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297.



 背後から、硬質な鱗が衣擦れのように鳴る音がついてくる。

 白輝聖金竜プラチナ・ドラゴンだ。

 ふと、あることに思い至り、俺は足を止めた。


「おいおまえ」


『はい? なぁに兄貴~?』


 俺が振り返ると、竜は無邪気に尻尾を振って見上げた。


「名前は?」


『自分の?』


「ああ」


 そういえば聞いてなかったなと思ったのだ。

 今後も同行するなら、呼び名くらいは必要だ。


白輝聖金竜プラチナ・ドラゴンだよ!』


「それは種族名だろうが。親からもらわなかったのか?」


 俺が何気なく尋ねると、竜の動きがピタリと止まった。

 振られていた尻尾が力なく垂れ下がり、輝いていた瞳が翳る。


『……うん。もらわなかった。【名付けの儀】の前に、死んじゃったから……』


 竜が小さく身を縮こまらせる。

 名付けの儀式というのが竜族にとってどれほど重要なのか、俺は知らない。

 だが、今の表情を見ればわかる。

 名前がないこと、そしてそれを授けてくれるはずだった親がいないこと。それはこいつにとって、決して癒えない古傷なのだ。


 このままだと、こいつは一生「名無しの竜」として、親の不在を嘆き続けることになる。


 ちっ。

 俺は舌打ちをし、頭をガシガシとかいた。

 柄にもないことをするのは趣味じゃないが、湿っぽい空気はもっと嫌いだ。


「おい、プチ」


『ぷち……?』


 竜が顔を上げる。


白輝聖金竜プラチナ・ドラゴンのプチだ」


『! 自分の名前……兄貴がつけてくれるの!?』


「ああ。それでいいだろ。もう泣くな」


『わぁ……! うんっ! うんっ! ぷち……ぷち! 良い名前っ!』


 プチの瞳に、再び光が戻る。

 先ほどまでの沈痛な面持ちは消え、嬉しそうに何度も自分の新しい名を反芻している。

 さっきまで泣きそうだったくせに、もう立ち直りやがった。


『くく……本当に主は優しいやつだな』


 腰に差した妖刀が、微かに震えて低い笑い声を伝えてきた。

 こいつ、わかっていて揶揄ってやがるな。

 俺は無言で、柄の部分をぎゅううっと強く握りしめた。

 黙れ、という意思表示だ。だが、妖刀は愉悦に満ちた声を上げるだけだ。


『はっはっは。わるいな主よ。我は痛覚を切ってるからな。いくら握られても痛くはないぞ』


 知ってるよ。

 俺は溜息をつき、再び歩き出した。

 背後からは、嬉しそうな「プチ」の足音が、軽やかについてきていた。


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