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声無き呪い  


「大丈夫か?」

怪我をする前に抱き止めた自信はあったものの、腐った床に足を取られた以上、木片が突き刺さった可能性は十分ある。


僕は少女の顔を見て、足を見た。


突然の事にビックリしたのだろう。少女は目を丸くしていたが、幸いにも怪我をした様子はなさそうだった。


「流石はジェミー。とても紳士的な行動でお姉ちゃんうれしいわ」

「…」


少女を助けた僕にサラは称賛を送り、

ショックから立ち直ったのか、少女はこちらを見てにこりと微笑んだ。


愛され育てられた事が一目で分かる。とても愛らしい笑顔だった。


「それで、この子は?」

「その子の名前はアルルカノン。お姉ちゃんはアルって呼んでいるわ。今日からジェミーがアルの保護者兼世話係だからよろしくね」


「は?」


なんだか今、とんでもなく無茶苦茶な事を、この女は言いやがらなかったか?


「アル、ジェミーは紳士で、ピンチの時は今みたいに助けてくれると思うから、存分に甘えていいわよ。お姉ちゃんが許可します」


「…」

こくこくと頷いたアルは、再びこちらを見てにこりと微笑んだ。


表情筋がじじぃの脳細胞のように壊され、固まっていると揶揄された事もあったが、今回ばかりはつられて笑顔になるのが分かった。


頬に引き攣る痛みを感じたからだ。


「ジェミーはもう少し笑顔の勉強をした方がいいわね。じゃ、お姉ちゃん行くから。バイバーイ」

「いや、ちょっと待て。説明」


要件は終わったとばかりに、手を振り帰ろうとするサラの肩を僕は掴んだ。サラはこちらを振り返り、嫌そうに溜息を付く。


なんでこいつはこんな顔ができるのかと、腹が立ったが、僕の姉に対するアンガーマネージメントは匠の域に到達していた。


こんな事で、僕は微塵も怒りはしないのだ。


「パパとママはあの通りだし、お姉ちゃんも学業や仕事で忙しい。働いてもいなければ学校にも行っていない、真っ黒なうんこを垂れ流すだけのジェミーが、アルの世話係になるのは至極当然の事でしょう?いえ、寧ろこんなうんこ製造マシーンに、美少女のお世話という仕事を斡旋できるお姉ちゃんは、ジェミーに超絶感謝されてもいいまであるわね。出来る姉を持って、ジェミーは本当に幸せ者だわ。お姉ちゃん、お姉ちゃんのようなお姉ちゃんを持っているジェミーが本当にうらやましい。ジェミーは世界の嫉妬を買ってもおかしくない位の幸せ者だわ。だからお姉ちゃんには感謝なさい。この、うんこ製造マシーンが!」


「僕が聞きたいのは、この子の事だ」


感謝が足りないうんこマシーンの事ではない。

勿論、僕は僕の事をうんこ製造マシーンなどと卑下していないが、思われても仕方ないという、広い心と謙虚さも持ち合わせているので、あえて否定する事はしなかった。


でも、ここまで言う必要はないよね。

僕だって傷付く事はあるのだ。


「あら、ジェミーは健忘症にもなってしまったのかしら?アルルカノンの事はきちんと紹介したでしょう?」

「名前は。でも、他は何も聞いてない」

「かわいい女の子」

「それは見たら分かる」


世話係を押し付けられても瞬時に受け入れられる位、アルは可愛らしかった。


僕は、うわっ、こいつロリコンじゃねぇかキモっ。と思われないために、説明を求めているのである。いやとは言ったが、嫌とは一言も言っていないのだ。言葉の妙というやつだ。


僕は既にアルと二人暮らしする気満々だった。

ロリコンだからじゃない。一人は寂しいからだ。


本当だぞ?


「現在6歳」

「それも、見たら大体分かる」


推定年齢4~8歳くらいのバラつきはあったものの、その位の年齢の子は、何が出来て何が出来ないのかを知らない以上、可愛い女の子の一文ですべて説明可能であり、わざわざ知る必要もなかった。


「声が出せない」

「え?」

「呪いの可能性大」

「は?」

「魔女病」


劇団員みたく流暢に語っていたかと思えば、IQが溶けた糞ガキのように一言で答え始め、あげくサラは、さらりととんでもない事を口にした。

サラだけに。


天気が悪いせいか、今日は少し冷える。

僕は身震いした。


「お世話係とは言ったけれど、本当にして貰いたい仕事は、可愛い声を出させてあげる事。これで説明には事足りたかしら?」

「お引き取り下さい」


僕は両手に抱かれているアルをサラに差し出した。


声が出ないのなら病院に行くべきだし、魔女が関わっているのなら教会に行くべきだ。僕は医者でもなければ神父でもない。ただのうんこ製造マシーンにこんな仕事を持ってくるんじゃあない。


「大丈夫。ジェミーになら出来るよ。お姉ちゃんは信じているから」


サラは優しい声と優しい笑顔で口にする。

先程までとは異なり、真剣でありながらも全てを包み込む優しさがサラにはあった。ジェミーになら出来る。サラに言われると本当に…。


「いや、そんな声色変えて、作ったような笑顔で言われても困るんだが」


サラの演技に呑まれそうになりながらも、すかさずツッコミを入れる。サラの百面相を幼い頃から嫌という程経験してきたのだ。この程度の演技に騙される僕ではなかった。サラが磨き上げてきた武器に対して、僕は強耐性を保持していた。


嘘、効かない体質なんだよね。というヤツだ。


「この演技、かなり受けがいいのに残念だわ」

「そこは、作ってないのに酷い。と言ってくれ」


多少とはいえ揺らいでしまった自分が、バカみたいになるじゃないか。  


「ジェミーはお姉ちゃんに対して注文が多すぎるわ。そんなにシスコンを拗らせていては、女の子にモテないわよ」

「どのみちモテないし、モテた所で意味もない」


「それは、モテた事のある男が言うべきセリフであって…まぁいいわ。ジェミーが心底モテたい糞男爵である事を、お姉ちゃんはもう知っているしね。だからそうね、モテるためのリハビリだと思って助けてあげなさい。一週間経っても声が戻らないようなら、アルは魔女狩りと称して処刑されてしまうのだから、期間としては丁度いいでしょう?」


「は?」


またしてもとんでもない事を、サラはさらりと言う。

サラだけに。


寒いから、そろそろ扉を閉めて欲しかった。


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