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第4話『決行』

第4話です。

ついにまとも()に女の子が登場します。

 しばらくして、一行はポルドー家の屋敷のすぐ近くまで着ていた。門の目の前は少し開けた環状路の作りになっていて、その中心には大きなが噴水が鎮座している。静かな夜の街には心地の良い飛沫の音が響いていた。


「ったく。緊張感のねぇ野郎だぜ」

 屋敷の門を噴水の影から覗きながら、ランスはそんなことを口にした。


「すまねぇ兄貴。うっぷ…」

 真っ青な顔をしながら、キースは涙目で嘔吐(えず)き続けている。


「元はと言えばお前が原因だけどな!」

「たかが冗談にムキになったのはセスだろう。全くお堅いねぇ」


 そんな三人の会話も、噴水の音が全てかき消していく。とはいえかれこれずっと同じようなやり取りが続いているので、他のメンバーも流石に辟易したらしい。彼らの後ろから諌めるような咳払いが聞こえた。


「よし、改めて計画を確認するぞ」

 気を取り直したランスが、苦笑まじりに全員の方へと向き直った。


「事前に言った通り、この屋敷は二時になると門番が交代することになっている。ほんの数分間だが、忍び込むには十分だ。俺たちは警備が手薄になったその隙を狙って、屋敷に侵入する。

 俺らとセスを含めた三人は屋敷の中で探索して、他の三人は屋敷の住民を捕まえておくんだ。あと残る一人は偽の門番としてカモフラージュ用に立っておいてもらうからな」


「出来れば俺もその役がいいんだが」

「馬鹿か。お前は俺たちのボディーガードっつったろうが。ジャックに聞いた話だと、見かけによらずなかなか腕が立つらしいじゃねえか?」

(アイツ余計なことを…)


 セスはわなわなと拳を震えさせる。そもそも彼の記憶が正しければ、ジャックの前で喧嘩の類をしたことが無い。酒を飲むと話をでっち上げてしまうのはジャックの悪癖だった。

 とはいえ、実はそれも瓢箪から駒なわけだが。


「んじゃ、そろそろ行くか」

 ランスが立ち上がるのに合わせて、残る六人も腰を上げた。そこで彼はふと思い出したように、


「いけねぇ、名前だ。屋敷の中で互いに名前を呼び合うわけにはいかないからな。今のうちに決めておくか。並んでいる順番に一番から七番と互いを呼ぶこと。それでいいな?」


 六人全員の顔を見ながら言った。彼らが無言で頷くのと同時に、前方からガシャリと音が響くのを聞こえてくる。門番が欠伸をしながら屋敷に入っていったのだ。それが作戦決行の合図となった。セスはランスから新しく貰った別の覆面を、口元の辺りまで押し上げた。

 先頭を切ったのはランスだった。その後にセスたちが続く。

 無事に門を通り抜け、屋敷のドアの手前まで来たところで、六人は一旦足を止めた。植物のツルをかたどったような金色の装飾が施された木製の扉。その何とも形容しがたい威圧感に、彼らは唾液を飲み込んだ。


 ランスが扉を開くと、蝶番からはキィと音が鳴った。その僅かな音にまで、彼らは身構えてしまう。心臓が耳の奥にやってきたような動悸が止まらなかった。


 中に入るや否や、彼らはみな屋敷の中を驚きとともに見渡した。キースは思わず「すげぇ…」と感嘆の声を漏らす。

 実際、ポルドー家の屋敷は彼らの想像を超える広さだった。内装の雰囲気は屋敷というより宮殿に近いな、とセスは思う。外から見ても十分に大きいことは分かっていたが、実際に中に入って見ると改めてその広さがよく分かるというものだ。


 とまあそんな感動はさておき、彼らは周囲を警戒しながら、少しずつ足を進めていく。強盗が入ってきたというのに、屋敷の中はなお静寂に包まれていた。

 すぐさま騒ぎになることも覚悟していた彼らにとっては拍子抜けであり、また同時に好都合でもあった。


 ここまでの作戦は完璧だ。頭上の遥か上から煌々と照らす照明を除けば、六人の侵入をまだ誰も知らない。その事実が、彼らの胸に何とも言えない高揚感を抱かせるのだった。


 家の間取りから警備の時間帯までを入念に調べた後に計画を立てていたこともあってか、事は思いのほか順調に進んだ。屋敷に住む家族はすぐに見つかり、中にいた使用人たちも全て拘束し、あとは金品を物色するだけとなった。


「案外楽勝だったぜ」

「しっかり事前に準備していた甲斐があったな」

 キースとランスは上機嫌で呟いている。その横で、

(おかしい)

 セスは眉をひそめつつ、考えを巡らせていた。


 住民は皆、こちらが少し武器をちらつかせただけで、全く抵抗することなく、不自然なくらいにあっさりと降伏した。今のところ仲間のうちにも住民のうちにも、怪我人はゼロ。どう考えても順当すぎる、とセスは首を傾げた。

 しかし浮かれる仲間の姿を見ているとそこに水を差すような気にはなれず、彼は一人もやもやとした思いを抱き続けていたのだった。


「ここらで手分けするぞ。俺たちは二階と三階を探索する。お前は一階を頼む」

「分かった」

 ランスの言葉にセスが頷く。するとランスは腰に手を当てて周囲を見渡しながら、


「噂によるとこの屋敷にはとんでもねぇものが隠されてるらしい。それを見つけ出すことが俺たちの目標だ」

と小声でセスに告げた。


「とんでもないものって、何かふんわりした表し方だな」

「仕方ねぇだろ、俺も何があるのかは知らねぇんだから。でもまあ、噂があるのは確かだ。お前は一体何だと思う?」

「バカみたいに高価な絵か、貴重な魔法の道具ってところか」

「つまんねぇ答えだな」

「聞いておいてそれかよ……じゃあお前は何だと思うんだ?」

 セスの問いかけを受けて、ランスが小刻みに肩を揺らす。


「ククク……そりゃあ決まってるだろ、化け物だよ化け物。このクソったれた世界をぶち壊すような、正真正銘の怪物さ」

 怪物ーーその禍々しく重々しい響きに、セスは思わず唾を飲み込んだ。


「……なんてな。そんなもん居るわけがねぇよ」

 ランスの言葉に、セスは何も答えなかった。




 セスがまず向かった先は、屋敷の倉庫だった。よほど長い間使われていないのだろう。中は埃で覆われていて、入るや否や思わず咳き込んでしまうほどだった。ところどころ蜘蛛の巣まで張っている始末である。


「流石にここには何も無いか」

 普通の神経ならば、貴重品をこれほど汚い場所に置いたりしない。この場でのこれ以上の探索が無駄であることは、すぐに分かった。

「ん?」

 その場を後にしようとしたセスの足に何かが当たった。よく見ればそれは木製の台車だった。


 これからおそらく金目になりそうなもの、つまり比較的重たい物をいくらか運ぶわけであるし、台車の一つでもあればその持ち運びがぐっと楽になるはずだ。

 「しめた」と思わぬ収穫に頬を綻ばせながら、セスはその持ち手に手をかけた。もっともセスがそれを持ち出そうとした本当の理由は、自分が倉庫に来たことを全くの無駄足として処理したくなかったからかもしれないが。


 だがそこで彼は自分の軽薄さを後悔することになる。何となくで持ち出したはいいが、いざ台車を押し始めてみるとこれがなかなか歩きにくい。


 少し進む度にギイギイと軋んでしまっている。屋敷の中で使うにはまだいいとしても、屋敷の外に出た後には逃亡の足枷になるかもしれなかった。

 いっそ手放そうか、などと早くもそんなことを考えていたところ、セスは廊下を出たすぐ突き当たりにとあるものを見つける。それは不自然に色の違う壁だった。


「なんだこれ?」

 セスは壁の前で膝を折り、その壁に耳を当ててながら軽く叩く。すると壁だと思っていたものが微妙に揺れた。この先に何か空間がある、とセスは確信した。

 しかしそれが分かったとしても、肝心の入る術がない。いっそのこと蹴破ってしまおうか。野蛮な考えも一瞬浮かんでくるが、セスはすぐに首を振る。


 確かにこの先には屋敷にとって何か貴重なものが眠っているらしいのは確かである。その金銭的な価値はともかくとして、少なくとも人から秘匿しておきたいと思う物が有るはずだなのだ。


 だがそもそもセスはそこまで積極的に金目のものを探していない。彼に任されたのはあくまで二人のボディガードなわけであるし、既に最低限の報酬が約束されていると考えていたからである。要するに家を破壊してまで貴重品を強奪しようとする意味はあまり無い、というのが彼の考えだった。


 「よし!」とセスが仕切り直すように声を発す。探索の対象を他に移そう。そう思って立ち上がった。しかし次の瞬間、手をかけていたその壁がグニャリとたわんだ。セスは素頓狂な声を上げながら、前のめりに倒れていく。


「っ~!」

 割れたベニヤ板に打ち付けた鼻を擦りながら、彼は徐ろに立ち上がった。身体の下の板が、バキッと二つに割れ、また体勢を崩しかける。


(思いがけず道が開いてしまったな)


 結果として良い方へ事態は転がったわけだが、セス自身そのことを素直に喜べなかった。先ほどまでの強盗に乗り気云々の話ではなく、もっと深いところの話。

 セスからしてみると、まるでこの部屋が作為的に自分を引き寄せているようなーーそんな気がしたのだ。気味が悪い、とセスは思った。


 一応恐る恐る中に入ってみると、部屋の中はなかなかに異常だった。大の大人ならばやや腰を折り曲げなければ歩けないほど小さな部屋の中は、子供の遊び道具で埋め尽くされていたのだ。息を飲むような展開の数々に戸惑いを隠せず、セスは視線を右往左往させるばかりだった。


「凄い物の量だな…」

 カーペット一面を覆い隠すようなぬいぐるみの山を足で崩しながら、セスは歩を進めていく。迂闊に歩いていると踏んで転んでしまいそうだった。

 何となく、足下に転がる無数のぬいぐるみの一つを持ち上げてみる。他のぬいぐるみに比べると少し埃の被り方が薄い、茶色い熊のぬいぐるみだった。


『ヘルシャ』


 ぬいぐるみの背中にはそんな刺繍が入っていた。人の名前なのか、それともこの熊の名前なのかはよく分からなかった。


 L字になった角を曲がって少し進むと、そこで部屋は行き止まりになっていた。カーテンの掛かった小窓と、その下にはいかにも高そうな赤い椅子があった。それだけなら良かったのだが、なぜかイスの背もたれには何枚ものカラフルな布で覆われた『何か』が、ロープで縛り付けられていた。


「えぇ…趣味悪……」

 一体これに何の意味があるのだろう、とセスは思った。金持ちの考えることは分からないとは言うが、本当に何も分からなかった。


 もし真っ当に解釈するなら「この部屋全体が一つの芸術作品である」という線だろうか? 実用性が無いことには変わりないが、まだ納得のいく理由だろう、とセスは思った。


 となると、セスがここまで来たことは完全に無駄足だったということになる。わざわざ腰を曲げて歩いたのに、という遣る瀬無さだけがセスの胸には残った。

 肉体的、そして精神的な疲れから、セスはぬいぐるみの海に倒れこんだ。


 今頃、ランスたちは何をしているのだろうか。ひょっとしたらもう探索を終えて、自分を待っているかもしれない。

 と、なると。今ここでやる気を無くしてしまえば、手ぶらの状態で彼らに会うということになる。それだけは避けたかった。せめて土産の何か一つでも持っていかなければ、約束の50万を踏み倒されてしまうかもしれないからだ。


 急いで別の場所に移ろうと、セスは起き上がる。だがその時、彼の想像を絶することが起きた。

「けほっ」

 小さな女の子の、籠った咳のような音。セスはゆっくりと、目を見開きながら振り返る。耳が確かならば、今の咳は背後から、セスがオブジェと思っていた『モノ』の中から聞こえてきたはずだ。セスの顔から血の気が引いていく。


 彼は恐る恐る、布を一枚めくってみた。出てきたのは違う模様をした布である。見たところ、布は幾重にも積み重なっているらしい。


(もう十分じゃないか。いっそ何も見なかったことにして……)


 彼の頭の中を躊躇いの文字が過ぎっていく。

 そもそも得体の知れないモノの正体を迂闊に明かしていいものなのか?

 もし目の前にあるものが忌々しきパンドラの箱だったとしたら?

 その時自分が負いうるリスクは、与えられうるリターンに見合っているのだろうか?

 そして彼は答えを弾きだす。


(明かすべきでないし、開けるべきでない。ましてはそのリスクに見合う見返りも期待出来ないーー)


 となると取るべき行動は一つだった。セスは来た道を引き返すことを心に決めたのである。

 でもあと少し、ほんの少しだけという甘えもあった。つまるところ、生来の好奇心には抗えなかったというわけだ。


 このまま立ち去れば確かに安全だろう。しかし後で中身が気になって眠れない夜を過ごすことになるに違いない。セスはそういう男だった。


(ちょっと中身が見えかけるところまでだから! 本当にちょっとだけだから!)


 見えない誰かに言い訳をしながら、次の布に手をかける。ごくり。生唾を飲み込む音が静寂の中に大きく響いた。


 そしてセスが恐る恐る布を捲ると、中から布以外のものが露出した。驚きのあまり、セスの肩がビクン! と跳ねる。

 中から出てきたのは子供の足だった。


「なんだ足か……脅かすなよ」

 すっかり身構えてたものだから、化け物でも現れたのかと思ってしまった。拍子抜けしたのか、セスはホッとし……かけたところで止まった。


「あ、足……ッ!?」

 それはそこにあるはずのないもの。有ってはならないはずのものだった。瞬間、セスの疑念が確信に変わる。この中に誰かが閉じ込められているーー!


 すぐにセスはオブジェを解体しにかかる。布を剥ぐ拍子に装着していたマスクが取れたが、最早なり振り構っていられる状況では無かった。

 何しろこれだけの密封度だ。この中心に埋まっているとなると、ただ呼吸するだけでもかなり苦しいはずである。一体誰が、何の得があってこんな非道を行なったのか、とセスは思った。


 一枚、また一枚と布を捲る度に、オブジェだったものが徐々に人の姿を示していく。その一方で、彼の中ではこのような仕打ちを行った者に対する憤りが大きくなった。

 そうしてついに、残る布は顔に被せられたものだけとなった。余程焦っていたのだろう、セスの息はすっかり上がっていた。

 ふぅ、と彼は一息つく。鬼が出るか蛇が出るか。こうなった以上は覚悟を決めるしか無かった。彼は最後の布に手をかける。

 そして中から出てきた者の顔を見て、セスは思わず声を上げそうになった。



 それはまるで人形のように美しいーー人間の少女だったのだ。



 金色のたおやかな髪は、透き通るような白い肌へと柔らかく落ちていく。長い睫毛がゆっくりと割れて、少女の碧眼が夜空の星のようにぱちくりと瞬いた。

 彼女を構成する全ての要素、情報が美しい。セスはそう感じた。息を吸い込む音すら、草原を駆る風のように透き通っている。


 少女はあまりに完璧すぎた。完璧に美しく、麗しかった。まるでおとぎ話(フェアリーテール)の中に佇む妖精がそのまま飛び出してきたように、そこに在った。ゆえに同時に、そこには無いような気もした。今眼前に在る全ては単なる幻想なのではなないか。もう一度この手が少女に触れれば、過ぎた無垢の幻想は夢物語に帰ってしまうのではないかーー。


 きらり、と。少女の眼は再び瞬く。それに対してセスは何にも反応が出来ず、ただただ魅入られたように、その体を硬直させ続けるのだった。

 囚われの少女と盗人。

 このどこか奇妙で数奇な出会いが、彼自身の後の人生、そしてこの国の運命を大きく変えることになるとは、この時のセスはまだ夢にも思っていなかった。

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