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「竜と魔導書」の事件簿  作者: わーむうっど
2/4

容疑者たち

 音楽室には鍵が掛かっていた。それをアイシャが再び開き、三人は室内へとなだれ込む。


「サヤック!」


 シャイードが駆け寄ろうとしたのを、アルマが片腕で静止した。


「汝には辛い光景であろう。音楽準備室の方を確認してくれ」


 シャイードは心配そうにサヤックに視線を送ったが、名探偵の言葉には逆らわず、隣へ通じる部屋への入口を調べた。

 アルマとアイシャはその間、サヤックの元へ行く。



「お、……アルマ! こっちの鍵は開いているみたいだ」


 被害者の傍らにかがみ込んでいる彼に報告し、シャイードは音楽準備室の扉を開いた。

 正面の壁に、大きく区切られた棚があり、アコーディオンや太鼓、シンバル、コントラバスなどの楽器が並んでいるのが目に入った。

 直後、右手から大きな物音がして、廊下に通じる扉から何者かが慌てて出て行くのが見えた。男子学生服を着ている。


「あっ! 待てっ!!」


 シャイードは走ってその背中を追いかける。

 逃亡したということは、何か事情を知っているに違いない。走る背中は、廊下を折れて階段を下っていく。シャイードは目を丸くする生徒達を縫い、逃亡者を追った。


 ◇


 アルマは制服のポケットから使い捨て手袋(ニトリル)とペンライトを取り出し、サヤックの瞼を開いてライトで照らす。

 それから口元に鼻を近づけてかいだ。


「うむ。血なまぐさい匂いがする。それに、微かにアーモンド臭が」

「あ! それ、知ってる。青酸カリだよね?」

「む。……これは?」


 アルマはサヤックの左手の指先に、同じ焦げ茶色の物質が付着しているのを見つけた。

 親指と、人差し指だ。

 そしてその指の下に、「3」と書かれた紙が落ちている。デジタル表示のようにカクカクとした字体だ。

 アルマは紙を手にして立ち上がる。


「興味深い」

「わあっ! ダイイングメッセージだね! 私、初めて見たかも!!」


 アイシャが隣から覗き込み、興奮した声で言う。妙に嬉しそうだ。


「さきほどの写真には写っていなかったな。手の陰になっていたか」

「うん。気づかなかったよ。でも、何の数字?」

「ふむ」


 アルマは顎に手を添えた。


 そこに、廊下側の扉ががらりと開く音が響き、二人は振り返る。


 ◇


 階段を下りきった右手は、体育館へと続く外廊下だ。外廊下の右側は校庭、左側は芝生の生えた裏庭になっている。

 一方、階段下の左手は校舎の内廊下。1年生の教室とトイレが見える。その奥は校舎の正面玄関だ。放課後なので、生徒の姿はまばらだがゼロではない。


(やべ……。どっちに行った……?)


 シャイードは、その場でくるくると回る。

 内廊下側に、落ちたプリントを拾い集めている女子生徒がいた。


(………。そっちか!)


 誰かが猛烈な勢いで傍を走り抜けたせいで、抱えていた紙が飛んだのだろう。

 シャイードが走り抜けると、同じ事が再び起こり、女子生徒の憤慨が背を追いかけた。

 やむを得ず無視する。


 玄関へやってきて、視線をあちこちへ投げた。靴箱の前でなにやら雑談している男子生徒、靴を履いている女子生徒、そして。

 シャイードは観葉植物へと向かうと、その影に隠れていた生徒の腕を捕まえて引きずり出した。


「わあっ!? 一体何事だい?」

「しらばっくれるな。アンタだけ、明らかに怪しかったろうが!」

「僕は何もしていないよ」

「俺の経験上、心当たりのない奴は、聞かれてもいないのに『何もしていない』なんて言わねえ」

「ぐう……」


 ぐうの音はかろうじて出るようだ。


 シャイードは引きずり出した生徒を改めて見上げた。胸元の校章バッジの地の色から、三年生だということは分かる。長い前髪を、幾つものカラフルな髪留め(スリーピン)でとめていた。軽そうな雰囲気の優男だ。


「アンタ、何で音楽準備室なんかにいたんだ?」

「なんでって……愚問だね。それはこの僕、セティアスが、音楽部の部長だからだよ」


 片手を額にあて、セティアスはジョジョ立ちした。

 シャイードは瞬く。


「アンタが? じゃあ、何で逃げたんだよ」

「それは……」


 セティアスと名乗った生徒は口ごもる。シャイードは半眼になった。


「サヤックを殺したのはお前だな」

「ころっ!? な、なんのことだい? 僕は」

「いいから、ちょっと(ツラァ)貸せ」

「え、普通に嫌だ……って! 君、小さいのに凄い力だな!」

「小さいはよけいだ!」


 ふりほどこうとした腕をますますがっちりと掴まれ、セティアスは観念してシャイードに従った。


 音楽室に戻ってくる。

 扉を開いてすぐの場所で、シャイードは見知らぬ背中にぶつかりそうになった。そこには新たに、大小二人の人物が立っていたのだ。


 一人は白衣を着た妖艶な美女――養護教諭のメリザンヌだ。片腕に、底が正方形の白い紙袋を提げている。

 そしてもう一人は、小柄な男子生徒だった。どことなく雰囲気がサヤックに似ている。彼は落ち着かなげに視線を泳がせていた。

 アルマとアイシャは、その二人と向かい合って会話をしていたようだが、シャイードが現れると彼の方を見た。


「アルマ。犯人を捕まえてきたぞ」


 シャイードは、振り返って脇に避けた二人の間から、セティアスを押し出す。

 セティアスは反論せず、両掌をアルマに向け、肩の高さに掲げた。降参ポーズだ。鹿撃ち帽を被った名探偵は小さく首を傾げる。


「奇遇だな、シャイード。こちらも容疑者を一人、確保したところだ」

「お、オイラ、何も知らない……!」


 小柄な生徒は青ざめた顔で大きく首を振り、目を合わせようとしない。


「一人? そっちのセンセーは?」


 シャイードは容疑者たちに逃げられないように扉の前に立ったまま、養護教諭に向けて顎をしゃくる。彼女には、体育で突き指をした際に一度、世話になった憶えがある。


「メリザンヌは別の事件の被害者だ」

「そーよ! 大事な物を盗まれたから探偵部に相談に行ったら、空っぽだったから」


 メリザンヌは腕時計をちらと見た。


「大事なものって?」


 好奇心からシャイードが尋ねると、アルマが「時計の部品だそうだ」と代わりに答えた。

 アイシャは小柄な生徒の肩に手を載せる。


「ロロディは放課後、サヤックと喧嘩しているところを複数人に目撃されているんだよ」

「サヤックとは、ちょっと口喧嘩しただけだい! 結局は逃げられちゃって。その後は知らないよ、ほんとだよ!」

「……ちょっといいかい?」


 このタイミングで、セティアスがおずおずと片手を上げた。いや、下ろした。さきほどからずっと降参ポーズで固まっていたからだ。全員が口を噤み、そちらを見遣る。


「今さらなんだけど、いったい何の話だい?」

「何って、殺人事件に決まってるだろ! しらじらしい」

「「「殺人事件!?」」」


 シャイードの返答に、アルマを除く全員がぎょっとした声を上げた。


「いや、アイシャ。何で第一発見者のお前まで驚いてるんだよ」

「え、だって。サヤック、いつの間にか死んじゃってたの!?」


 アイシャは口元に手を当て、目をまん丸に見開いている。本気で驚いているようだ。

 これにはシャイード方がぽかんとする。


「だって、お前……。いの一番に死んでるって……」


 アイシャは両手を前に突き出して、首と一緒に振る。


「いいい、言ってないよ! 私、言ってない!」

「いや、言っただろうが! あれ、言ってなかったか……?」


 シャイードは顎に手を添えて、思い出そうとした。


「そうだ。俺が『死んでる』って言ったら、『そうみたい』って」

「ええっ? シャイード、『失神してる』って言ったんじゃなかったっけ?」

「そんなこと言ってねーよ!?」


 アイシャは瞬いた。

 アルマがすっと前に出る。


「我が見たところ、サヤックは失神しているだけだ。しかし、血を吐いているのと、アーモンド臭が気にはなった。誰かに毒を飲まされた可能性は否定できぬ。つまり、……犯人はこの中にいる!」


 ででーん!

 アルマは一行を指さした。シャイードは目を丸くする。


「おおい! 言い切るほど、情報、固まってたか?」

「いいや全く。とりあえずそういうことにして話を進めるのだ。違ったらまた考え直せば良い。だがノックスの十戒・第一戒からして、犯人は最初の方で出そろってないと駄目だから、大抵この中にいるのだ」

「ガバガバじゃねーか、自称名探偵! ……お前、絶対『犯人はこの中にいる』って言いたかっただけだろ!」


 アルマはシャイードの抗議をするっと無視した。

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