとしずく)星泪(ほしなみだ)


 私が呪文を唱え杖を振ると、闇蜘蛛の頭上に夜の彗星が落ちてくる。

 それは虚空に突如現れた直径一メートルほどの隕石だ。


 隕石といえば大気圏外から落ちてくるものだが、それと同等の速度で闇蜘蛛の頭部に直撃。

 質量×速度の暴力により闇蜘蛛の頭部は弾け飛び絶命した。


 そのまま隕石が地面に激突すれば大惨事だが、そのまえに消失するので安心して欲しい。

 まぁ闇蜘蛛の体液が飛び散って大惨事なのだけれど。


 イケメンは剣を握ったまま繭にされているので、頑張れば脱出できるだろう。

 周囲に他の魔獣の気配もないので、私も奥に進んで自分の目的を達成することにする。








「……ぁの」


「おかえりなさい、アラネアさん。はい、割符と牙をお預かりします」


「……」


「はい。こちらが討伐報酬です。お疲れ様でした」


「……した」


 スマートに精算を終えた私は、人目につかない路地裏に入ってから転移魔法で家に帰る。

 私の家は森の奥深くにあるツリーハウスで、まず人は寄り付かない。


 また精霊にお願いして結界を張っているので、森に生息する魔獣も侵入することはできなかった。

 羽織っていた黒いローブを脱ぎ、採取した糸は加工部屋に仕舞う。


 夕食は街で買ってきた串焼きで済ませ、魔法で沸かしたお風呂に入る。

 そして今日はもう寝ようかと思ったところで、結界に反応があった。


 魔獣なら勝手に追い払うので報告もないのだが、人間が来たのだと精霊が教えてくれる。

 迷い人だろうか? それともまた魔法の布目当て?


 関わりたくないので魔獣みたいに追い払ってもらおう。

 そうお願いしようとしたのだが、どうやらその人間は怪我をしているらしい。


「うええ……」


 思わず変な声が出てしまうというもの。

 さすがに家の近くで死なれたりしたら目覚めが悪いので、仕方なく私は様子を見に行くことにした。


 ネグリジェの上からストールを羽織り、飛行魔法で空から現地へ向かう。

 森の結界の境界線に倒れていたのは、軍服姿の青年。

 いや、少年だった。


 乗っていた軍馬から転落したようだ。

 気を失っているのかうつ伏せのままぴくりとも動かない。

 少年を乗せていたお馬さんが所在なさげにうろちょろしていた。


「ええ……どうしよう」


 ただ気を失っているだけなら、このまま放置してもいいかも?

 などと非情な判断を下しそうになった私だが、偶然にも木々の間から差し込んだ月明りで、少年の血の気の引いた顔が見えてしまった。


 私は地上へ降りて少年をゆっくり抱き起す。

 少年の腹には包帯が巻かれていたが、傷口が開いているのか血が滲み、触れた私のストールを赤く染めた。

 私は少年の治療を試みる。


『癒し恵むは(しな)やかな風 育まれる輪廻』


 手の平でそっと少年の腹に触れながら魔法を唱える。

 淡い緑色の輝きと共にそよ風が肌を撫でた。

 これでもう包帯の下の傷は塞がっているはずだが……。


「どどどどどどうしよう」


 これからどうしていいかわからず私は慌てる。

 傷は癒したし今度こそ放置か?


 でも少年の顔色は悪いままだし、余程衰弱しているのか意識が戻らない。

 起きた時に何か食べさせないと死んでしまうかも。


 体温も低いから温めないとまずい。

 改めて少年の顔を見る。


「ふぁっ」


 恐ろしいくらいの美形で変な声が出た。

 どのくらいかといえば、ロミオとジュリエットの現代版映画や、沈没船映画の主演のあの人くらいだ。


 当時ヒロインよりも美人だと言われてたなぁ。

 包帯も替え……いや、もういらないから取らないと。


「こ、これは医療行為なんだからね」


 誰への言い訳かわからないけれど、私はそう宣言してから少年を家へと運んだ。









「………てください。起きてください」


「あと一枚。あと一枚でスチルコンプリート……むにゃむにゃ」


「お願いですから起きてください」


「……はっ」


 誰かに肩を揺すられて私は目を覚ました。

 たしか昨晩は少年を家のベッドに寝かせて……どうしたっけ?

 ああそうだ、少年の美しい寝顔を見ているうちに、ベッドの縁に寄りかかって寝てしまったようだ。


 前世でコンプリートしそこなった乙女ゲーをプレイする夢を見ていた。

 もう数十年も昔のことだというのに、後悔はいつまでも心に残っているらしい。

 確かネットで確認した最後のスチルは、こうやって寝起きにおうやって王子に見つめられて……。


「ふぁああああっ」


「うわっ、驚かせてごめんなさい」


 目の前にゲットできなかったスチル以上に美しい少年の顔があったものだから、私は奇声をあげてベッドから飛び退いた。

 少年が目を覚ましていて、私を心配そうに見つめている。


 昨晩は気絶していたのでわからなかったが、その紺碧の瞳は窓から差し込む朝日に反射して、宝石のようにキラキラと反射していた。

 失血や体温低下で血の気が引いていた肌には、血色がある程度戻っている。


 若さゆえか生命力に満ち溢れていて、女の私より肌艶が良いのではなかろうか。

 思わず見惚れていると、少年の視線が少し下に動いてから頬を赤く染めて、慌てて背中を向けた。


「す、すみません。何か羽織って頂けますか」


「羽織る? ……あっ」


 そういえばネグリジェのままだった。

 このネグリジェも自作のもので、透けるくらい薄手だが魔法の布製だから下級ドラゴンのブレスくらいなら余裕で弾く。

 まぁ防御性能は今は関係ない。


 そう、透けちゃって私の駄肉が丸見えなのである。

 私は再び奇声を上げながらクローゼットに逃げ込んだ。








「昨晩は助けて頂きありがとうございました。この御恩は必ずお返しします」


 そう言って少年、もといエルロード・ファルランクス第二王子が深々と頭を下げた。

 エルロードが名前でファルランクスが苗字。

 そしてファルランクスとは、私が住んでいるこの森がある王国の名前である。


 つまり数十年前に「燃やすぞ」と脅した王様の子孫なのであった。

 相手にも非があったとはいえ、魔法で脅してしまったという事実だとか、先程醜態を晒してしまったことだとかが重なり、私の口から謝罪の言葉が零れる。


「あの、だらしない体を見せてしまいすみませんでした」


「ぜ、全然だらしくなくないです! とっても大きくて……あっ、すみません」


 慰めるつもりが私の駄肉を思い出したのか、エルロード王子が頬を赤らめながら謝罪する。

 くぅっ、恥じらう姿が半端なく可愛い。

 しかしそれ以上に見られたことが恥ずかしい。


 どっちも初心(うぶ)かよ。

 いやごめん、王子はともかく私はただのコミュ障か。


 お互いに気を落ち着かせたところで、何故エルロード王子がたった一人で森で行き倒れていたのか、事情を説明してもらう。


 ファルランクス王国は、かれこれ十年ほど隣国と戦争をしているそうだ。

 エルロード王子は齢十三歳にして師団長として初陣を飾り……敗北した。


 副団長はまだ幼いエルロード王子を逃がすために殿で部隊を指揮し、そのまま戦死。

 エルロード王子も敗走の途中で敵に追われ腹部を負傷してしまう。


 味方に庇われつつなんとか逃げ切ったものの、エルロード王子以外は全滅。

 そしてこの森に迷い込んだところで力尽きたのであった。


 当たり前だが先ほどまでの初々しい雰囲気なんて吹き飛んでいる。

 エルロード王子は涙で目を腫らしながら、拳を強く握りしめていた。


「僕が不甲斐ないせいで、多くの仲間が犠牲になってしまいました。傷を癒して頂いた今、まだ戦っているかもしれない仲間の元に戻りたい気持ちもあります。でも僕一人が戻ったところで、戦況は変わらないでしょう。副団長からは敵の戦力と交戦記録を記した書簡を預かっています。これを王都に届けて、部隊を再編してから戦場に戻る。それが僕の使命です」


 エルロード王子は自身の未熟さを嘆いているが、果たして本当に十三歳の少年の力で戦況が変わるのだろうか?

 本人には言えないが旗印的な役目だけではないのだろうか。


 まぁ私は戦争の素人なので真実はわからないけれど。

 というかこの国は戦争してたんだね。


 それなりに街には顔を出しているけど全然知らなかった。

 コミュ障で他人と雑談すらできないから仕方ないよね。


「ところでここは魔の森なのでしょうか? 触るものを皆燃やす〈紅蓮の魔女〉が住んでいると聞いていますか」


「〈紅蓮の魔女〉?」


 不安げに窓の外を見るエルロード王子に対して私は首を傾げる。

 何ですかその心臓がギザギザしていそうな魔女は。


「はい。なんでも大昔、三代前の国王の元に現れた〈紅蓮の魔女〉は、城のあちこちに火をつけて魔の森に近づくな。近づけば王族全員を燃やすと言ったそうです。それ以来ファルランクス王族は魔の森に近づいてはならないと教えられています。あ、市井では〈機織りの魔女〉とも呼ばれているそうです」


 私のことですか……。

 しかも話が脚色されている……!

 私が火をつけたのは玉座だけだし、そんな末代まで燃やすみたいなことは言っていない。


「幼い頃は悪い子のところには〈紅蓮の魔女〉が燃やしに来るぞと、よく怒られたものです」


 更には教育の道具として勝手に使われている……!


「まさかお姉ちゃんが……」


「わっ、私は冒険者だから」


 トラウマスイッチが入ったのか、エルロード王子が泣きそうになっているので、私は咄嗟にそう言ってしまった。

 嘘は言っていないよ、嘘は。

 すべてを語っていないだけで。


「なるほど、冒険者なんですね。だからすごい治癒魔術が使えるんですね」


「そ、そうなのよ」


 なんとか誤魔化せたようだ。

 こんな可愛い王子に怖がられて泣かれてしまったら、私のコミュ障が悪化してしまう。

 エルロード王子は王都に戻りたいということなので、簡単な朝食を提供してから転移魔法で送ることにした。


「すごい! あっという間に王都の外壁が目の前に!」


 お馬さんごと王都の郊外に転移すると、エルロード王子は目を輝かせて周囲を見回していた。

 人気のない場所を選んだので、転移の目撃者はいない。


 一応悪目立ちしないように、私は実力を隠している。

 転移魔法も師匠以外に見せたことはなかったが、今回は緊急事態なので仕方がない。


 エルロード王子には口外しない約束をしてもらった。

 昨晩は負傷などせず、夜通し走って王都に辿り着いたという設定だ。

 その割にお馬さんは元気いっぱいだが……赤兎馬くらい名馬ということにしておいてもらおう。


 コミュ障故に言葉を詰まらせながらの不十分な説明になったが、エルロード王子はなかなかに聡い子で、しっかりと理解してくれたようだ。

 一を聞いて十を知るとはこのことか。


「僕、この戦争が終わったら、マリア・ドルトレイン公爵令嬢と結婚するんです」


 ええ……。

 なんてわかりやすい死亡フラグなんでしょう。


「ですからこの書簡を父上……国王に届けて、戦争を終わらせてみせます。本当にありがとうございました。アラネアお姉ちゃん。この御恩は必ずお返しします」


「はうぅ」


 エルロード王子は何故か私が自己紹介した以降は「アラネアお姉ちゃん」と呼ぶ。

 前世では一人っ子だったので、弟ができたらこんな感じなのだろうか。


 王子としての役目を果たしつつも、子供っぽさが残っているのがあざとい。

 私は胸をキュンキュンさせながら王子を見送る。

 念のため姿を消す魔法と空を飛ぶ魔法で王子を追跡し、無事城に入るのを見届けてから森の家へと帰った。


「さて……死亡フラグビンビンの可愛い王子様を放っておけるだろうか? いや、放っておけるわけがない」


 独り言を呟きながら、私はエルロード王子を助けるべく魔術具の作成を始めた。


 助ける術があるのに助けないほど、私も落ちぶれてはいない。

 死亡フラグは折らせて頂こう。

 ただし今回の相手は人間なので、何かしらの手加減が必要だけれど……。








 はい、というわけでエルロード王子を助けてから早くも二週間が経ったよ。

 王子は王都のお城に戻った後、一週間の準備期間を経て新たな軍を率いて戦場に向けて旅立った。


 最前線に到着したのが一昨日。

 そして昨日は両軍が国境沿いで陣形を敷いて睨み合い、今日から本格的に戦闘が始まると思いきや……。


 一晩のうちに両軍の間に巨大な湖が出来上がっていた。


 その面積はざっと10平方km。

 長手方向に5km、短手方向に2kmほど。


 大きさを例えるなら、私の前世の故郷にあったマリモで有名な湖より少し小さいくらい。

 国境を境にしてファルランクス王国側に、敵国と隔てるように出現していた。

 湖の両端は険しい山々が侵入者を拒み、戦場となっている平原は湖が丸々塞いでいるので、敵国とは完全に分断されたことになる。


 誰の仕業かと言えば、エルロード王子と私の仕業だ。

 私が掘って、王子が水を貯めて湖にした。


 この作戦は王子がまだ城にいる頃に、私が《水生成》の指輪を添えた手紙で提案したものだ。

 面と向かって話すのは苦手だが、手紙なら饒舌になれる私なので問題ない。


 王子に手を貸すということは、敵国との戦争に手を貸すということ。

 私も人殺しはあまりしたくないが、それ以上に王子の手を汚させたくなかった。


 なので人命優先でちょっと本気を出す。


 王子には手を翳すと最大でダムの放水かってくらいの水が出る《水生成》の指輪を渡し、戦場を湖で封鎖するプランを提唱。

 荒唐無稽な作戦に王子も難色を示すかと思われたが、《水生成》の指輪の性能を確かめ実演した上で、国王と軍を見事に説得してみせた。


 やはり王子は聡い子である。

 信じてもらえてお姉ちゃん嬉しい。


 まぁ、指輪の提供主が〈紅蓮の魔女〉であると告白した影響が大きいかもしれないけれど。

 正体は明かしたくなかったが、王子の命には代えられない。

 もうお姉ちゃんと慕ってくれないかもしれないが、仕方がないのだ。


 私の作った《水生成》の指輪は特別製で、大気中の魔素を魔力に変換し、持ち主の魔力を使わずに真水を生成できる。

 しかもエルロード王子の魔力で登録してあるので、他の人には使えない。


 いつ王子の魔力を調べたのかって?

 それは王子が私のベッドで寝ている間に、むにゃむにゃ……。

 普段は布をメインにして魔法を付与しているが、指輪のような物にも付与は可能なのである。


 王子率いる軍隊は、国境沿いで戦争の準備をしているふりをして、夜中のうちに撤退。

 上空で姿を消した私が王子の放水に合わせて《土変化》の魔法で地面を掘り湖を作ったのであった。


 湖で国境を封鎖したところで、真の意味で敵国と決着がついたわけではない。

 船を用意すれば戦争継続は可能だろう。


 だがそれには数か月は時間がかかるし、この湖には水精霊にお願いして住みついてもらう予定だ。

 水精霊の住処に侵入する愚か者の船は破壊し、強制スイミングスクールを開設してあげよう。

 これで完全に封鎖である。


 敵国とはいえ少なからず貿易はあったようなのだが、そこまでは面倒を見切れない。

 すまぬ……。


 ちなみにエルロード王子には〈水没王子〉という、メインブースターが壊れてそうな二つ名が付いた。

 どうやら湖ができた当日、無謀にも泳いで渡ろうとした敵部隊がいたのだが、担いだ武具が重くて溺れたんだとか。


 とにかく、エルロード王子の死亡フラグも折れて、めでたしめでたし。

 のはずだったのだが……。








「〈紅蓮の魔女〉様! マリア・ドルトレイン公爵令嬢との婚約は破棄してきました」


「ふぁあああっ!? どどどういうこと!?」


 敵国との終戦が決定した二か月後、エルロード王子が魔の森の私の家を訪れていた。

 しかも死亡フラグどころか結婚フラグまでへし折れてしまった様子。


「元々マリアとは政略結婚でした。ドルトレイン公爵家は軍閥のトップです。敵国との戦争を継続するために、軍閥と手を結ぶ必要があったのです。そして終戦した今、結婚する理由がなくなりました。婚約破棄は両者同意の上です」


「ええ……」


 そう説明したエルロード王子が、急にもじもじし始めた。

 恥じらいながら上目遣いでこちらを見てくる。

 なにこの可愛い生物。


「それでですね、僕の政略結婚の相手が新しく〈紅蓮の魔女〉、いいえ、アラネアお姉ちゃんに決まりました」


 …


 ……


 ………!?!?


「でも僕としては政略結婚ではなく、命の恩人であり、この戦争を止めてくれたアラネアお姉ちゃんのことが……す、好きです! 僕と婚約してくれませんか」








 そこから暫く、先の私の記憶は曖昧だ。

 数分は立ったまま気絶していたと思う。


 私が〈紅蓮の魔女〉だと告白したので、もう王子とは会えないと思っていたのに、それどころか求婚してきたのだ。

 むしろ数分でよく立ち直ったものだ。

 自分で自分を褒めてあげたい。


 ファルランクス王家からすれば、あの〈紅蓮の魔女〉が王子に助力したのだ。

 ここで味方に引き入れれば、湖を一晩で作り水精霊を住まわせるような強大な戦力が手に入る。

 そりゃあ第二王子を差し出しもするだろう。


 まさかこの歳になって十三歳の美少年から求婚されるなんて。

 コミュ障の私にも遂に常世の春が訪れるのか……いやしかし、相手が十三歳ではさすがに犯罪では?

 いやしかし、これを逃すと一生独身なのでは。うごご。


「アラネアお姉ちゃん、どうですか……?」


「……とっ、とりあえず、友達からっ」


 結局、日和って逃げた私である。








 後日、マリア・ドルトレイン公爵令嬢と会う機会があった。

 彼女は本気でエルロード王子が好きだったようで、ドレスの懐に仕込んだナイフで私は刺された(魔法の布で防いで無傷だったが)。


 さもありなん。

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