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幸せなお姫様の物語

作者: 伊藤ハイビス

幸せなお姫様の物語です。短いです。

初めて投稿するので内容と違うキーワードを使っていたらすみません。

時間つぶしにお読みください。

  幸せなお姫様の物語



 どなた様の御代のことか伝え聞いてはおりませんが、北に海が開けた小藩に美しい姫君がおられました。

 開けたお人柄で、お忍びで町に出ては身分を問わず話しかけ、何度も付き人の肝を冷やしたとか。

 そんなお姫様でしたが、ある時恋をいたしました。相手は呉服屋の手代。将来を嘱望された、目許の涼しい男です。二人は強く惹かれあい、互いなしは生きていけぬと思い詰め、姫は父であるお殿様にお手討ち覚悟で事の次第を申し上げました。

 話を聞いたお殿様は、

「そなたはそのために、姫でなくなってもよいのか?」

 とお聞きになります。

 姫は「はい」と答えました。

「その男と共になれば、今後一切我が家の名は出さず、我が家を頼らず生きていくか」

 姫はもう一度「はい」と答えます。

 お殿様は大層喜んで、「それでは好きにするがよい」と姫を城からお出しになりました。お殿様はずっと前から、屋敷の奥で大人しくしている姫君が欲しかったのです。

 城から出た姫を、手代は喜んで迎え入れました。もう姫ではありませんが、手代はそんなこと元々知りません。気安くて、美しいから好きだったのです。

 店から許しを得、住み込みから長屋住まいとなった手代は、大好きな元姫様と二人、慎ましい生活を始めました。

 ですがこれは、思った以上に大変でした。

 元姫様はお料理もお掃除も、金勘定も出来ません。お裁縫は少し出来ますが、とても上手いとは言いかねる腕前。けれどもこれは仕方のないことです。だってお姫様にとって大事なのは自分がお姫様であるということで、お裁縫が上手いことではないのですから。

 困った手代は実家の母に元姫様を押しつけて、自分は一人暮らしを始めました。

 男である手代には想像が及ばなかったのかもしれません。神代の時代から嫁と姑とは難しい間柄。そして他人は、自分が思う通りに変わるものではありません。元姫様は悪気のないお人ですが、大変気ままで、一向に家のことを覚えようとはしませんでした。姑が叱ってもご飯を抜いても一向に平気な顔で、近所の若衆に持ち上げられてはにこにこしている。ついには舅も贔屓をしだして、姑の堪忍袋の緒が切れました。

 その女を連れてくるなら、もう実家には戻ってくるな。

 冬でもあせもを作らせるほど息子を可愛がった母の怒りに、手代はさすがに動転しました。母親が自分に青筋を立てることがあるなんて思ってもみなかったのです。そして困り果ててしまいました。自分には仕事があり、そして元姫様は家のことをなにもしてくれない。あっちの仕事、こっちの仕事に振り回され、すっかり疲れ切ってしまいました。しかも元姫様の金遣いの荒いこと。似合うと言われればすぐに着物を買う、美味しいと聞けば食べたがる……でも仕方がありませんね。だって貿易と船の通行税で潤った、お金持ちの小藩の元姫様ですから。

 様子を聞き知った手代の店の主人は、呆れて、

「そんな女を選ぶとは商人の恥だ。お前にはいずれ番頭になってもらい、娘をやることも考えていたのに」

 手代は驚いて、自分が馬鹿だった。この結婚は失敗だったと畳に額を擦りつけます。主人はため息をつき、「覆水盆に返らずだ」と戒めました。ですが手代は諦めません。元姫様に三行半を叩きつけ、長屋から追い出してしまいました。

 こんな納屋から出て行ってくれなんて、と元姫様はおかしく思いました。ぷらぷらと町を歩き出すと。そこここにいる見知った相手に声をかけられます。これを貰ったの、と小さな紙を見せると、驚きながらも皆んな納得しているようでした。

「行く当てはあるのかい?」

「ないわ」

「実家はどこだい?」

「お城よ」

 取り囲む男たちは笑いました。こともあろうに城だなんて。お殿様にはひとり姫君がいらっしゃいますが、つい先日他国に嫁いだばかりだったのです。(お殿様が欲しがった通りの大人しくて可愛い姫君が、元姫様の代わりに据えられましたからね。)

 じゃあうちにおいでと、隠居した古物屋の爺が別宅に連れていきます。そうして元姫様は古物屋の爺の妾になりました。

 お妾はお姫様にとても合っているようでした。お城に比べれば小さくとも家は一軒家で、なんでもしてくれる下女もいます。豪勢な仕出しを取っても店に訝しむ様子はありませんし、好きなように着物も仕立ててくれます。なんら不自由のない生活が2年続きましたが、ある夜、爺は元姫様の腹の上で突然死んでしまいました。

 下女は去り、元姫様は別宅から追い出されました。それで町をぷらぷら歩いていると、見知った顔がそちこちから声をかけてきます。

「爺は極楽に行ったねえ」

「そうなのかしら?」

「行く当てはあるのかい?」

「ないわ」

 聞きつけた爺の商売仲間が、いいところにおいでになったと元姫様を宿屋に連れて行きました。

 夜、絹で覆われた布団の上で眠っていると、見知らぬ男が隣りに入ってきて一晩一緒にいました。男は元姫様を気に入り、江戸に連れて行くと立派な着物を仕立ててくれました。それは元姫様も初めて見るほど豪華なもので、施された化粧も髪型も、とても今風です。

「お前は今から私の娘だ」

「いいわ」

 そうして元姫様はお輿に乗せられ、ご実家の十倍はあろうかというお城に入りました。

 そこで働くようにと言われましたが、元姫様は相変わらずお裁縫もお掃除も出来ません。叱られてもやっぱり平気です。叩かれそうになる時はさっさと逃げて誰もいない部屋で眠るから問題ありません。そのうち、このお城で見かける唯一の男性に声をかけられました。

 男性は元姫様をとても気に入りました。男性が好きな古い物語を元姫様はよく知っていましたし、他の女君とは違い、男性のこともよく知っておりましたから。

 元姫様は毎晩男性に会い、やがてお子をお宿しになりました。

 腹で勝手に動くのが気持ちが悪くて元姫様は嫌でした。ようやく出した赤子は亀によく似ています。可愛い気もしましたが、たまに会うくらいで丁度いいわと思いました。

 お子はやがて男性の跡継ぎになりました。

 元姫様は男性の次くらいに偉くなりましたが、お掃除もお裁縫もしないで済むのは昔からですからなにも変わりません。違うところがあるとすれば、町へ自由に出て行けないことです。

(だけどもういいわ)

 と元姫様は思いました。

 お裁縫もお掃除もしなくてはいけない町よりも、ここにいるほうがずっと楽だと元姫様は知っていたのです。



  おわり



めでたしめでたし


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