第27話 異理箱
それからまた暫くして、疲れた頭を落ち着かせていると、師匠がやってきた。
「見ていたよ〜! 随分とデリカシーのないところをついたね」
「師匠……」
「ちなみに90点だ。母親の不倫相手はおそらく弟だ。まだ身内との性交渉は不慣れだったと見えるね」
「……どうしてそこまで」
「見れば分かるだろ」
わかんねぇだろ……。
「ともかく、疲れたろうからこれを食いなさい。君は人が作ったものも食べられるんだろ。異常者だ」
「何も混ぜてないですよね。毒薬とか」
「そんな下賤な人間と同じような陰湿なことをこのアーシがすると思うのかい? 弟子だと言うのに君は……」
「すいません。でもあんた必要ならやりますよね」
「必要ならね」
渡された焼きそばを食べながら空を見てみると、雪が降り始めていた。
「雪が降り始めたから……木彫りはしまったほうがいいと思います」
「そのようだね」
「片付ける?」
「うん。片付けよう。君たち今日はアーシに付き合ってくれてありがとう。家に帰ったら温かい飲み物を飲もう。……いや、直ぐに飲もう。子供たち、ラーメンは好きか? ぼくが奢るよ」
「やりぃ!」
「俺塩ラーメン!」
「隼人くんは腹に入るか?」
「大食いですよ」
荷物を片付けていると、慌てて走ってくる御婦人がいた。
「Xさんちょっと待ってけろ! 箱をお忘れだぁ」
「おっ! 山猫くん。これは失敬」
御婦人の手には小さな箱があった。師匠はそれを受け取ると、「山猫」と呼ばれた御婦人に1万円札を8枚渡した。
「ありがとうございます。次もどうぞ」
「うん任せるよ」
「師匠。彼女は?」
「吉村薫。通称山猫。祓い屋界隈で言う『聖域』とは彼女のことだ。山猫は祓い屋に怪異を祓う為の道具や怪異を運んでくる。今回は後者。彼女はアーシに怪異を運んでくれた」
「怪異っておばけだよね。その箱の中身は何?」
「失礼、弾くん。この箱に怪異が入っているのではない。この箱が怪異なのだ。これは……この世の法則のうちには収まらず、まったく別の物理的現象下において稼働する極上化された異世界──」
師匠はそれを掲げると、お化けの名前を言った。
「人呼んで、異理箱」




