黄昏ないキャラバン ~ ある駆け出し冒険者の手記 ~
こちらは2023.01.29に開催されましたファンタジーイベント黄昏市場SideStory「黄昏ないキャラバン」内での、ある冒険者目線の短編となっております。
公式ではなく、一参加者の創作となりますのでその旨ご了承ください。
参加された皆様の思い出や、イベントの雰囲気などをお伝えできれば幸いです。
みなさまごきげんよう。
私は、冒険者の皆様に向けた商品を扱う店を、ささやかに営んでいる商人でございます。
今日は、私が初めて冒険者になった日のことを皆様に是非ともお話いたしたく、ペンをとった次第でございます。
よろしければ少しばかりのお時間をいただければ幸いでございます。
それはつい先日のこと。
私はイストワール王国からオストラルに向かうキャラバンに同行しておりました。
なんでも、今までどの国とも交流を持たず神秘のヴェールに包まれていた機巧都市シムロムが、イストワールに外交の門を開き、その友誼の一環としてオストラルまでのキャラバンが結成されるとの噂が流れてきたのでございます。
それを聞きつけた私は、まだ見たことのないシムロムの技術を使ったアイテムや、希少な素材を手に入れる絶好の機会ではないかと、大きな期待を抱いてキャラバンの末席に連なることにいたしました。
オストラルまでの道中は、凍てつく寒さや突然の吹雪に悩まされましたが、市場当日はそれまでと打って変わって穏やかな天気となり、まるで天までもが二つの国の友誼を祝福しているかのようでございました。
キャラバンが到着し、市場が開きますと、どこから現れたのでしょうか様々な種族の冒険者や商人が溢れだし、あっという間にあたりが賑わいはじめました。
エルフ、獣人、半人半妖、それにこの世ならざる者まで、私もそこそこ長く旅を続けておりますが、初めて見る種族の方も数多くお見受けしたように存じます。
……今、目の前を横切ったのは、私の見間違いでなければレッド・ドラゴンの親子ではないでしょうか。
ええ、そうです。キャラバンでの小さな市場とはいえ、その賑わいはイストワール王国のウエストグロウに決して引けを取るものではございませんでした。
さて、初めて訪れたオストラルのこと、私とてあちらこちらを見て回りたい気持ちでいっぱいでございます。
とはいえ、私も市場に店を構え、お客様をお迎えする立場でございます。
本来であれば、そうそう店を離れることが出来る身ではございません。
いつもは馴染みの商人たちへの挨拶まわりが終われば店に籠り、お客様をお待ちすることが多いのですが、この日ばかりは市場の活気にあてられたのでしょうか、私も少しばかり冒険をしてみたいという気持ちをどうにも抑えることができず、気が付けばギルドの窓口に立っておりました。
え?店はどうしたのか?ですって?
ご心配をいただきありがとうございます。
そこは抜かりはございません。
実は私の店には心強い(?)店番がいるのでございます。
名前はMICHEL。
人の姿はしておりますが、その本性はおそらく猫(?)でございます。
このMICHEL、ああみえて人あしらいはなかなかのものでございますし、算術にも長けております。
ただ、やはり猫の性には逆らえないのでしょうか、店先でよく居眠りをしていることばかりは、どうかご容赦いただければ幸いでございます。
おっと、話がそれてしまいました。
無事に登録が終わりギルドカードを受け取ると、私はギルドマスターの千年魔女さまの教えに従い、まずは市場に出ている店と店主を把握するところから冒険を始めました。
馴染みの店、初めての店、どの店も貴重なアイテムが所せましと並べられており、目はもちろんのこと、財布までもが引き寄せられて、それはそれは大変でございました。
その後も私は駆け出しの冒険者として、キャラバンの中で行方不明になった猫やカエル、それに魔物?!などを探すお手伝いをしたり、めずらしい薬草を調べたりと、市場を走りまわっていたのでございます。
そのような中で、私は行く先々で見かけるとある人物のことが気になっておりました。
その人物は、毛皮で巻いた剣を腰に佩び、長旅を続けているであろう野趣溢れるいでたちで、イストワールではあまり見かけない姿でございます。
警備隊によると、その人物はおそらく隣の獣人国、グレイディア王国の商人ではないかとのこと。
言われてみれば帽子から突き出る角や独特の足の運びなど、たしかに獣人のようでございます。
警備隊の方でもその異国の商人が気になっているらしく、彼の名前を調べてほしいとのご依頼を受けたのでございます。
さて、名前を知りたいのであれば、まずは本人に訊ねるのが筋というものでございましょう。
私は思い切って本人に声をかけてみることにいたしました。
ナンダ?ヲマエハ?
突然話しかけてきた私に、片言の公用語を話す異国の商人は厳しい目を向けてまいりました。
獣人の鋭い眼光は少々恐ろしくはありましたが、正直を申し上げますと、この時私は、恐ろしさより、こちらを睨め付ける獣人の魔石のような青い瞳の美しさに見入っていたのでございます。
私はそのグレイディアの商人に幾度か名前を問いましたが、彼は頑なに己の名を明かそうといたしません。
それでも、私がしつこく、あきらめないと悟ったのでしょう。
グレイディアの商人は、俺と勝負をしておまえが勝ったら名を教えてやろう、と、賭けごとを挑んでまいりました。
もちろん受けるほかに道はございません。
勝負の結果は、運よく私の勝ちとなり、ようやくグレイディアの商人の名を知ることができました。
その商人の名前でございますか?
はい、その方は(--この部分だけ文字が消えている--)と名乗られました。
ただ、彼は何故か名前を知られることを酷く厭っておられるようで、むやみに自分の名を知りたがる者がいれば容赦なく殺めかねない様子でございました。
ギルドに戻ったところで、私はこれまた興味深い依頼書を目にいたしました。
それは、これまでに見たことのない魔石の結晶を探しているというものでございます。
機巧都市シムロムとの交流が生まれた今、この依頼を受ければ、かの国の特産品である、希少魔石をこの目にすることが出来るかもしれません。
私はまず情報を得るためにシムロムの商人、ヤンメル様をお訪ねいたしました。
ヤンメル様はシムロム産の希少な魔石の原石を数多く所有されており、それらを拝見することが出来ただけでもお訪ねした価値があったと申せましょう。
ですが、残念なことに今お持ちになっている品はすべて原石ばかりで、結晶に加工したものは手元には無いとのことでございます。
私は市場の中を足を棒にして探しまわり、ようやく目的の結晶をお持ちの方を見つけることができました。
その方に是非ともお譲りただくようお願いしたところ、売ることはできないが、別の貴重素材とであれば交換しても良いとのお話でございます。
私は市場の商人はもとより、警備隊の方々、果てはギルドで買い取りまで、市場の至る所を訪ね歩いていたのですが、そこで再びあの人物、グレイディアの商人に行き着いたのでございます。
さて、まだまだ皆様にお話ししたいことは尽きないのですが、ここから先は冒険者としての守秘義務と申しましょうか、公に語ることが難しくなってまいりました。
詳しく申し上げる訳にはまいりませんが、最後に私がこの依頼を苦労の末に無事に達成しましたこと、また、その過程において幾多の貴重な素材を目にしたこと、そしてあのグレイディアの商人と面白い取引ができたことをお伝えして、拙いペンを置かせていただきたく存じます。
黄昏れないキャラバン、本当に楽しく、夢のような一日でございました。
商人兼業の駆け出し冒険者に、暖かく接してくださいました皆様には本当に感謝しかございません。
また遠くない未来、何処かの国で再び皆様とお会いできることを、今から心待ちにしてしてる自分がおります。
その時が来るまで。
あの日、あの市場にいらしたすべての方に、よき風が吹きますように。
2023.02.01 ある駆け出し冒険者の手記