第68話 雨粒の檻
雨の小坊主も──シシノケも、動かなくなった。筋肉は強く硬直していて、シシノケの筋肉に依存している雨の小坊主からしてみれば、これ以上ない拘束だった。「3時間」と隼人が呟くと、師匠の変身が解けた。
「これをどうするかだな……」
そこにトラックがやって来た。どうやら飯を食べ終わった弾が山猫さんに連絡を取り付けて、トラックを手配してもらったらしい。
「萩野屋敷に運ぶんだっ」
師匠の指示により萩野屋敷にシシノケが運ばれると、師匠は直ぐに除霊を開始した。除霊が完了すれば、周囲に綺麗な空気が漂うが、その空気は一切漂ってこなかった。
「何かがおかしいぞ」
「師匠さんも衰えたっすか」
「まだ30半ばだ」
「若年性のなんかじゃないすか?」
一郎と弾が師匠に絡んでいる傍で、隼人はじぃっとシシノケを見つめていた。ややあってから、「雨の小坊主の『轍』が見える」と言った。
「轍?」
「隼人くん……?」
◆
8帖ほどの畳の部屋に、ぼくは寝かされていて、おかあさんは「どうか神さま、仏さま」と、天に祈っていた。ぼくは珍しい病をわずらっていて、おかあさんはそんなぼくに付き合って、毎朝毎晩泣いていた。
ぼくの病が最初にわかったとき、おかあさんのおにいさんが偶然家にやって来ていて、遊んでもらっているときのことだった。野球のボールを捕ろうとしたところで心臓のところが苦しくなったので、おじさんは町いちばんに大きな病院に連れて行ってくれた。
待合室ではもくもくと煙草を吸う人達が居て、ごほごほと咳き込むぼくと同じくらいの男の子が2人くらいいた。緑色の廊下を連れられて、お医者さんの話を聞くと、ぼくは大変珍しい病気で、雨天心臓圧迫症という、雨の日や雨の次の日に心臓がぎゅっと圧迫されて痛を食らうものだった。
おかあさんは「現代の医療は毒だから」と言って、ぼくを毒から護ってくれたけれど、それでも病気はどうしようもなくて、雨の日が来るととても憂鬱になった。
そんな時、ぼくはあろうことか、おかあさんに怒りをぶつけてしまった。ぼくがこんな事になったのはおかあさんがこういう体に産んだからだ、全部はおかあさんが悪いんだ、と言ってしまった。
おかあさんはとてもショックを受けて、泣き出してしまった。ぼくは家を飛び出して、拙い身体を押して、山の中に入った。
夜、山の近くの池のほとりに行くと、そこにはふたりの大人とひとり、お姉さんがいた。お姉さんは「ここに●●が来るから、沈めればいいよ」と妙に伸びる声で言っていて、異質な雰囲気があった。
ぼくはお姉さんの顔を見てしまった。月の光に照らされていたけど、死体みたいに真っ青で、ブクブクと植物みたいなのが頭の全体に覆い被さっていた。
ぼくは驚いて、後退りをした。それがいけなかった。見つかってしまった。ぼくはそのお姉さんと目が合って、その人がニンマリと笑うのを見ていた。
何かをされるわけじゃなかったけど、とても恐ろしい思いをした。ぼくは家に帰るつもりだった。恐ろしくてたまらなかったから。おかあさんに謝って、仲直りしたかった。
でも、ぽつり、と。
雨が降ってきた。
ギイ、ギイと胸は苦しみ、ぼくは立ち上がれないくらい痛い思いをした。その日は土砂降りだった。バイクが通ったけど無視されて、無視されて仕方がなかった。
おかあさんのところに帰りたい。おかあさんにごめんなさいって謝りたい。どうか、どうか、帰らせてほしい。
気がつくとぼくは身体が軽くなっていて、どこへでも行けるようだった。ぼくはおかあさんのいる家まで立ち向かった。そこにはおかあさんがいた。おかあさんは男の人と一緒に居て、アンアン、アンアンと犬みたいに鳴いていた。
男の人が「そんなにアエいで息子が心配ではないか」と言うけど、おかあさんは「ほんとうは、あんな出来損ないの木偶人形は、いらなかったの」と鳴きながら苦しそうに、言っていた。
ぼくはショックだった。
「アンアン、どうか優秀な子供をつくりましょう。アンアン」
ぼくはショックで、信じていたおかあさんがケモノより醜い悪魔だとわかって、ほんとうに苦しかった。胸がざわざわしていると、そこに、あの顔のおかしなお姉さんが現れて「あなたはあわれです。かあいさうです」とニタニタ笑いながら、言った。
「あなたはあなたのやりたいことをするべきです。力を授けるから、なりたい姿になるべきです」
気がつくと、ぼくは頭が、大きくて、3つの目があるおばけになっていた。ぼくはずっといろんなところで暴れてきた。この身体はなんでもできたから、楽しかった。でも、なんだか物足りなかった。
昔見たテレビのヒーローは自分が化け物であるにもかかわらず、人を助けていた。でも、人に恐れられても来た。昔そのヒーローを見て、「かっこいい」と思った。
ぼくもヒーローになりたいと思った。だから、人を助けることにした。雨の中で、強く、強くなれるように。形を変えて、形を変えて、ヒーローに。
ぼくの弟はおかあさんを失った。おかあさんは男の人に捨てられて、自殺した。練炭自殺で、部屋のあらゆるすき間を新聞とガムテープでふさいで、弟と一緒に死のうとしていた。
ぼくは弟に取り憑いた。取り憑けば、弟は助けることが出来た。でも、おかあさんは醜い悪魔だから、見捨てた。
ぼくは弟とひとつになった。とても力に溢れている。なんでもできる。そんなつもりになっていた。力任せに、大暴れ。ヒーローになんてなってたまるかっ。そうい思っていた。そんなつもりになっていた。
だけど……恐怖を思い出した……。
あの顔のおかしな女が弟の前に現れた。あの女は弟の後輩の女の子をいじめると、ギチギチと苦しそうに呻きながら、どこかへ行ってしまった。
あの女は悪魔だっ。あの女を倒さなければ。あの女を倒さなければ。だから、こんなところで。
◆
隼人は徐ろにシシノケに近づいて行くと、その手を握った。
「その女の名前は北愛子という」
赤い複眼が点滅を始めた。
「しかし、挙動のひとつひとつがてんで北愛子とは違うっ。もしかしたら、いまの君たちのように何かに取り憑かれているのかもしれない。肉ノ家陽太くん」
鉄仮面に口が現れ、言った。
「人は信用ならないィ……」
「信用しなくてもいい」
隼人は返した。
「君が俺を信じるかではなく、俺は憶測を述べたばかりだ」
「表では何とでも言えるんだ。でも人は、人は愛を偽ることも出来る。人って醜いんだ。悪魔なんだ」
「そうま。俺は悪魔だ。醜いおばけだ」
「人間は悪魔! 人間は悪魔! 例外なく化け物! やめろ、やめろ、弟に触れるな、やめろ」
「ならばなぜ君は女の子を救った……!?」
隼人は雨の小坊主を立たせると……肩に手を置いて力説した。
「君は正義だ。咄嗟に人を救うことが出来る正義だっ! ヒーローだよ」
「違う! ぼくはぼくのやりたいことをしているだけだ! それに……妖怪だっ! だから正義じゃない! ヒーローでもなんでもない! 妖怪はヒーローにはなれない」
「バカを言うのはやめろっ! たしかに、君は人間じゃない」
雨の小坊主から黒い霊力が溢れて隼人の首に突き刺さる。隼人の血が畳に落ちるけれど、それを度外視にして、隼人はぎらっと光った瞳を見せた。
「たしかに君は人間じゃない……妖怪だっ! きっと俺の思うような奴ではないんだろう……! でも本当に大事なのは君という存在の本質が正義の味方であるということだっ……! なっていいんだっ! 妖怪もヒーローになっていいんだよっ! 肉ノ家陽太!」
やや間があって、師匠がため息を付いた。
「君は俺と違ってヒーローになれる。正直に言えば、俺は俺の周りに起こるすべてに原因なあると思っていて、君が使えそうだから君に戦力になってもらいたいんだ。もし、この世に悪役がいるなら……もしこの世に敵がいるなら、俺はその悪魔を討つ破壊屋になりたい」
肉ノ家陽太は霊力を隼人に巻き付けて、ギュッと締め付けた。
「俺の為じゃなくていい。だから……正義のヒーロー……1号になってくれ」
肉ノ家陽太はややあってから、答えた。
「2号だよ」
霊力が途切れると、ばさりとはだけてマフラーのようにたなびいた。
「エクストラムマン」の方の滝隼人くんと「空想怪奇ラフ」の方の滝隼人くんを比べてみやう
雰囲気
エク隼人:明るい
ラフ隼人:暗い
変身
エク隼人:できる
ラフ隼人:できない
家
エク隼人:燃えてる
ラフ隼人:燃えてる
家族
エク隼人:生きてる
ラフ隼人:辛うじて1人生きてる
性格
エク隼人:やるべき事なら感情抜きにどんな非道なこもでも何でも出来る。(例:恩人の解剖)
ラフ隼人:ヘタレ




