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色眼鏡 

【ジェミー アルのへやにようこそ】


アルはくるりとその場で回転し、バーンと改めて綺麗になった部屋を手で差した。スカートひらり翻すアルの服も、よく見ると昨日とは違うものになっていた。どうやらメルルはアルの持ち物を色々と運び入れたらしい。


アトリエからは僕の物が消え、代わりにアルの部屋とアルが断言出来てしまう位、多くの家具が運び込まれていた。


ひらひらの付いた高そうなベッドに、もふもふの枕と傍に置かれたぬいぐるみ、飾り気の多いタンスに派手目のテーブル。足触りのいい絨毯に遮光カーテン。紛れもなくそこは、アルという名の少女の部屋だった。


家に帰ったら、そこは知らない家で僕は知らない人間だった。みたいな状況である。


いつの間に、アトリエから引っ越す事になったのだろうか。


答え。寝ている間。


住み慣れた場所が突然変化したという経験はこれで二度目なのだが、二回とも僕が寝ている時に起きた事だった。そして察するのだ。


ここにはもう、居てはいけないのだと。


過去を思い出し、僕は瞳から色が消えていくのを感じた。


【ジェミーどうかした?】

「…いや、僕はこの部屋に居ていいのかと思って」


アルは捨てたはずの僕を拾って持ち帰ってきたのだから、居ていいに決まっているのだが、ついつい聞いてしまいたくなる。ただ、アルの物で埋まったアトリエは綺麗であっても居心地が悪かった。


犬が所かまわず小便を掛ける理由や、猫が辺り構わず頬を擦り付ける理由を心から理解出来た気がする。自分の臭いや気配というのは、結構大事なのだ。


でも僕には、綺麗な部屋に小便を掛ける勇気はもちろん、頬を擦り付ける度胸もない。


だって、人間だもの。


【ジェミーはいちゃダメだよ あたりまえでしょ】

「え?」


【レディのへやに おとこはいれちゃだめだもん】

「あれ?」


【ジェミーにはへやのじまんをしたかっただけ だからもうでて】

「じゃあ僕は、何処で暮らせばいいの、カナ?」


まさか本当にゴミとして捨てられちゃったの、カナ?


【メルルがとなりに ジェミーのへやつくってくれてる いこ】

「行く」


アルに手を引かれる形で、僕は再び移動した。


ゴミ屋敷を綺麗にリフォームした凄腕メイドに作られたとなれば、それなりの部屋が用意されているに違いない。


期待に胸を膨らませながら移動を終えた僕は、アトリエの隣に新設された部屋を目撃した。


アトリエの隣には、段ボールがちょこんと置かれているだけで、他には何もなかった。段ボールの近くに草木は生え散らかしているが、何もないという表現で些かも間違っていないように思う。


「僕の部屋は?」

【●▲】


アルが書いた文字は暗くて見えやしないけど、目の前にある段ボールがそうだと言わんばかりの感情は、ヒシヒシと伝わって来た。紙には【ここ】とか【これ】とか、書いてあるに違いない。


「段ボールハウスに住めと?」

【メルルが ジェミーにはこれでじゅうぶんだって】


段ボールハウスの上で文字を書いたアルは、文字の書かれた紙を見せてきた。月明かりの下に立つ事で随分と見やすくしてくれているものの、遠くにある小さな文字を読むには、思い切り眉間に皺を寄せ、集中する必要があった。


なんだか、学生時代の視力検査を思い出す。僕の視力は0・7だった。


微妙である。


【ジェミー かお こわい】

「段ボールハウスに引っ越ししろと言われたら、こんな顔にもなる」


大切なお嬢様と謎の男を、一つ屋根の下に置けない事は一歩の譲りで十分理解できる。しかしだからといって、段ボールに住めというのは百歩譲っても納得できるものではなかった。


今は犬でも、もっといい家に住んでいる。


【ジェミーじょうだん おこらないで】

「冗談?本当に?」


【うん ほんとうのへやは となりじゃなくてうら】


アルは月明かりに紙を照らしながら、【こっち こっち】と手招きする。


【ジャーン】とアルが見せてくれたのは、段ボールハウスなどではない、アトリエだった。今まで使っていたアトリエと殆ど大差ない大きさに、簡単には雨漏りしないであろう屋根。床はどれだけ大きく飛び跳ねたとしても、抜ける事は無い作りをしている。


旧アトリエにあった物も、すべて袋詰めにされた状態で置かれていた。


【どう?ジェミー?】

「うん。外だな。ビニールシートを張っただけ。壁も床もない」


壁や床がある分、段ボールハウスの方がマシなんじゃないか?とさえ思えてくる。ビニール袋に乱雑に私物が突っ込まれているせいで、ただのゴミ置き場にしか見えないのも、マイナスポイントだ。


コケとキノコの袋詰めとか、もはやただの嫌がらせである。


【ハンモック いかす】

「確かに、ハンモックはイカす」


旧アトリエにはベッドや布団がなかったため、しけった衣装を敷布団や掛布団代わりに使っていたのだが、寝心地はお世辞にもいいとは言えなかった。木と木の間に作られたハンモックは、衣装布団に比べたら間違いなく寝心地が良いだろうし、ここだけは、旧アトリエを超えると断言する事が出来た。


他は旧アトリエの方がいいけど、ないモノねだりをしても仕方ない。


いや、ハンモック以外にも、もしかすると勝つ要素があるかもしれないし、悪い所ばかりではなく、ここは一つ、いい所に注目してみるとしよう。


僕はマイナスの色眼鏡を外し、プラスの色眼鏡で部屋を見てみる事にした。


外だけど。


まず、ビニールシートで覆われた屋根は、雨が降ってもしばらく雨漏りの心配は無さそうだ。壁がないという事はつまり、隙間風が気にならなくなるとも言い換えられる。湿気は旧アトリエと大差ないし、地面が土で汚れているのも大差ない。床に 穴がない分、怪我の心配もなさそうだった。


あれ?


ちゃんと一から考えてみると、今までと殆ど何も変わらないんじゃないか?


新アトリエは草木が茂っているとはいえ、旧アトリエもコケが茂り、キノコがこんにちはしていた。私物は袋にまとめられているから、草木が茂っていても今のアトリエの方が、綺麗にさえ見える。


【きにいった?】

「思ったより、悪くないかもしれない」


僕は姿形のない色眼鏡を、指でくいっと上げる仕草をした。 どんな物も色を無くしてやれば、真実というものが見えてくる。 しかし、色眼鏡を通した世界で生き続けたいと願うのも人の性だった。



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