先輩は出会う
宮内高校2年の松原は放課後、部室のソファに寝そべり漫画を読む無為な日々を過ごしていた。ひょんなことで後輩の女子生徒に絡まれるようになり、少しずつ青春が動き出す!
学校の屋上にポツリと佇む建屋。宮内高校文芸部の部室である。文芸部と言っても名ばかりで、幽霊部員の3年が一名、生徒会に嘘の活動報告をし、普段はソファに寝そべって漫画を読んでいる2年の松原が所属しているだけのなんちゃって部活動である。松原は身長172センチ成績そこそこスポーツもそこそこで、評価をするならば中の上といった生徒である。彼は何と言ってもとにかくやる気がない。前述した勉強やスポーツも実は実力の5割も出していないのである。勉強はテスト前に教科書を一通り読むだけ。スポーツは疲れるのが嫌という理由で手を抜いているという宝の持ち腐れ男である。
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6月のとある放課後、松原はいつものようにソファに寝そべり、漫画を読んでいた。彼は泥臭い熱血少年漫画を好んで読む。この手の漫画の主人公は最後まで絶対に諦めない。努力は必ず報われることを信じてやまない。そんな主人公とは対照的な松原は臭いなぁなんて思いながらもページを捲る。が、読み飽きた。閉じた漫画をスクールバックに入れ、徐にスマホの画面を見る。部活終了の時間まであと2時間もあった。
「散歩でもするか」
松原は漫画を読み飽きた時によく行う校内散策を始めた。
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校内散策といってもただ校内を彷徨うだけである。10分ほど廊下を歩き、最終的には図書室に辿り着く。著名な作家の小説を読み、可能な限り時間を潰すのである。普段のこの時間は松原一人なのだが、今日は先約がいた。
「この後、ファミレスでも行かね」
「いいね〜。あ、私今日バイトだ」
「マジかよー。あやっちは?」
「んー、私はいいや」
図書室の静寂に似つかわしくない女子生徒達だ。松原はウェイ系やパリピといった系統が大の苦手である。部室に戻ろうかとも思ったが、戻ってもやることがないので彼女達と少し離れた位置で小説を読むことにした。
少しして、松原は小説を読むのをやめた。女子生徒達の会話のせいで集中できないのだ。こうなったらとことん話を盗み聞きしてやろう。松原は小説を読むふりをして彼女達の会話に耳を傾けた。
「でさぁ、A組の森川くんがね〜」
「なにそれマジウケんだけど」
「キモッ、ウケる〜」
彼女達はA組の森川くんとやらの会話で盛り上がっているらしい。なんでも女子生徒の一人が優しくしていたら森川くんが彼女が自分のことを好きだと勘違いして告白したそうだ。一人で踊らされて終いには陰で笑い物にされる森川くん。松原は同じ男として同情した。
「あれ?あやちゃんがオススメしてた本どこだっけ?」
「んー、そこの棚にあるよ」
森川くんを勘違いさせた女子生徒がお目当ての本を取りに松原の席を通り過ぎようとした時、彼女の手がちょうど松原のスクールバックの持ち手に触れ、バッグが落下した。しかも運の悪いことにファスナーが開いていたらしく中身を盛大にぶち撒けた。松原は聞こえないくらいのため息を吐いてぶちまけた中身を拾おうとすると、女子生徒が一冊の漫画を拾い上げた。
(それは……)
「なにこれ〜。少女漫画じゃ〜ん」
「え、どれどれ」
森川くんを勘違いさせた女子生徒の元に他の女子生徒達が集まる。松原は頭を抱えた。あの漫画は偶々クラスの女子生徒から借りた物だ。こんな事が起こると知っていれば部室に置いてきていた。
「男のくせに少女漫画ってウケるわ」
「それなー」
「あ、もうこんな時間。ファミレス行こうぜ」
「私も行く〜。あやっちは?」
「私はパスで」
もっと滅多目多に弄られるのかと思ったが、そうでもなかった。松原はホッと息を吐いた。安堵も束の間、松原が顔を上げると目の前の席に出て行ったはずの女子生徒の一人がこちらをじっと見つめて座っていた。
「男のクセに少女漫画なんて読んではずかしくないんですか?」
そう言うと女子生徒はニヤリと笑った。