第一話 一度目の告白
「高一の時から好きでした。俺と付き合ってください!」
「はい」
長年の片思いが実った瞬間、それを祝うかのように盛大に花火の音が鳴り始めた。見上げた夜空には色とりどりの花が咲き誇り、まるで神様が僕たちの幸せを祝福しているようだった。
きっと、君も同じように笑顔で大輪の花を見上げているに違いない。
そう思って振り返ると——花火の真っ赤な灯りに照らされて、階段の下に横たわる君の姿があった——。
8月19日(土)
世界中を騒がせたパンデミックの影響で中止されていた夏祭りが久しぶりに開催されるこの日。高校一年の頃から片思いをしていた智也に、自分の気持ちを伝えることを決心した。
「博樹、ごめん!お待たせ」
「ぜんぜん大丈夫。俺も来たばっかりだから」
待ち合わせ場所に現れた智也は青い浴衣姿で、白く透き通るような美しい肌にとても映えていた。
「変かな?」
「いや……すごく似合ってるよ」
「ありがとう……博樹も浴衣すごく似合ってる」
「ありがとな。じゃ、行こうぜ」
嬉しそうに照れる姿はとても愛らしくて、思わずこちらまで頬が緩んでしまう。
智也は大人しくて優しい性格で、自分の気持ちをハッキリと人に伝えることが苦手だ。高校一年で同じクラスになった時も、クラスメイトから面倒ごとを押し付けられては、文句も言わず馬鹿真面目に一人でやっていた。
そんな智也が見ていられず、声をかけたのがきっかけで少しずつ話すようになり、夏休みに入る頃にはお互いの家を行き来するほど仲良くなった。
そして気がついたら、俺は智也のことが好きになっていた。友達としての好きではなく、恋人になりたいと心から願うほどに。
「お祭りって久しぶりに来たけど、なんか良いね」
「そうだな。俺、屋台の焼きそばってなんか好きなんだよ」
「うん、ちょっとわかるかも。家で食べる焼きそばよりなんだか美味しく感じるよね」
「そうそう!入ってる具とか同じだし、味もそんな変わらないと思うんだけど、なんか旨いんだよな」
そんなくだらない会話をしながら、参道に並ぶ屋台を二人でまわった。こんなありふれた青春の一ページも高校生生活の多くをパンデミック期間に過ごした俺たちにとっては新鮮だった。
智也と二人で過ごす夏祭りはとても楽しくて、気が付いたら打ち上げ花火の時間が近づいていた。
「あっ、もう直ぐ花火の時間じゃん!」
「みんな境内に集まりだしたね。僕たちもいく?」
「もっと良い場所があるんだよ。行くぞ!」
俺は智也の腕を掴んで高台の方に向かって走った。神社から少し離れた高台に古びた階段があり、そこを上ると人気のない寂れた公園がある。俺は今日、花火が上がる直前にそこで智也に自分の気持ちを伝えようと決めていた。
智也と一緒に過ごす時間が楽しくて、つい時計を見るのを忘れていた——だから、階段を上り切る前に花火の時間が迫ってきてしまった。
「博樹、そんなに急がなくても大丈夫だよ」
俺は階段を上り切る直前で振り返り、二段下で息を切らしている智也の方に振り返った。花火まで時間がない……もうここで言うしかない。
「高一の時から好きでした。俺と付き合ってください!」
息を切らしがら精一杯の大声で自分の気持ちを智也に伝えた。
「はい」
智也は恥ずかしそうな笑みを浮かべながら、でもハッキリと返事をしてくれた。その瞬間、盛大に花火の音が鳴り始め、振り返って見上げた夜空には色とりどりの花が咲き誇っていた。
きっと智也も俺と同じように、この大輪の花を笑顔で見上げているに違いない。
そう思って振り返ると、花火の真っ赤な灯りに照らされて、階段の下に横たわる智也の姿があった。
「えっ、ともっや…智也!」
俺は訳もわからず、慌てて階段を駆け下りて智也のもとに向かった。階段から落ちた時に頭を強く打ったのか呼びかけても反応がない。
「智也!智也!おい、しっかりしろ!」
あたりを見渡すと、こども連れの夫婦が歩いているのが見えた。
「すいません!救急車!救急車を……」
花火の音にかき消され、俺の声は届かない。必死に叫んでも夫婦はこどもと花火を見上げて笑いながら歩いていく。
「くそ!くそ!なんでだよ!」
慌ててスマホを取り出すが、止めどなく流れてくる涙が視界を曇らせ、震え続ける手は言うことを聞いてくれない。
「誰か!誰か助けてください!」
花火が止んだその瞬間、俺のその叫び声だけが静けさを取り戻した夜の町に虚しく響き渡った——。