第22話 追え! 7
「うわっ」
鳩汰兄ちゃんの人脈を使って志村誠くんの家を探し出すと、俺たちは真っ先にそこに向かった。たしかに家はあった。しかし……どうにも、人が住んでいる、というような印象はなかった。田圃2つ分の間を開けて、隣に家があったので、その家の住人に話を聞いてみる。
「志村誠くんのお母さん。志村香苗さん。どうやら『黒申教』とかいうカルト宗教に入れ込んでいて、お父さんと誠くんはどうやら祖母の家の方に逃げているらしい」
「その上、志村香苗さんは外出してるね」
と、俺が言うと……。
「居留守かもよ」
などと、一郎くんが返してくる。
「タイヤ痕を見てみて」
「あっ、そっかぁ……」
「軽自動車だ。この感じで行くと、此処を出て2〜3時間は経ってる。せっかちな人なのかな、随分急いで出たらしい、塀の下に車の塗装がミリほど残ってる」
「ハトさんこいつの推理どうっすか」
「惜しいね。此処を出てから2時間30分は過ぎている。それに、せっかちというか、どちらかといえば『今日は急いでいた』が正しいかな」
「なぜ?」
「鍵を閉め忘れてる」
鳩汰兄ちゃんは引き戸を開けると、そのまま上がり込んだ。家の中は大荒れで、なにか大事なものがあっても到底見つけられるようなものではなかった。簡単に言えばゴミ屋敷。正直な事を言えば「気持ちが悪い」………というところ。しかしそういう事になってしまう人がいるからな。一概には言えない。そんな事を考えて物色していると、家族写真を発見。青い写真立てに入っていた。幸せそうな一家だ。1人……気になる人は居る。この一家のお父さんだろう。あの日、家になんか塊みたいなやつを投げつけてきた人だ。
「うわっ」
弾くんが小さく悲鳴をあげた。俺たちは一斉にそこを見た。弾くんはどうやら部屋の戸を開いたらしく、その部屋というものにはやたらと猿の置物が置かれていた。
「黒申教……」
黒い申。
「くろいさる……」
おばけアーカイブが起動する。
黒い さる
検索結果──
「生き猿……」
「生き猿?」
「生き猿だよ。考えてみればそうだよ……『猿を馬小屋につないでおくと馬が病気にかからないという俗信』があるじゃないか」
「それがどうした?」
「昔の人は『森にくくりつけられた罪人』をからかって、森のことを『黒い猿木』って言ってたんだよ」
「なるほど、クロギ」
一郎くんが首を傾けた。
「まくろ様は?」
「そのまま真っ黒様だ。土やら血肉に塗れて真っ黒になっていたっていうんだ」
「ひぇー」
この地名の話をしよう。
ここは「池首市」というが……由来は、至る所の池や湖で足を削がれた罪人が落とされていた、ということに独特の処刑法があったことに起因する。その元を正していくと、この生き猿を鎮めるために役所が供養を執り行うまでの間に狂乱した街の人間によって捧げられた贄だ。贄は、生き猿伝説の残る山のすぐ近くにある六月池に投げ入れられていたんだ。なぜなら、罪人は唯一そこで水を飲むことができたから。命をつなぐ場所だったから。
「ピグさんがわかんねぇな」
「ピグさんはね。……じゃあ簡単に噛み砕いて言うと……当時の小さい女の子がたとえば、妊娠したとして……その当時、子供を産めると思うかい」
「そういう話か。むむむ………あまり、気分のいい話じゃねぇなぁ……」
「ちなみに」
「ン?」
「数日前にうちに投げつけられた『何か』の正体は」
「このタイミングで言うってことはそう言うことか。やめろお前ふざけんなバカ」
「まくろ様」のあるところには必ずピグさんが居た。
「なんかすんごい怖い話になってきたな……」
「怖いと言うより、切ないよ」
俺は人類の味方だ。だけど……連続して人間の汚いところばかりを見ることになってしまう。そして……その人間の汚いところこそが、俺が愛するおばけをつくるのだ、と。そう気が付くと……切なかった。
「生き猿は小児性愛者の罪人……」
「…………」
「あっ、そっか」
一郎くんが気づいたように言う。
「どうした?」
「お前の師匠がなんで福井を連れ回しているんだろう……? ってずっと疑問だったんだ」
ややあって。
びきり、と音が鳴る。3人が一斉に此方を向いて。同じような表情をした。