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太陽とゴミ

僕はアルを見て、ざっと辺りを見渡した。


アトリエにある扉の立てつけが悪いのは、僕が無茶苦茶に蹴ったからで、雨漏りが酷いのは、物をぶつけまくったからでもある。部屋が傾いているのだけは元からで、僕の生活スペースが、部屋の右端に極端に偏っている事が直接の原因ではなかった。左端にも色々と物があるからだ。物があるのは、左端に限った事ではないけれど・・・。


ざっと見渡した限り、部屋は贔屓目に見てもかなり汚れていた。


黒と白しか映さずとも汚いと感じるのだから、百万色の色を持つサラやアルの目から見れば、相当汚い事だろう。サラにも言われてしまっているし、アルというレディが住み良い環境にする為にも、ここは掃除をするのがベストなのかもしれない。


嫌だけど…。

嫌だな…。


…やめよう。


辺りを再び見渡した僕は、決意に蓋をした。


アルは何一つ文句を言っていないのだから、掃除する必要などないのである。アルが発狂したら、その時にゆるりと考えればいい。


【ジェミーへやきたない そうじする】

「え?」


心を読んだように書かれた文字を見て、僕は驚いた。


もしかして、ぶつぶつと声に出していたのだろうか?

多分、出していたのだと思う。


「心に思うまでは良いけれど、口に出されてしまっては、お姉ちゃんとしても注意せざる得ないわ」とは、いつだったかのサラの言葉である。


一人暮らしの弊害なのか、僕はよくぼそぼそと一人で喋っているらしかった。


【そうじする きれいなへやはレディのたしなみ】

「そっか。ここはもう、アルの部屋でもあるのか・・・」

【うん レディはきたないへやにいちゃだめ サラがいってた】  


どうやらここに連れて来る前に、サラはアルをレディとして教育したらしい。サラが持つ指導力の凄さは、サラに飼いならされた経験から僕は痛い程理解していた。


アルがサラの毒牙に掛かっていたとしても、おかしな事は何もなく、寧ろサラが連れてきた時点で、毒牙に掛かっていると考える方が自然まであった。


でも、アルがリトルサラになるのはちょっと嫌だ。

いや、大分嫌だ。


僕は直近の課題として、アルがどうすればサラの毒牙から解放されるのかを考える事にした。


【まずはいらないもの すててくの】

「分かった。手伝うよ」


嫌だけど。


【ジェミーこのふくろにはいって】

「これが、教育の力か…」


白い大袋をばっと広げたアルの行動に、僕は思わず嘆息した。冗談なのか本気なのか今一分からないものの、サラがアルに、僕をゴミのように扱っても構わないと教えた事は理解できた。


僕はそっと、広げられた大袋の中に入る。


うんこ製造マシーンと揶揄されるよりも、シンプルにゴミ扱いされる方がまだマシだ。


しゃりしゃりと鳴るビニールの音が、妙に心地よかった。


【ジェミーじょうだん。じゃまだからでて】

「はいはい」


このまま小さな両手に引き摺られ、外に捨てられたらどうしようかと、密かに考えていたものの、冗談というアルの言葉に僕は安堵した。例え立て付け最悪の欠陥住宅であっても、アトリエは唯一の居場所。ここからの放逐は人生のドロップアウトを意味している。辿るのはまさにゴミと同じ末路だった。


アルが優しい子で助かった。


あれ?でも、優しい子は、人をゴミ扱いしたりしないような・・・。


真理に辿り着きそうになったので、僕は 辿り着く前に歩みを止めた。


危険な道をわざわざ進む必要はない。世の中安全第一だ。 では、掃除を手伝うとしよう。


【ジェミーこれゴミ?】

「その箱は小物入れに使えるから、ゴミじゃない」


【これは?】

「その木は削れば家の補修に使える」


【これは?】

「多分何かに使えるヤツ」


用途不明の、ゴミみたいな物を見せられた僕は、少し考えてから答える。よく分からないけど、捨てずに置いてあるという事は多分そう。部屋がいくら汚れているからといって、僕とてきちんとゴミは捨てる。


どの角度から見ても、アルが手にしているのはゴミにしか見えないが、世の中、何が宝になるかは分からない。


何にでもプレミア価格は存在するのである。


【これは?】

「それはキノコだな」


部屋に自生している。

食べた事はないけど、食べられるのであれば当然ゴミではない。


【ジェミー…】


アルは何とも言えない表情を浮かべていた。

名前を書かれ、その後ろに点が三つ。


表情と相まって良い感情を抱いていない事だけは分かった。呆れているとか、多分そんな感じだ。何に呆れられているのかは皆目見当も付かないが。


「まさか、そのキノコを食べたいとか?」


これが毒キノコだった場合、非常にマズい。かといって毒味をするのはごめんこうむりたかった。試すなら食料事情が逼迫してからにしたい。


【ジェミーやっぱり ここはいって】


それなりの時間が経過したにも関わらず、まだ何も入っていない袋を大きく広げたアルは、再び袋の中に入るよう僕に促してきた。


レディの要望には、例え困難であっても応えるよう教育されてきた僕は、困難ではないアルの要望に応え、袋の中に入る。袋のしゃりしゃり音は、やはり心地よかった。


「…」


アルは袋の中に入った僕を、うんしょうんしょと小さな両手で、引き摺るようにして部屋の外に移動させていく。床のささくれに引っ掛かり、袋とズボンと腿の皮膚が少し破れはしたものの、僕は無事、外に放り出される事となった。


昨日と違って、今日は晴天だった。

日差しが眩しくて、少し暑い。

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