第4話 ヒーロー王子は確信する。
俺の婚約者は面白い。
むかしから、まあ変わったところのある子だったけど、最近、その面白さに拍車がかかった。
イキナリ、「前世がっ!!」とか、「乙女ゲームの悪役令嬢っ!!」とか、「このままじゃ断罪破滅っ!!」とか叫び出した。
その上、断罪回避のため婚約をなかったことにして欲しいと懇願してきた。
この世界の多くの人々が「おい、頭大丈夫か?」となったが、俺は「ああ、そうなんだ」と一人納得していた。
ここ、乙女ゲームの世界なんだと。
違和感は以前からあった。
自分のなかにある記憶。
ここがどこなのか。自分が何者なのか。
イヤイヤ。この国の王子で王位継承者だろってことはわかっている。
ジークハルト・ユリウス・フォン・エスターライヒ。現在22歳の王太子。
自分のものではあるが、その長ったらしく中二病的な名前に思わず笑ってしまう。
ドイツ人かよ!!と。
そう。
俺も転生者で、それなりのオタクだ。
俺の場合、彼女と違って乙女ゲームは知らない。前世も男だったし、その手のゲームには縁がなかった。
だから転生に気づきはしたものの、最初は自分の名前、そして立場に「歴史系ファンタジー」とか「架空戦記」もの世界かと思っていた。
ヨーロッパっぽい世界観だし、封建制度あるし。よくある“異世界転生モノ”として理解していた。
となると、転生の際に何かしらの不遇スキルをもらってたりして。そのスキルが一見使い物にならないようにみえて、その実、とんでもなくレアで価値のあるスキルだったり……とか、そういう展開か?
ってこの世界、冒険者とか、クエストとかないし。たいしたモンスターもいないから冒険に出ることもないし、冒険者ギルドもなければ、“パーティ追放イベント”からの“ざまあ復讐劇”も発生しない。
女神とかにも会った記憶がないから、特別なスキルをもらったこともない。そもそもに、前世の自分は過労死も事故死もしてない。誰かをかばって代わりに死んだっていうのでもないから、スキルなんてもらうわけもない。
じゃあ、領地経営で成功して民を増やしたりする系かというとそうでもない。
この国、この世界。それなりに安定していて、特に困っていることはない。兄弟、従兄弟はいるが仲はいいし、反乱を企てたり、俺を殺して地位の簒奪を企てるようなヤツらじゃない。
北にちょっと不穏な空気のある帝国があるけど、それだってかなり過去のことだし、今は、立憲君主制の平和な国家になっている。このままなら当分、戦争もあり得ない。
そもそもに、ちょっと転生してきただけの、あちらでは“平凡”のヒトコトですまされそうなヤツが手を出したからって、領地経営とかが劇的に変わるとは思えないんだけどな。経済とか土木とか農業とか。お前らシロートだろうが。そんな知識、どっから湧いてきた。頭ン中、ネットと接続出来てるのか!? そんなにスゲー知識があるなら、どうして前世で使わなかったんだ? そんなにホイホイ簡単に改革できるんだったら、それまでの王さまとか無能の極みだよな。何してたんだ、今まで。
とまあ、どっかの転生モノへのツッコミは置いといて。
これは何転生なんだ?
自分や周囲の人の名前から想像してみる。
やたらと長い、そしてドイツ語っぽいネーミング。
高い壁の向こうから襲ってくる巨大な敵から民を護るために、薄い刃の剣を持って空を舞いながら戦うのか? (「駆逐してやるっ!!」と、四白眼になる?)
それとも、どれだけいるんだよ的な戦艦を引き連れて宇宙に飛び出し、「ファイエル!!」とか言っちゃうか? (スゴいライバルがいて、回遊魚的にグルグル回るみっともない陣形になる)
心臓を捧げよっ!! もしくは、わが征くは星の大海。
なんてふざけようにも、王国の周りに高い壁はそびえ立っていないし、地に足つきすぎて宇宙に飛び立つ気配もない。
あまりにも平和すぎて、物足りない。
『三国志』、呂布とか劉璋で天下を取ろうとした俺にはぬるすぎるんだよ、この世界。(黄巾のあの兄弟でもやろうとしたけど、さすがに無理ゲーだった。『信長』の場合は北畠具教)
とまあ、自分で悶々と考えていたところに、彼女の「悪役令嬢転生っ!!」ってヒトコトだ。
ああそうなのかと、自分でもストンと納得できた。
名前がヤケにキラキラしいのも、周囲の人間の顔面偏差値が微妙に高いのも、内政で特に困ったこともなく安定しているのも、主役となる女性が恋愛するのに不必要な要素を排除した結果だったのだ。
ジョンとかビリーなんて名前じゃ、昨今の日本の乙女はときめかないし(偏見)、顔や容姿は言わずもがなだし、国内が混乱してたらオチオチ恋愛もしていられない。脳内どころか世界がお花畑のようなぬるま湯状態で、ホストのように華やかなクセに恋愛未経験(もしくは恋愛にトラウマがある)ような男が多いのも、そうでなければ恋愛が始められないからかと、納得。
自分も、顔面偏差値とか全体のスペックとか前世からはあり得ないほど高いのに、恋愛遍歴はゼロに等しい。
これだけのスペックがあればハーレム展開できるんじゃね?なんてことを考えないでもなかったけど、そういう気配は露ほどもなかった。当たり前だけど、美少女奴隷を解放してやるorケモミミ美少女に懐かれるなんてこともない。幼女な魔王ももちろんいない。
俺の周りにいるのは、婚約者である彼女だけ。
せっかくの転生なのに……とか、チッとか悪態をつく気はない。
だって、それを補ってあまりあるほど、彼女を見てるのが面白いから。
彼女、俺と同じで顔面偏差値はスゴク高いのに、やってる行動が幼いというかなんというか。ギャップが面白すぎる。
そもそも、俺たちの婚約は政治上の必要から結ばれたものであって、個人の感情なんて挟む余地はないのに。
たとえ俺がヒロインに恋をしたところで、婚約破棄をしてヒロインに乗り換えることなんてできないのに。そんなことしたら、国内の貴族王族のパワーバランスが崩れるし、なんの非もない女性を一方的に袖にした俺の評価も下がってしまう。
平和に国を治めたいのなら、普通、そんなことやらないって。
まあ、ああいう手の物語だと、誰もが“純愛至上主義”で、“不倫は文化”を決して認めないからなあ。一夫一妻。日本国憲法遵守します? 笑っちゃうほど恋愛脳だよな。
まあとにかく、俺は彼女との婚約をなかったことにするつもりはない。
なのに、必死になって俺に嫌われようとムダな努力をするんだから笑っちゃうよな。
この間なんてお茶会にモンペ姿で現れて、「これが今一番お気に入りのファッションだら~」なんて言い出した。もちろん、茶会のメンバー(貴族)は、口に含んだ紅茶を噴き出すくらい動揺してたけど。俺はそれぐらいじゃ動じない。「斬新でステキだよ」なんて言って手の甲にキス。
オッサンみたいに大口を開けて笑ったり、お腹をボリボリ掻いたりしてたけど、これも「心の底から笑えるのはいいことだよ」とか、「僕が触れてもいいかい?」なんて甘く囁いておいた。
彼女は、「そっちルートに行っちゃダメ~ッ!!」とかなんとか叫んでたけど。(動揺のしかたが、また面白い)
あー。もしかして、“悪役令嬢がヒーローに溺愛される”ルートと勘違いしてる?
奇抜な行動をすることで、婚約者からなぜか好かれるっていう、アレ。
その場合、主役が悪役化して、悪役令嬢が溺愛されてハッピーエンドになったりするんだけど。
う~~~~~~ん。
自分の場合、そこまで彼女を好きってわけでもないからなあ。
面白いからからかうけど、どっちかというと、このぬるま湯世界のヒマつぶしに近い。
ホント、やることないんだよ、この世界。平和すぎて。誰かと誰かがくっつく。そのことにしか興味がないような世界なんだもんな。
誰もが恋愛ばっか考えてるわけじゃないんだって。合コンじゃあるまいし。
それに、相手がチョロインならいいけど、“乙女ゲーム”の場合、こっちがチョロいんだよな。(この場合、チョーロー? チョロロー?) ナメたように、こっちを見透かしたように行動されて、はい恋愛って。俺はそんな手玉に取られるほど簡単じゃないぞ。好感度を上げて、ゲットッ!!なんてされた日には、正直、腹立つ。ゲームストーリーなんていう運命に流されるのも気に喰わない。
あーあ。
“乙女ゲーム”のヒーローだなんて。興味もないし、ヤル気もない。
マジで辞退させてほしいんだけど、ダメかな。
第四話です。
今回は、王子のターン。
何を言ってるんでしょうね、このオタク王子。(なんのアニメが元ネタになっているか、わかるかな!?)
これからも、よろしくお願いいたしますm(__)m