第74話 悪魔の戯言
週末がまたきた。
すると、俺は花巻にある橋本宅に向かった。土曜日はいつもこの家の様子を見に来ていた。いつもはショッピングモールに出かけたり、橋本勉はサッカーのクラブに出かけていったりするのだが、この日はどうも違うようだ。
橋本一家は車で山に向かうと、山の中にある3階建ての建物の中に入ってしまった。俺もその建物に侵入して、盗み聞きを開始した。
『わからないんです……! デルタ様っ。私はわからないんです……! 滝隼人は……私の叔母を殺しましたっ。滝隼人は罪人だった! だが……あなたの言うような、極悪人ではないように思う!』
デルタ様?
『何を言うのですか、怨みを忘れたのですか、滝隼人は生きています。毎朝起きて毎晩寝ています。それって普通の1日を過ごしてるって事だから、あなた、殺さないといけないはず』
答えているのがデルタ様か? なんというか中性的な気持ちの悪い声をしている。
『しかし……私は、私は真実を知りたいのです!』
『真実など教えたではありませんか。滝隼人は悪魔の力を使って、あなたの叔母を含め大勢の人間を殺し、命を食らっている。人食いの悪魔! あなたはその悪魔を討伐する聖なる任務を受けた人間。さっさと滝隼人の〝悪魔面〟をあばかないと、あなたは救済天国に行けなくなってしまいますョー』
『しっ、しかし……』
『嫌になったわけですか』
『私には息子がいます! 妻も! 人を殺したとなれば、もしそれが周囲にバレれば、ふたりの立つ瀬がなくなってしまう……!』
『嫌になったわけですか』
『う……』
『質問に答えなさい』
デルタ様とやらの声色が変わった。橋本雄二は怯んでいるようで、橋本勉は不安そうに「お父さん」と声を発した。そのせいか?
『質問に答えずして何が人かーっ! いいええええっ。あなたは人ではなーいっ! あなたの正体発見せし! あなたは悪魔であるっ! みなさん! 私の仲間の皆さん! この一家に浄化の作業をしませんと、悪魔がいますわーっ!』
子供や女性の泣き声が聞こえてきた。橋本雄二は「やめてください、やめてください」と叫んでいたが、その声が聞こえなくなった。
こんな屑の血なんてこのまま死んでしまっても構わないはずだ。屑に惚れた屑女と屑から生まれた屑ガキだ。死んだところで損失はない。
そんなふうに思っているはずだったが、とうとう、とうとう我慢できなくなった。
俺は扉を蹴破り、黒申教の装束に似た白い装束を纏ったカルトの信者を蹴り飛ばした。
「滝隼人! 悪魔参上! こいつキモ!!」
「ホントだぜ……!」
橋本勉が俺を見上げている。
「屑に惚れた屑女! こんな屑女は死んでもいい! 屑から生まれた屑ガキ! こんな屑ガキ殺されてしまっても構わない! そして橋本雄二、そいつは糞だ! 屑だ! 死んでしまえ! 死ね! 死ね! 死ね! そう思ってるさ! だけど身体が動いちまった……! こんな屑の一家でも『死ぬかもしれない』と思うと、もう、心がモヤモヤして仕方なかったんだ!!」
「悪魔アーッ! 何を言うかっ」
「戯言さ」




