第8話 白河童
池首市から外れたところにある「郷土村」というところにある大きな湖での出来事。キラキラした水面に浮かんでいる鳥を見ながら「退屈だなあ」と思っていると、頭に乗せていた帽子が強風に飛んだ。お母さんが「熱中症対策だよ」と渡してくれた帽子だった。慌てて腕を伸ばすと、思いのほか欄干から飛び出してしまい、水面が見えた。そういう思い込みなのか、流れる時間はゆっくりしていて、僕は思わず目を見開いた。水面からぶくぶく太った白い腕が伸びて、僕の頭を掴もうとしていたのだ。「死ぬかも」と思っていると、不意に、グイと身を引かれた。
「危機一髪だね」
それは同じくらいの歳の男の子で、「LAUGH」と書かれたTシャツを着ていた。帽子は、男の子の後ろにいたやたらデカい男の人が腕を伸ばしてつかんでいた。
「はい、帽子。危なかったね」
「ありがとう……」
「あの人に捕まってたら怖いことになってたよ」
男の子はニコニコ笑いながら湖を指差していた。
「あの人は河童だ。白河童。昔この湖で死んでしまった人の幽霊なのかな? とにかく、引きずり込まれなくてよかった!」
「……何言ってんのかな」
危ないやつなのかな、と思った。
「じゃあ俺もう行くね。じゃあね、誠くん」
そいつは、光のまったく入らない黒い瞳を此方に向けたまま踵を返し、大きすぎる男の人に「兄ちゃん」と駆け寄っていた。
「なんで僕の名前知ってるんだ……」