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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

人外少女シリーズ

人食いを我慢する人外娘が運命に弄ばれる話【人外少女シリーズ】

 シロールは復讐者だった。だった、というのはもう仇を討ってしまっているからである。


 自分の親を食い殺した憎い人外娘は、すでに彼自身の手で殺している。


 しかし彼は収まらなかった。


 人外娘という、種族とも呼べない多種多様な姿の連中を、根絶やしにすることを決めた……。


 そして今日も街から街へ、村から村へ、討伐の旅は続く。


「シケた街だな」


 そんなある日、彼は訪れた街の大通りで施しを乞う貧民を見ながら言った。


 この街は産業が崩壊しているらしく、もはや残っているのは他の街へ逃れる資力もない逃げ遅ればかりに見えた。


「まあ、こういう場所にいるんだよな。人食いが」


 腰のウォーハンマーを撫でる。人外には大雑把な武器がいい。これで人外の腕やら足やらいくらでもへし折ってきた。


「さて、とりあえず飯にありつくか」


 偶然、街の広場で国教の救貧院が炊き出しをやっているのに出くわす。これは都合がいいと並ぶシロール。公衆浴場もろくにないらしく、体臭のひどい貧民にと一緒に飯の列に並ぶのは酷であった。


 一番前まで来ると、当然だが配膳している救貧院の人間たちが目に入る。素焼きの碗に小麦の粥を盛り付け……。


 ふと、シロールは一人の娘に目が行った。修道女らしき女性なら何人もいる。しかし彼のアンテナに引っかかったのは一人だった。


(臭うな……)


 何列も貧民が並んでいて、その娘は隣の列で粥を配っていた。しかし、その目線は他の娘と比べて不自然に人間を見ていない。


 特にどうということもない特徴だが、シロールはかなり黒に近いグレーと判断した。要監視対象である。


 食事を受け取り、素焼きの碗を放り投げ、宿を取り、さっきの広場を監視しながら夜を待つ。


 目星をつけた娘が撤収作業を終え、帰路につく。


 気づかれないように尾行し、家を突き止めた。街の城壁の外の、畑と納屋を備えた家屋である。


 城門から出ていく商人たちに混じって近づき、立ち止まることなく様子を伺う。それほど多くの人間が住んでいるようには見えなかった。娘と……それよりは幾分年上の女性が一人。外で昼間の農作業の片付けをしている。その女性が何か叫んでいる。


「サリー! これ、納屋の上に上げておいてね!」


 そう言って、ひと抱えもあるロール状に丸められた藁束を指差している。もう一方の娘は無言でうなづいた。


 あんな藁束をどうしろと?


 シロールは訝しんだ。藁束を転がして移動することは娘にもできなくはなさそうだ。しかし、「上げる」とは?


 シロールは薄暗くなっていく夕闇に紛れて、木の影に身を隠し、様子を伺った。


 サリーと呼ばれた娘は一生懸命に藁束を納屋へと転がしていく。もう一方の女性に注意しつつ、納屋の扉まで追う。中は街道からは死角だ。娘は中で……。


 思った通りだった。


 その姿は数秒の変身時間をかけて人外のそれへと変わった。虫を大きくしたような節のある足、巨大な尾部、殺人的な腕部。そして無意味に残る、女性の上半身。


(やっぱりか!)


 人外となった娘は長いカマキリのような腕で藁束を持ち上げ、納屋の中で作業をしていた。


 突然、後ろから羽交い締めにされた! シロールにとって引き剥がせない力ではない。正体はすぐに分かった。


「見たんですね!?」


 ちょっと力を入れてほどき、振り向くと、先程の女性だった。


「見たと言ったら?」


 女性は俯いた。


「その、黙っていてほしいんです」


「無理な相談だな」


 シロールはキッパリと言った。納屋を確認する。向こうは気付いていないようだ。


「なあ、あんた。俺はずっと人外を狩って生きてきているんだ。あんたとあの人外がどういう関係か知らないが、こっちはきっちりやらせてもらう」


「いけません!」


 声を抑えた叫び。


「あの娘は人を食べたがらないんです、だから……」


「人を食わない?」


 シロールは訝しんだ。食人衝動というのは人外の定義ですらある。それを持たないだと? 過去にそういうケースがあったのか、彼は知らない。


「ですからお願いです、今回は見逃してください……!」


「信じられるか!」


「半年、半年だけ猶予をください! 半年後の祭りをあの子は楽しみにしてるんです!」


「ええい!」


 シロールは華奢な女性にすがりつかれて、タジタジである。彼とて人間を傷つける気は毛頭ない。


「何してるの?」


 サリーが、納屋から顔を覗かせた。人間に戻っている。それまで揉み合っていた二人は離れる。シロールが腰の剣に手をかけようとしたその瞬間、女性が機先を制した。


「この方は姉さんの古い馴染ですの」


 姉さん? 馴染み? シロールは一瞬動きが止まり、そこに彼女がすかさずしなだれかかってきて、


「今日はおもてなししなければならないわ。サリー、ご飯の用意を手伝って」


 サリー、人外の娘は笑顔でうなづき、母屋の方へ走って行った。


 すっかり毒気を抜かれてしまったシロールは、女性を見る。思い詰めた表情が、そこにはあった。


「半年だけ、様子を見てください。お願いします」


 ※※※※※


 それ以来、シロールは死んだ父親の部屋だという彼女たちの隣の寝室を使わせてもらい、寝泊りすることになった。年長の方がキニー、人外の方がサリー。結婚前に父が死に、嫁入りを逃して一人になってしまったキニーが拾ったのが、サリーだという。


 街の井戸のそばで尋常じゃない様子で苦しんでいるのを見つけたのだという。


 曰く、人を食べたくない……。


 逗留期間中、シロールもサリーが深夜、苦しんでいるところを窓を通して気づかれることなく見たことが幾度もあった。


 キニーが言うには、食神衝動に耐えていると言う話だった。


 シロールは信じられなかったが、夜、サリーが人を食いに出かけないか見張っていても、発作のように苦しむ様しか見ることができなかったから、信憑性はあった。


 それにしても半年、半年か。気まぐれにキニーの農作業を手伝い、サリーが街の救貧院で何かしでかさないか見張り、そんなふうにしているうちに、時間は過ぎて行った。


 ※※※※※


 ある日のことである。シロールはサリーと共に街へ出ていた。今日は救貧院の仕事はない。普通の年頃の女の子のように、サリーは休日を楽しんだ。


「ねえ、おじさん! 姉さんとはうまくいきそう?」


 シロールは少し驚いた。そういうつもりではなかったのだが、すでに彼はキニーに恋心を感じる自分に気づいている。


「まあ、おいおいな」


 そんな言葉で濁すと、サリーは悪戯っぽい笑みを浮かべた。


 シロールは気になっていたことを訊く。


「なあ、なぜ救貧院で働くんだ」


 サリーは少し意外そうな顔をした。シロールが彼女の秘密を知っていることも、サリーは気付いていない。だから慎重に言葉を選んでいるようだった。


「あのね、わたし、実は悪い子なんだ。だから、いっぱいいいことしないといけないの」


「でもさ、その、来世ってよく言うだろ。救貧院のパトロンの教会の説法師は……」


 サリーの表情が消えた。シロールが何を言いたいか分からなくなったのだ。


「どう言う意味?」


「よく聞くだろう。この人生が幸せじゃなくても、この人生で苦しんだ分、死んで迎える次の生はきっと楽しいものになるって」


「じゃあ今すぐ死のうかな!」


 サリーは笑顔で言った。シロールは黙っていた。無関心に通り過ぎる往来。


「……うっそー。自殺もダメだって言うしね。ねえ、わたしね。教会の組織に身を置いてるけど、神の教えは信じてないの。だって、いま生きているこの人生で、報われないと嘘じゃん? だから、いっぱい我慢しただけ、もう少し経ったら、ちゃんと報われるんだって思うことにしたんだ」


「我慢、か」


 サリーはびっくりしたように口を押さえた。何を我慢してるの? と訊ねられたら困るところだった。しかし、シロールは何も言わなかった。


 その日は、甘いお菓子を買ってやった。


 ※※※※※


「本当に人を食わなかったな。あの子は。信じられんよ。俺が見てきた人外は、毎週誰か食い殺していた」


「ええ、普通はそうだって……あの子が……」


 祭りの準備をしつつ、街へ出かけたサリーの話をする二人。穏やかな時間だった。約束の半年、祭りの日が迫っていた。


「あの……」


 キニーが唐突に思い詰めた表情でシロールを見た。彼とて、わかっている。


「ずっとここで暮らしてくれって言うんだろ? わかるよ。言わせたくない。こういうのは男から言うもんだ。……なあ、あの子は本当に頑張っているってわかったよ。俺も惰性で人外を狩っていたようなもんだし、もういいかなとも思うんだ。そろそろ腰を落ち着けようと……」


 キニーが笑った。祭りの準備は、夜遅くまでかかった。


 ※※※※※


 この街の年に一度の祭りは、盛大なものになる。


 皆が仮装し、炎をそこここで焚き、広場でやぐらを組んで盛大に精霊に祈りを捧げる。街の財政は崩壊しているから、救貧院が中心になって行うのだ。


 サリーも運営を担う立場だ。


 シロールは留守を預かるキニーを残し、サリーの様子を見にきていた。彼女はせっせと働いている。相変わらず目線は人を向かないように気をつけながら。


 ある種の、擬似家族。シロールは幸福を感じていた。


 高く組まれた木の櫓を見上げる。ちょっと安普請じゃないのか? 救貧院の人間が作ったと言うが、ちょっとこれは……。


 そう思うが早いか、櫓の柱が傾いていく。


「危ないぞー!」


 シロールは叫んだ。しかし、倒れ込むその下に一人の幼い少女が……。


 大きな音が上がった。櫓が完全に倒れたのだ。しかし、支えるものがあった。女の子は潰れなかった。


 それは、サリーだった。一瞬で正体を現した彼女は、大きな体で櫓の柱から女の子を守ったのだ。


「きゃあああああああああああああ!!」


 誰のものとも知れない声が上がった。


 サリーが、サリーが! 人外に!


 万事休すだった。


 人間の姿に戻ったサリーの手を引いて、シロールはなるべく人のいない方へと走った。


「ねえ、シロールおじさん!」


 サリー。


「なんで、なんでこうなっちゃうの? わたし、いっぱい我慢したよ? なのに、なのにその結果がこれなの?」


「黙ってろ、とにかく迂回してキニーと合流するぞ!」


 ※※※※※


 遅かった。


 人の波を避けるあまり、時間がかかり過ぎてしまった。


 サリーの姉も人外に違いない。


 民衆はそう思ったに違いない。


 シロールが半年住み慣れた家には、火が放たれていた。その周りを民衆が取り囲んでいる。ハッハハ、と、笑い声すら聞こえる。


 その様を、遠方から呆然と見るシロールとサリー。


 つないでいた手が、ふっと離れた。サリー? シロールは娘同然に思えてきた彼女を方を見る。


 その姿は、すでにあの巨大な虫のものとなっていた。


「よくも……」


 すでにいつものサリーの声ではなかった。


 シロールはあっ、と、声にならない声をあげた。サリーは、古い槍まで持ち出した民衆たちの方へ、その巨大な体を突進させた。シロールは、ガックリと膝から崩れ落ちた。


 サリーは、助かるまい。


 大勢を殺して、彼女も死ぬだろう。全てが、全てがご破算。いったいどうすればよかったのだろう。


(なんで、なんでこうなっちゃうの? わたし、いっぱい我慢したよ? なのに、なのにその結果がこれなの?)


 サリーの最後の言葉を、シロールは思い出した。


「それはね、サリー。この世の中には、生きてる間に帳尻を合わせてくれる誠実な神様なんて、いやしないからだよ。奴らは言うんだ。来世でなら、幸せにしてやるよって。この世で人を救う力がないからだよ。詐欺だよな」


 彼はサリーを止めることも逃すこともできず、ただ呆然と炎を見ていた。民衆は何人もやられたが、最後にはサリーを討ち取って、燃え盛る農家の炎にくべてしまった。


 それ以降、彼は誰も愛さずに暮らした。

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