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一、恋をしよう ⑦

『君今日暇?

 知り合いの子に君の話をしたらどうもその子君の事を知っていたみたいで、すごい会いたがっちゃってさ。

 詳しい理由は話してくれないんだけど恥ずかしがってる感じだし、君が言うところの初恋の相手なんじゃないかな?

 翠って名前だからみーちゃんなんて呼ばれていてもおかしくないし。

 可能なら丁度偶然たまたま奇跡的に用事がない今日に会いたいそうなんだ、この日を逃すと暫く先まで暇がないらしい。

 まあ断るにせよ僕からちゃんと伝えておくから早めに返事してくれ』


『行く』


『いやいや無理をすることはないよ。

 君はスポーツ特待生なんだろう?本来なら昨日あんなところにいるはずもないくらいに練習やトレーニングに勤しんでいるはずだ。

 今日だって本当は練習したいはずだろう?

 気を使わなくても大丈夫だよ。

 本当の事を言ってくれ』


『俺が行くつってるなら行くんだよ一々嫌味ったらしいぞてめえ!』




 ◯◯◯




「はい、終わりっ!最高に可愛いぜ今のお前、いやさすがに170あったら可愛いってよりは美人な感じか?まあどうでもいい、とにかく素晴らしい!」


 姉が興奮気味に自らの作品を褒め称える。


「うわあ……僕、ほんとにやたら可愛くなってるね」


 鏡の中に映る僕の姿は完全に女性のそれであり、更に言えば薄幸の美少女とでもいった風体だった。

 メイク自体はそこまで濃いものでもなく僕の面影が結構残ってしまっているのだが、元々が女々しい顔つきなので女性のそれには見える。チークが少々過剰な気がするが、まあこんなものだろうか。コンタクトレンズも生まれて初めて使うが、思ったほどの異物感はない。そして腰まである艶やかな黒髪、のカツラ。清純な印象を与え、同時にやや男性的であり骨張った体のラインを隠すことが可能なふわふわした白いワンピースに肘まである手袋。

 喉仏は元々あまり目立つ方ではないのだが、一応それを隠すためのごつごつした大きめの黒いチョーカーも着ける。フェミニンな感じのする服や手袋と相反する印象を与えるこのチョーカーはかえって女性的な印象を際立たせている。スイカに塩、という例えは少々美しさに欠けるが、まさしくそれだ。

 体のラインを隠す服を選んではいるがそれだけだと限界があるため、コルセットもキツく締める。

 ダメ押しにささやかな胸、これはもちろんパッド。


 母と姉の尽力によって、気合いを入れすぎではないかというレベルの女装に仕上がった。


「充ちゃん超可愛いわ!写真撮らせて!写真!」


 母も年甲斐なくテンション高めである。普段から結構はしゃいでいる人なのだが、現在は更にはしゃいでいる。


「好きにしなよ、今回に限っては感謝してるからね」


 小さい頃の女装は嫌々させられていたのだが、今回は目的があり、自ら進んで女装したのだ。写真を撮られようがおもちゃみたいな扱いを受けようがなんら苦痛ではない。

 なんなら女装自体にも結構ハマってしまいそうだ。鏡の中に見知らぬ美少女が映るこの状況は僕にえも言われぬ高揚を感じさせてくる。


「っていうか昔から思ってたんだけどさ、母さん的にはそもそも娘がいるんだからわざわざ僕を女装させることもないんじゃない?」


「馬鹿!息子にやらせるからいいんじゃなの!」


 だ、そうだ。

 僕には理解できない。


「ま、いいや。じゃあ行ってくるよ、楽しみにしていてくれ」


「おう、頑張れよー」


 どこまでうまくいくのかわからないが、可能な限り努力させていただこう。





「ごめんね、待った?」


 待ち合わせ場所に30分ほど故意に遅れて到着し、極力女性のそれに寄せた声で話しかける。歌う事に関連して、声質を調整するような小細工も結構得意な方だと自負している。


「いや、今来たところだぞ」


「そうなの? よかった、待たせちゃったかと思ったよ。とりあえず急いで駅まで走って電車から連絡入れようと思ったんだけど、乗ってからスマホを忘れたことにも気付いて、もう踏んだり蹴ったりって感じ」


 予測されるいくつかの面倒なやり取りに関してこの時点であらかじめ予防線を張っておく。

 一つ。みーちゃんとしての僕との連絡先の交換の防止。スマホにプライバシーの全てが詰まっている現代においては自分の電話番号やメールアドレス、各種SNSのIDを記憶していないことも珍しくなく、それはつまり人によってはスマホが手元にない場合に連絡先を知らせる事が不可能になっても不自然ではないという事である。一方的にメールアドレスを書いた紙などを押し付けられるかもしれないが、それについては仮に今日ネタバラシをしないにしても帰って燃やして二度と会わなければいいだけの話である。


 二つ。この待ち合わせ場所からみーちゃんの家がある程度遠い事の示唆。

 電車を利用しなければならない距離である事、スマホを取りに帰るという選択肢が消える程度には駅から遠いところに住んでいることを伝えた。尚実際に僕が住んでいるのはこの近所だ。

 このくらいのことを知らせておけば、みーちゃんの家に行く、という流れにもなりにくいだろう。


「やっぱ……みーちゃん……だよな」


「うん。そうだよ……レン君」


 自分で吐いた台詞に少々怖気が走るが表情には決して出さない。レンくん、というのは当時のこいつの呼ばれ方だ。周りがそうしていたから僕もそう呼んだ。

 葦葉のほうも至って真剣な表情だ。


「俺、みーちゃんに会いたかったんだ……ずっと」


「……」


 私も会いたかった、などと言うのは演技にしても癪なのでこちらは意味深な無言で対応することにする。


「随分……綺麗になったな。面影は結構残ってるけど、身長も高くて、モデルみたいだ」


「レン君も随分変わったね。髪なんか染めちゃってさ、昔はそんな派手な感じじゃなかったのに」


 うろ覚えだが。


「とりあえず、場所移すか。いつまでもこんなところで突っ立っててもあれだしな」


「そうだね。どこに連れてってくれるの?」


 言いつつ、腕を掴み、寄りかかる。


 普段の僕はパーソナルスペースが広い方でありこんなことは死んでもしないが、みーちゃんという仮面(ペルソナ)に身を包んだ今、僕の行動は全てみーちゃんの行動として処理され、第三者視点から客観的に自分を操作するような感覚を得ることができている。

 この程度のスキンシップなどお手の物だ。


 なぜ僕がこんな事をしているのか?



 決まっている。葦葉を惚れさせるためだ。



 僕は恋というものを知りたいのだ。

 男がどのようにして女に惹かれるのか。それを知るのにこれほど適した機会もないだろう。


「うぉ、おう、じゃあとりあえずそこの店でも入るか」


 露骨に顔を赤くして狼狽える葦葉。

 自分が露骨に優位に立っている事を認識できて気持ちがいい。

 こいつは見た目からしてそんなに女に困る感じでもなさそうではあったが、やはり初恋の人となると思うところも違うのだろうか。

 単純に僕が可愛すぎるというのもありそうではある。



 葦葉に連れられてコーヒーショップへと入っていく。

 どこにでもありそうな店ではあるが、同時に生涯僕が自発的に入ることはなさそうな程度におしゃれな場所でもある。


 葦葉がよくわからない呪文を店員さんに向かって唱えたので、私も同じのでと言ってお茶を濁しておく。

 商品を受け取り、テーブルに座ると、葦葉が真剣な表情でこちらを見据えてきた。


「みーちゃんさ、どうして急にいなくなっちまったんだ?」


 予測された質問だ。答えはもう用意してある。


「親の都合で急に引っ越すことになっちゃったんだ。轍君とは親同士が知り合いで時々話すんだけど、昨日話を聞いてたらレン君みたいな人が出てくるじゃない? もしレン君だったら、どうしても、会って話がしたかった。私の中で蟠っていた部分を消してしまいたかった。その、引っ越すのを伝えられなかったこととか、心残りだったからさ」


 目を少し伏せながら、感傷的なトーンで話す。


「俺も。俺もだ。話したかったんだ……そうだ、サッカー、まだやってるか?」


「中学上がってからは一度もやってないかなあ。やっぱりほら、女の子だからさ……だんだん男の子と差が出来ていくのが、こう、苦しくて」


 白々しいにも程があるが、なかなかの名演技だろう。

 ちなみに僕は中学時代は普通にバスケットボールに勤しんでいた。諸々あって引退を待たずしてバスケ部を辞めてしまったのだが、まあそれ以前はそれなりに活発な子供であったはずだ。今でこそこれだが。


「そう、か……お前くらい上手かったら続けていれば相当活躍できてたと思うんだが、まあ、本人しかわからないこともあるよな。男の俺が口を出すのも違うか」


 僕も男だけどな。

 ちなみに僕の評価が高いのは女子として見ればという話であり、曖昧な記憶だが当時の僕はこの男に格の違いというものを教えられていたはずだ。サッカーの道に進みたくもなくなる程度には。


 コーヒーのようなものに砂糖を多めに入れて口をつけ、少し啜る。


「ん、ちょっと甘過ぎちゃったみたい。交換してくれない?」


「しょうがねえな」


「ありがと」


 ここで最大限の笑顔を作る。

 美少女との間接キスだ。涙を流して感謝するといい。


「ったく……」


 目をそらしながら僕が渡したコーヒーに口をつける葦葉。耳が少しだけ赤くなっており非常にわかりやすい。


「高校、どんな感じ? 好きな人とかできた?」


 葦葉が少しコーヒーを吹き出しそうになる。

 僕は既にいくらか話を聞いているので、どういう話題が効くのかはきっちりと考えてきている。


「……みーちゃんは、どうなんだ」


「んー、あんまり惹かれる人はいないかなー。結構みんな子供っぽいんだよねえ、まあみんな15歳ちょっとなんだから当然といえば当然なんだけど」


「お前もだろ」


「まあそうなんだけどね。それで、レン君は?」


「気になっている人なら、いるんだが……」


「お、何か引っかかる言い方だね?」



「……いや、今日会って確信した。俺が好きなのは、お前だ、みーちゃん」



 なるほど。

 展開が早すぎる。

 ヤンキーの思考がここまで短絡的直結的即物的なものだとはさすがに予想していなかった。再開したその日に、しかも会ってすぐに告白か。人目がある中で。僕には到底真似できない所業だ。足に穴が開きそうなほど痛めつけられれば別かもしれないが。


「……そんなこと言う時までみーちゃん、じゃあちょっと締まらないね」


「そうだ。俺はみーちゃんの本当の名前も知らない。だけど好きなんだ。恋ってそういうものだろ?どうしようもないんだ。みーちゃんも、わざわざ会おうとしてくれたって事はさ、どうとも思ってないなんてことはないだろうし」


 翠という名前は一応事前に伝えていたはずだが。

 声がどこか弱々しい。こいつなりに考え、自分の考えに追い込まれた上での言葉という事だろうか。蒼山さんのことだって本当に想っていたはずである。


 恋とはそういうもの、か。


「月島翠、だよ。私の名前」


 偽名だが。


「つきしま、みどり……」


「急過ぎてちょっと考えられないけど、私も君のこと、結構良く思ってる。それだけは言っておくね」


「それは、俺と付き合ってくれる、ってことか?」


「今は決められないって言ってるの!」


 さすがにポジティブすぎるだろう。



 さて、ここまででこの男を僕に惚れさせるという目的はほぼ達成された、というかほとんど元々達成されていたわけだが、この後どうするかな。さすがに今すぐ帰るというのもなんだし、もう少しこいつに付き合ってやるべきか。


「まあ、せっかく久し振りに会ったんだしさ、今日はぱーっと遊んじゃおうよ!あ、ほら、あれ行きたい、ボウリング!近くにあったよね?」


「……変わんないな、そういうとこ」


 昔の僕はこんなんだったのだろうか。



 その後、僕はボウリングで可愛らしく散々なスコアを出した。投球の際に受ける視線が少々気持ち悪かったが、まあ数年間悶々僕のことを想い続けたのだろうしそのくらいは許してやることにしよう。

 明日の僕は筋肉痛に苦しむことになるだろうな。



 もう一人の視線には、気付かないべきだったのか否か。


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