第86話 すいせんの檻
昔からお姉ちゃんは不思議なものを見た。
お姉ちゃんと言っても、血は繋がっていない。
私の両親は小さい頃に事故で亡くなっていて、親戚もひとりもいなかったため、生前友人だった今のお母さんが拾ってくれたのだ。
大きくなって、いきなり生えて出てきたお姉ちゃんに、私は困惑を隠しきれなかった。
お姉ちゃんはそんな私にも優しくしてくれて、でも時に厳しかった。
私は東京から転校してきたから、珍しいものでも見るような、そういう対象になっていた。
そして、私が欧米と日本のハーフだというのも、クラスメイトたちは納得できなかったらしくて、私はよくいじめられるようになった。
お姉ちゃんはそれでも私の味方だった。
お姉ちゃんは私にとって居場所だった。
私はお姉ちゃんに懐ききっていた。
1977年11月28日。お姉ちゃんはかかっていた病気によって死んでしまった。
私のほんとうの絶望は此処から始まった。
お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん。
お姉ちゃんに会いたい。
お姉ちゃん、お姉ちゃんに会いたい。
1993年8月5日。
お姉ちゃんがいた。
私はお姉ちゃんに合うことが出来た。
お姉ちゃんは頭の病気のせいで、頭が変な形になっていたけど、あれは確実にお姉ちゃんだった。お姉ちゃんは「あなたはあわれです。かあいさうです」とニタニタ笑いながら、言った。
「あなたはあなたのやりたいことをするべきです。力を授けるから、なりたい姿になるべきです」
お姉ちゃんは木箱を持っていて、それに触れると、気がつくと私はあの公衆トイレに閉じ込められた。
出して、出して。お姉ちゃん、出して。
私は公衆トイレが嫌いだった。大嫌いだった。
私はあそこで死んだのだ。
ああ、お姉ちゃん、助けて、お姉ちゃん。
どうして、どうして。
……そんな事を考えて、どれほど経ったろう。
お姉ちゃんによく似た雰囲気の男が現れた。
男の名前は知らされていた。
ここに来る前にお姉ちゃんが言っていた。
「一文字幽石の末裔がここに来る」と。
この男だ。右目に火傷痕のある男。
お姉ちゃんは言うんだ。
「この男を殺せ」と。




