第28話 箱について
異理箱という物は、大昔に山陰地方から伝わった物だとされている。子供や妊婦を狙って呪い殺す呪物。おばけアーカイブには「作り方」も加えてあるが、言うなれば小学生ゆえに思い出せないようにしているため、読み返すことができない。
俺はいつもこうだ。脳みその中身を整理整頓しないと無限に物事を記憶してしまう。だから制限をかけている。異理箱に関して言えば、年齢制限だが。似たようなものだ。
「その子供や妊婦を狙って殺す呪いの木箱をどうしてあんたは取り寄せたんです? まさか、本格的に人を殺そうと?」
「まさか。せっかく生まれてきてくれた怪異にそんな事をするか。殺すならこの手で殺す」
物売り市の翌日、喫茶「バーミンガム」で、師匠はコーヒーを、俺はココアを飲みながら、テレビでは「黒申教全員惨殺事件」についての報道が流れている中、異理箱についてのことを師匠に尋ねてみた。
「依頼だよ。中国地方ある県のある一族にこの箱の無害化を依頼された。アーシは祓い屋千葉元康だからね。忘れたかい? 通称はX。祓い屋Xだ」
「山猫さんに届けてもらったわけだ」
「本来ならアーシが直接受け取りに行くのが道理なんだがね。物売り市と被ってしまったから仕方ない」
「どつやって無害化するんです。呪いってパソコンのウイルスみたいに簡単に消せるんですか」
「普通ならばそうはいかないだろうね。呪いに対抗できるのは『歴史のある伝統的な呪い』だ。たとえば、『呪』には『のろい』と『まじない』のふたつの読み方がある。それはわかるね?」
「まぁ」
「お経を唱えて、悪霊退散悪霊退散。それは『まじない』にあたる。あいつを殺したいとかこいつを殺してやるとか、そういうあくらつな言葉は『のろい』だ。祓い屋が行うのは『まじない』の方。歴史ある伝統なんて要らない。伝統なんてのは所詮は知恵と経験の螺旋状だ。アーシたちには知恵がある。経験の差を逸脱して凌駕するほどの知恵がある。蓄えることも出来る。だから、準備なしだ」
「本当に?」
「ああ。無害化は簡単。でも、それから先が大変なことになる。『異理箱』が埋めていた呪縛の隙間を他の何かが埋めることになる。そこに怪異が現れる。いろいろな人々を襲うことになるかもしれない」
師匠は言う。
そこに現れるとしたら形状は箱だ、と。




