『火曜の夜に聞かナイト 私の恐怖体験』
『火曜の夜に聞かナイト 私の恐怖体験』
《ホラー系ジングル》
はい、今週もやってきました。『火曜の夜に聞かナイト 私の恐怖体験』のコーナーです。
このコーナーでは、リスナーさんの身に起きた様ざまな恐怖体験をメールでお寄せいただき、紹介していくのですが、あくまでもそれは表向きです。本当のコンセプトは、「怖い話を怯えながら朗読するありすの声を楽しむこと」にあります。
ですから、私にとっては、単に、「意地悪されているだけのお時間」ということになりますね。
しかしながら、残念なことに、このありす、これまでに怖がったり怯えたりという経験が一度もありません。お化けでも妖怪でもゾンビでも、「どんとこい!」なのです。
まぁ、この私が恐怖する時がくるとするならば、それは、私よりも若くて可愛いアイドルがデビューする時ぐらいのものでしょう。
とはいえ、今のところ、まったくその様子はないのですが……。
そういうわけで、平常心。普段どおりの穏やかな心でお送りする『私の恐怖体験』のコーナー。今回読ませていただく体験談は、たった今お届けされたメールなのだそうです。
ということは、ディレクターさんが、あらかじめ準備していたものを急遽差し換えたということになりますから、これは期待大ですね。
では、早速。
えーと、こちらは、「恋しちゃったかも」さん。十九歳の女性の方から……って、あれ? 女性ですか? これは、珍しい。
あ、いえ、それというのも、理由は分からないんですけど、ありす、何故か女性からは嫌われてしまうことが多いものですので。
数少ない女性リスナーさん、大切にしたいです。
それでは、参りましょう。
「ありすちゃん、こんばんは」
はーい、こんばんはー。
「リリイベ、お疲れさまでした。ニューアルバム『天使の涙』、私も予約して今日フラゲしました! もちろん、ゲットしたのは『ありす版』で、今は、CDのありすちゃんを見つめながら、この放送を聴いています」
わあ、嬉しい! ご購入、ありがとうございます! ジャケ写のありす、どうぞ心ゆくまで堪能してくださいね。何しろ、ありすの顔は、見れば見るほど魅力が増していくようにできていますので。……あ、私ったら、また悪い癖が。続き読みます。
「それで、『私の恐怖体験』なんですけど、現在私は大学生、三階建てのアパートの二階でひとり暮らしをしています。一階は大家さんのお家で、二階と三階に二部屋ずつの賃貸。そんな造りになっているのです。……で、つい昨夜のこと。その時の私は、部屋でひとり“ラブ・ファン”のホームページを見ていました。そこに、ふと、ガリガリ、ガリガリ、と、何かを削るような音が聞こえてきたのです。しかも、その音は、壁の向こう側のお隣さんから。私はちょっと怖くなりました。それというのも、お隣さん、少し前まで私と同じくらいの年齢の女性が住んでいたんですけど、現在は空き室になっているのです。誰もいないのに、物音がするなんておかしい。そう思った私は、壁に耳をつけてみました。すると次の瞬間、バキッ! 今度は、まるで木の枝でも折ったかのような、大きな音が聞こえてきたのです。これは間違いありません。今、お隣さんには、絶対に何かがいます。そこで、将来探偵を目指している私は、一念発起。音の正体を確かめることにしたのです。自撮り棒にスマホを上下逆さまにして取りつけ、準備完了。家を出た私は、お隣さんの玄間の前に立ちました。そして、ドアの下のほうについている郵便受けをそっと開き、そこに、自撮り棒につけたスマホを録画状態にして差し入れたのです。実は、このアパートの郵便受け、受け取り側の下皿より少し上の位置には隙間が空いていて、この方法なら、相手に気づかれることなく室内の様子を撮影することができるのです。……あ、もちろん犯罪ですから、普段の私はそんなことしませんよ。今回だけです。それで、三十秒ほどそのままにしたあとスマホを取り出し、私は家へと戻ったのでした。誰も住んでいないお隣さんなのですから、たとえ撮影したとしても、そこに映るのはただの空き部屋のはず。ところが、リビングで確認してみた動画には、驚くべきものが映し出されていたのです。実際の映像を送りますので、ありすちゃんも見てみてください」
とのことなんですが、その映像って……、あ、それですか?
えー、今、ディレクターさんがノートパソコンを持ってきてくれました。
それでは、早速、確認してみることにしましょう。
さすがに映像自体をお見せするわけにはいきませんので、リスナーさんは、ありすの実況で我慢してくださいね。
現在、映像は、再生した直後の状態でとめられているのですが、モニターに映っているのは、「恋しちゃったかも」さんのお話にもあった玄関です。受け取り口の隙間からの撮影ですので、確かに位置が低いですね。床から四、五十センチほどの高さです。
それで、玄関から先の様子なんですけど、真っ直ぐに細い廊下が延びています。電気はついていなくて真っ暗ですが、廊下のところどころにグラスキャンドルが置かれていまして、そのお陰で何があるのか、かろうじて分かるといった感じです。
廊下の右手にあるのは、簡易キッチン。左手には、ドアが並んで二つ。多分、お風呂とおトイレだと思います。
それから、廊下の先にもドアがあるのですが、そちらは開いていまして、奥にあるお部屋は、リビングでしょうか。こちらから見える範囲では、カメラの目線と同じくらいの高さにテーブルがあって、その上には……、何でしょう? それぞれ形の違う大きな塊が、無造作に幾つも並べてあります。
……あ、テーブルの向こうに、誰かいますね。暗くてよく見えませんけど、間違いなく人です。
では、ここで動画を再生してみることにしましょう。……「ぽちっ」っと。
動きだしました。先ほどの人ですけど、テーブルの上にある大きな塊、それを切り分けているみたいです。
おや? 手がとまりましたね。玄間での異変に気づいたようです。
あ、立ち上がりましたよ。テーブルの脇を抜けて、廊下へ。ゆっくりとした足取りでこちらへと近づいてきます。
長い髪をしていますね。肩辺りまでありますから、女性でしょうか。マスクをしていて、手には鋸のようなギザギザした刃物を持っています。
他に視線をやることなく、一直線にカメラに近づいてきています。これは、間違いなく気づかれましたね。
あ! 今、一瞬ですけど、お洋服がはっきりと見えました。肩口まで大きく開いたシャツを着ています。鎖骨のラインが私よりも綺麗で、そこがちょっと気に入らない、って、あれ? でも、この人……。
あ、残念ながら、映像はここまでのようです。
では、「恋しちゃったかも」さんからの体験談、もう少しだけ続きがあるみたいですので読んでみることにしますね。
「どうでしたか? ありすちゃん、確認してもらえましたか? こんな映像が撮れてしまったものですから、今朝、私は、大家さんの家に行き、お隣さんの鍵を開けてもらうよう頼みました。大家さんは八十歳を超えたおばあちゃんで、映像を見せてもまったく信じてもらえなかったのですが、それでも無理を言って開けてもらったのです。ところが、部屋の中には何もありませんでした。人はもちろん、鋸も、あのお肉の塊のようなものも、グラスキャンドルひとつさえも見つからなかったのです。不思議です。でも、仕方ありませんので、その後は学校に行き、帰りにレコード屋さんで『天使の涙』をフラゲ、家へと帰りました。すると、ここで、昨夜の映像のことなんか吹っ飛んでしまうような出来事が。アパートの前で素敵な男性に声をかけられたんです。その男性、三階の住人さんらしいのですが、会ったのは初めて。ギターケースを持っていましたから、多分バンドをやっているのだと思います。サングラスをかけていて、ちょっと怖かったんですけど、話してみると凄く気さくな人で……。私、彼に恋しちゃったかも知れません。そして、こんな出逢いがあったのは、『天使の涙 ありす版』を手に入れたから。“ありすちゃん効果”なのかなと思い、今回、メールしてみたというわけです。最後は全然怖い話じゃなくなってしまいましたね、ごめんなさい。それでは、ありすちゃんのこと、これからも応援しています!」
とのお話でした。
……えーと、あの、どうお伝えしましょうか。
先ず、「恋しちゃったかも」さんとバンドマンさんとの出会いですけど、それは、“ありす効果”などではなく、必然です。
それと、「恋しちゃったかも」さんは、将来探偵になりたいそうですので、そんな貴女に、私からメッセージを。いいですか? よくお聴きください。
「今日この放送中に流れた『天使の涙』からの三曲。その三曲の“タイトル”でありすは、アイドル界の“頭を取りたい”と考えています。ですから、「恋しちゃったかも」さんも、将来探偵になりたいのでしたら、私と同じように、“頭を取ってみて”ください」
このメッセージが「恋しちゃったかも」さんに届くことを祈っています。




