第97話 ほらやっぱり
「しかしよォ、隼人! 許さないって言ったって、どうするんだよ? 島陸獄ってめっちゃ頭良くて、逃げ回ってるクソ怪異なんだろ」
「喧嘩を売ればいいだろ。どこかのお山の大将みてェによォ」
「喧嘩を売るって?」
「あいつに関係ありそうな怪異をこちら側に引き込むのさ」
あ、キレてる。
隼人を見たとき、簡単にそう察した。
びっくりするくらい分かりやすいやつだった。
その場に居なかった拓也がやってくると、「ある程度わかったよ」と言った。喫茶「バーミンガム」にはそこでようやく全員揃った。
「はい、これ住所」
「ありがとう、拓也くん。陽太くん」
「住所? それは?」
「さっき言った島陸獄に関係ありそうな怪異たちの居場所だ」
「調べさせてたのか」
「ああ」
隼人は……ばきり、と額に青筋を浮かべていた。
こいつは昔からそういう奴だ。
いつも誰かの為に怒るやつだった。
自分はどうなっても構わないが、他人が少しでも侮辱されれば、途端にびっくりするくらいキレる。
紳助さんと千代子さんはそういう隼人を見たのは初めてだったのか困惑している。
俺も初めて見た時は困惑したさ。
それまで「気に食わないスカした野郎」だったのに、いきなり「大好きなやつ」に躍り出たんだから。自分でも本当に驚いた。
隼人はそういう奴だ。
粗暴な奴で……その自分を隠すためにいつもニコニコしてる奴を演じて。それができなくなれば、悪人を演じ始める。昔っからそういう奴だ。
気がつけばひとりでいるみたいで。
俺たちはただの外付けの仮面でしかなくて。
だから隼人のそういう癖が嫌いだった。
「これで……島陸獄に……『お前が挑戦者なのだ』という事を刻みつけてやれるな」
そして誰もが、それを言えなかった。
隼人は……規格外だったから。
俺たちは不甲斐ないくらいに怯えてしまっていたのかもしれない。隼人はそれを察することができる人間だ。だから、孤独にならざるを得なかったのかもしれない。もしそうだとしたら、本当に不甲斐ない。
「うーん……」
悠が唸る。
「ひとついいか?」
「どうした、悠?」
「お前まさか、これで自分がどうなってもいいとか考えてないよな」
鋭いひと言。
「思ってないよ」
嘘つくな。
「嘘だね。お前はそういう奴じゃない」
「そういう奴じゃないって、どういう意味かな」
「お前は自己犠牲が最も尊いって思ってそうなクソバカ野郎で、自分が犠牲になれば全部丸く収まると思ってる自分に酔ってるクソバカ野郎」
全部言った……。俺等が思ってること全部言った。そういうフウに思ったからか、俺と弾は吐息を漏らした。
「それが手として有効なら使うだろ」
「違うんだって」
「なにが。今日の君ちょっとおかしいね」
「おかしいのはお前だよ。隼人」
悠は頭の後ろを掻いた。
「お前が優しいのはわかったよ。わかるよ。お前めっちゃ気の良いやつだって事くらい誰にだって分かるし、そんなお前だからこそあの火事で家族を失ってからずっと自分を責め続けてるんだろうなってことくらい理解できるよ。俺バカだけどさ。でも、今のところお前ってそれだけなんだよ。中身がないんだよ」
隼人は愛しの悠にそんな事を言われるとは思っていなかったのか、言葉を受け止めようとして、少し言葉を噛み砕いて、理解して、少し不安そうな顔をし始めた。
お前はそういう奴だもんね。
「生きたいとか思わないの?」
悠がそう言うと、隼人は困ったような顔をした。
「思えない」
そう言った。
「思えないよ、思えるわけないだろ。俺の父さんや母さん、兄や妹。それに、一郎の両親。祖父母。みんな俺が殺したようなものなんだ」
隼人はいつもそう言った。
「まずそこから意味がわからない」
はっきりと物を言うやつだなぁ。だから隼人も惚れたんだろうが。
「殺したのは橋本雄二ってやつなんだろ、テレビで見たぞ」
「違うんだよ。直接的でなくとも、俺は……」
「言えよ」
「俺は、人の命に優先順位を付けてしまったんだ。俺は勝手に人の命の価値を優劣付けてしまったんだ。その結果、人は大勢死んだんだ。あの状況で、俺の脳みそやこの魂は、『全員助ける』ではなくて、『必要な奴だけ助ける』というフウに舵を切ったんだ」
ああ、だから。
「俺の魂は、悪魔なんだ。悠。君が俺を好意的に見てくれてるのは嬉しいけど、どうしても俺は、俺を好きになれないんだよ。ひとりで死ねるならそれが良いって思うんだ。悠、俺はこういう人間なんだ。俺は父の様に責任感が強いわけでも……兄のように情熱的なわけでも……母のように陽気なわけでも、妹のように賢いわけでもないんだよ。全部幻想なんだ」
隼人は語る。
「本当に大事なのは?」
「えっ」
「そうじゃないだろ。ほら、お前の口癖思い出せって!」
悠は笑った。
「口癖なんてない」
「ウッソだろお前」
「ないものはないよ」
「最高だろ」
あーだこーだ言っていても、やっぱり隼人も俺も14歳の子供なんだろうな。ひとりじゃ生きていけない。
「俺は言うよ。お前は悪魔じゃないって。それでもお前は、何度でも『俺は醜い悪魔だ』って言うんだろ。それでもいいさ。いやよくはないか。でも良いんだ。そんな時は俺がそばに居て、何度でも言ってやるって、決めてるから」
悠は、隼人の胸に手を当てて、言った。
「愛してる。友情的な意味合い5割。性愛的な意味合い5割」
隼人の動きがピタリと止んだ。
「こいつ驚くと動き止まるよね」と拓也とこそこそ話していると、隼人がようやく「えっ」と言った。
「愛してるって……?」
「愛してる。そのまんまの意味。ご理解いただけるかな」
「ほんとに?」
「ほんとに。でなきゃお前のストーカーみたいな異常行動も黙認してないでしょ」
「いつから!?」
「大昔から」
そういえば悠コレクションの殆どが燃えてるんだよな。持ち運び用悠コレクションは無事だったらしいし。
「わかんなかった?」
「まったく……」
「ほら」
悠は笑う。
「やっぱりわかんないんだ」
その時。




