第85話 俺が来た
ぼとぼとと口から落ちた。
赤い何か。それは、どるん、と臓物のように塊で、小刻みに震えていた。
さっきの体験は何だったのか。
分からないまま、浜に打ち上げられたような感覚。
手足が震えてまともに立てない。
霊力をあらわそうとすると、黒地に赤斑のエネルギーが地面に解けていくみたいに、消えていく。
変身はダメだ。
きっとエネルギーが吸われてしまう。
「どうしろってんだバカ野郎……」
汗がじわりとにじんでいく。腹からこみ上げてくる不快感に、どうしようもない絶望に似たえずきをしていると、バン! ピカン! と明るい音が鳴り響き、そこを赤一色に染めて、声が降った。
「俺がいる!」
赤色霊力が晴れると、空はまだ比較的明るかった。気がつけば、俺は一郎くんと拓也くんに介抱されていて、目の前には悠の姿があった。
「何故ここに」
「ひとつ!」
悠は少し高くなった声で言う。
「そもそも男から乱暴を受けて自殺してしまった女の子の霊に対して男数人で押しかけるのは普通に駄目だろ!」
そういえばそうだ。ぐえ、と胃液を吐き出しながらそう思った。悠は「ふたつ!」と言う。
「なら知り合いの女子にでも頼めばいいだろうけど、まずお前らは基本的に根が善良だからそんなことは絶対にしない!」
それはまあ、否定も肯定もできる材料がない。一郎くんや拓也くんはまだしも、俺は善良ではない。
悠は「みっつ」と言う。
「隼人の習性を鑑みるに俺や弾を頼らない!」
「それは」
反論しようとした。
「邪魔しちゃいかんだろうし……駒として使うためにわざわざ盛岡まで来てもらうっていうのも忍びないし」
「それのこと言ってんだよ。なんだよ邪魔しちゃいかんって。もーおバカすぎて困るなー」
「IQ600の天才だ」
「お前はバカだよ。人より頭が良いだけのクソバカ」
悠はこっちを見ると、「よっつ」と言って、悠の赤色霊力が耳に詰まったので、何も聞こえなかった。顔も前を向いてしまったし。かろうじて「はやと」と言っているのはわかるが。本当に何も聞こえない。
「なんて!?」
悠と花子ちゃんが対峙する。
その雰囲気は、ガンマンの早打ち勝負にも思えた。俺は昔からそういう映画が好きだった。
マカロニ・ウエスタン的な日●のアクション映画が好きだ。渡り●シリーズじゃ、小●旭が馬にまたがり銃を抜きゃ必ずと言っていいほど胸が躍った。
立ち向かうは宍●錠。時々、藤●有弘とか。
宍●錠といえば、俺は「拳銃は俺のパス●ポート」が好きだ。マイナーな語りができるほどには映画は観ていないが、劇中でコルトを使った描写があったか自信がないくらいだが、あれはかっこいい。
そして、これはそれらにも劣らない気質の高い対峙であることが伺えた。
「互いに手を出すのは……」
「お、どうした隼人」
「滝さん?」
「この瓶が宙を舞って……」
「どこから出した隼人」
「隼人がおかしくなったぞ」
「割れた時だ……いいか」
花子ちゃんと悠が頷いた。
俺は瓶を投げる。
瓶はくるくると宙を舞い、そして──
パリン! ガシャン!
──霊力が摩擦を押し付け合い、花子ちゃんは公衆便所の外壁に叩きつけられた。
「そういえば師匠に聞いたことがあるぜ……」
一郎くんが言う。
「俺たちの中で……福井はいちばん霊力が少ないが、その分、速度と命中率がいちばん高いのだとか……」
「危ない男だぜ。隼人、おまえ、あれに……?」
「なに」
そうしていると、脳内に記憶が流れ込んできた。
「花子ちゃんの『轍』が見える」




