始まりはブラウニー
初BLです!
甘い、甘過ぎる。それを口にした瞬間、神崎隼人はあまりの甘さに顔をしかめた。
今日はバレンタインデー。といっても、チョコを貰うことがない隼人にとっては何の変哲もないただの日常だ。
(顔は悪くないんだけどな。まあ、パティシエ志望にチョコなんて渡す勇者はいないか。)
隼人の両親は共にパティシエで、結婚を期に2人でパティスリーを始めた。1人息子の隼人はお菓子を作るのが当たり前の生活を送ってきたため、店を継ぐために両親から色々教わっているということは、学校中が周知の事実である。
なぜこのことを学校中が知っているかというと、昨年、高校に入学して初めてのバレンタインデー。数え切れないほどのチョコレートを貰った隼人はその1つ1つに味や見た目の感想などの評価を付けて、ホワイトデーに自分の作ったチョコレートと共に渡した。これに女子は相当のショックを受け、隼人に手作りの食べ物を贈る者はいなくなった。
(まあ、あれはやり過ぎだったか。でも、嫌なものは嫌だしな。)
隼人は幼い頃からスイーツに関してだけ完璧主義で、甘いものは常に自分で評価を付けていた。そのため、貰ったチョコにも評価を付けずにはいられなかった。
さて、そんな隼人だが、なぜか1つだけチョコレートを貰ってしまった。
(去年のアレ、知らなかったのか?)
隼人の靴箱には、よほど情報に疎いと思われる女子からのチョコレートが入っていた。シックな小さく黒い箱には、ブラウニーが一切れ、ちょこんと入っていて、手紙というには小さすぎる白い厚紙には『ずっと好きです』とあった。
(誰だ、これ寄越したの?)
「へー、まさか隼人にチョコなんて贈る猛者がいたとは。」
「ああ、俺も驚いた。紘、心当たりないか?」
「って言われてもねー…。」
そう言って困り顔のイケメンは伊東紘。隼人とは幼なじみだが、隼人とは違い今年もチョコを山ほど貰っている。
「お前なら知ってるかと思ったんだけどなー…。」
「うーん、あいにくオレがもらったのにはそれと同じようなのは無いかなー…。あ、佳奈に聞いたら?」
市木佳奈はもう1人の幼なじみ。イマドキの女子高生らしい風貌だが料理が得意なことを売りにしていて、毎年隼人とホワイトデーにどちらのお返し(佳奈は友チョコの)がより好評かを競っていた。パティシエを目指す隼人はもちろんだが、それぞれの相手によって作るものを変えるという工夫をしていた佳奈もかなり好評で毎年良い勝負だった。
「てな訳なんだけど、佳奈、知らん?」
「えー、分かんない。でも普通好きな相手に贈るならもっと可愛い感じにすんじゃないの?まあ相手が隼人ってのが笑えるけど。」
ちなみに3人とも全く好みにかすりもしなかったため、恋愛関係に発展することは無かった。
「ホントに分かんない?友達に隼人いいなとか言ってる子いない?」
「えー…。多分いないと思うけど。てかアタシの友達はそんな黒い箱とか使わないだろうし。」
「うーん、佳奈も分からないか…。佳奈なんで全校の女子と友達みたいなもんなのに…。」
「それは言い過ぎ。まあ、アタシも探してみるよ。じゃね!」
「隼人、もう諦めたら?なんでそんなに必死に探してんの?」
「だって…。」
「だって?」
「甘過ぎる…!あんなのブラウニーじゃない!」
遡ること数時間前。隼人はロッカーの前で固まっていた。なんだこれは。甘い、甘過ぎる。箱の中のブラウニーはたった一切れなのに頭痛がするほどのくどい甘さだった。
(一言言ってやらないと気が済まない…!)
「えー、隼人がこだわりすぎなだけじゃない?」
「いや、お前が食べたら絶対吐くぞ。ただでさえ紘は甘いもの苦手だろ。そのくせチョコは貰うだけ貰って。」
「まーそーなんだけどね。なんか断れないんだよねー…。」
紘は見た目は軽そうだが心優しく、頼まれたら断れない性格のためモテるのだと隼人は確信していた。まあ、この学校にはそれ以上にモテる奴がいるのだが。
「来たよ、巫部王子。うわー、今年もえげつない量貰ってんねー。」
巫部王子こと巫部昴は本物の王子のようなルックスで頭も良く、運動神経も良いため、学校中の女子の人気を独り占めにしていた。
1年生の頃、隼人と同じクラスだったのだが、神崎と巫部で名前が似ているため、よく間違われた。隼人にとっては傍迷惑だったのだが、性格が良いので何とも憎めない。
「巫部王子だったら隼人と同じの貰ってんじゃない?w」
「さーな。」
しかし紘のあの言葉は当たりのようだ。
「隼人!そういえば巫部くんが隼人と同じ箱持ってた!」
昼休みにやってきた佳奈は唐突にそんなことを言った。なんでも、
「アタシ週番で早く来たんだけど、巫部くんがあの箱持ってて。巫部くんいつも早く来て勉強してるから、多分それ知ってる子が渡したんだと思う。だから巫部くんに聞けば分かるかも!」
だそう。
その話を聞き、隼人は怒りを覚えた。
(朝っぱらからブラウニーとか、頭狂ってんのか!?教室暖房入ってんのに、食うとき腹壊したらどうすんだよ!?…やっぱり一言言わないと気が済まねぇ!)
「昴いるか?」
放課後、隼人は話を聞きに昴の元へと向かった。苗字が似ていて変な気持ちになると隼人が騒いだため、2人は名前で呼び合っている。まあ、昴と呼ぶのは隼人くらいしかいないのだが。
「隼人くん!?…どうしたの?」
何やら昴が変だ。隼人は怪しく思ったがまあバレンタインだ、気になっていた子に告白でもされたのだろうと気軽に考えていた。
「ちょっと2人で話せないか?」
「この箱に心当たりないか?」
「…なんで?なんで分かったの?」
ん?何かおかしい。
「絶対分かんないと思ったのに…。」
「あの、話が」
「ごめん…。気持ち悪かったよね…。忘れて!」
「は?どういうこと?」
「どういうことって…。」
「昴これの犯人知ってんだろ。それを聞きに来たんだけど…。」
「!嘘…。ごめん今の忘れて!!!!!」
「いや無理だろ…。てか何のイタズラだよ。あんなクソ甘いブラウニー食わせるとか。」
「ああやって渡せば僕だってバレないと思って…。」
♢♦♢♦♢
(うわ、お菓子屋さんって、こんな甘い匂いなんだ。)
中学2年の巫部昴は、初めてのお菓子屋に男1人という状況に逃げ出したくなった。
「なんかお探しですか?」
そこで出会ったのは、同じくらいの年の男子。王子王子といわれる自分とは違い、男らしくシュッとした顔立ちに思わず見とれてしまった。
「…お客さん?」
「あ、えっと、妹にプレゼント…。チョコのお菓子を…。」
「チョコのお菓子、ねぇ。何か希望は?」
「あの、お菓子とか分かんないので、店員さんの好きなのにして下さい!」
「好きなのって…。うーん、じゃあブラウニーとか?」
「あ、じゃあそれで。」
「そんな決め方でいいの?」
そう言って微笑んだ彼を見て、昴は初めて恋という感情を知った。
(同じ男の子なのに…。)
高校生になり、昴は驚きを隠せなかった。なんと、あの彼が同じクラス、しかも前の席なのだ。
「よろしく、…?これなんて読むの?」
「かんなぎだよ。巫部昴。」
「俺は神崎隼人。って苗字そっくりだな!」
(ああ、僕はまた彼の微笑みに胸を高鳴らせるのか。)
それから隼人に名前呼びを要求されたときは、心臓が止まるかと思った。家で何度も練習し、やっと平然とした顔で呼べるようになったのに。
(クラス離れちゃった…。)
クラスが離れると話すこともなくなり、自分と彼との関係はそんなものだと悲しくなった。
(もう諦めなきゃな。どうしよう…。)
そこで昴はバレンタインを利用した。名前を書かずに渡せばバレないし、返事がないので諦められるだろう。
(なに渡そう…。)
散々悩み、結局ブラウニーにした。僕と彼の始まり。
(といっても始まったのは僕だけだけど。)
それまでお菓子作りなんてしたこともなかった昴は苦戦しつつ、妹に教わりながら作った。
(ずっと好きです。多分これからも。頑張って諦めるから、それまでは好きでいさせて下さい。)
♦♢♦♢♦
昴から話を聞いた隼人は、顔に熱が集まるのを感じた。
(それって、中2からずっと俺のこと好きだったってこと?マジで?)
学校中で王子様と呼ばれ、望めば何でも手に入りそうな昴。そんな彼がずっと欲しくても手を伸ばせなかったのが俺。
(何それ。ヤバい絆されそう…。)
隼人にとって恋愛よりもスイーツの方が優先順位が高かったため、恋人はおろか、恋などしたこともない。でも昴の話を聞いた今、鼓動はどんどんと速くなっていく。
「…あのブラウニー甘過ぎ。あんなん認めらんねー。作り方教えるから、出直してこい!」
「え、あのそれどういう」
「あー!今週の日曜!俺ん家な!!…あ、予定あったか?」
「いや、無いけど…。」
まだ昴に絆されるつもりはない。でもまあ、昴がブラウニーを上手く作れるようになったら絆されてあげよう。
呑気にそんなことを考えていた隼人が鼓動の意味に気付くのはもう少し後の話。
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