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一、恋をしよう ①

 僕はラブコメが大好きだ。


 何故か?


 創作物に感情移入をしがちであるなら楽しい話の方が好ましいのだろうか?

 そうでなければ、創作物の中に自分にないものを求めている?

 自分に出来なかったことの追体験を欲している?


 否。そんな分析は無粋だ。

 好きだから好きなのであって、何故好きかなんて理由についてまで考える必要なんてどこにもないのだ。その理屈を知ったところで、好きなものは好きなのだし、僕はそれを応用あるいは再利用する先を知らない。



 さて。

 僕がラブコメを好きだということはこの通りであるのだが、そうであるならば、現実においても似たような状況を作りたいと考えるのは至極当然のことではないだろうか。

 創作物は創作物ではあるが、そう割り切っておきながら、意識下にしろ無意識下にしろ、人は得てしてフィクションに影響を受けるものなのだ。

 僕の場合はきっと今から意識的に。



 ラブコメとはその字面のまま、ラブとコメディから構成される作品群を指す分類だ。


 ラブ。コメディ。


 その双方が、今の僕からあまりにも縁遠いものであるという嘆かわしい現状がある。

 あくまで現状だ。これから変えていける。無理矢理にでも変えていくのだ。灰色のまま高校を卒業する腹積もりなど欠片もない。


 差し当たってはラブだ。

 コメディのほうがハードルが低そうに思えるだろうか?しかしながら、一目惚れなどという不埒で軽薄な言葉さえ存在するラブと比較して、笑いのセンスというのは一朝一夕にしてなるものではない。もちろんこちらについても積極的にアプローチしていくつもりだが、すぐに成果がでるものでもないのでしばらく進捗報告は割愛することになるだろう。


 ラブの方には裏技もある。

 loveの対訳をひとつ定めるなら『愛』とすべきだろうというのはマセた小学生からどこぞの助教授まで多くの人物が同意するところであろうが、しかしながらそれがfall in loveとなれば話は変わってくるのだ。『恋に落ちる』以上に適当な訳は存在しないだろう。

 つまるところ、ラブとは確かに愛であるが、同時に恋でもあるのだ。もちろんそもそもloveという言葉に恋という意味も存在するが説得力を強めるために少々まどろっこしい話をさせてもらった。


 さっき言ったような一目惚れであろうが、決して成就することのない片想いであろうが、恋は恋であり、ラブなのだ。非常に簡単な話になる。


 さて、それを踏まえた上で恋愛の基礎的な部分を話せば、一般的に男性が女性に恋愛感情を抱く上で重要視されるのは順に容姿、単純接触機会、類似性だ。女性視点になると順がずれるかもしれない。

 この場合の接触機会とはスキンシップやあるいはえっちな話などでは断じてなく普段どれだけ頻繁に会うかとかそういった類の事だ。いやえっちな事なども可能であるなら大歓迎であるのだがまあそれはそれとして、接触機会が多いというのは例えば毎日同じ教室で一緒に授業を受けるとか部活のマネージャーをしてもらっているなどといった程度のことで容易に達成される。高校生の身である僕からすれば非常にイージーな部分である。

 中学の頃のプチトラウマが原因で部活にこそ所属していないが、登校はきっちり毎日こなしているため女子と顔を合わせる機会は多い。相手は僕が腫れ物であるかのような視線を向けた後すぐに目を逸らすが。


 それで、容姿と類似性。

 これについては被る部分が結構ある。そもそも僕は僕のような女の子が好みなのだ。

 具体的に言えば、コミュニケーションを不得手とする陰気黒髪眼鏡オタク女だ。そのような相手とは人生において一度も会話することがなさそうなのが非常に残念な部分である。明るい人間同士は惹かれ合うし、明るい人間は暗い人間と仲良くすることもあるが、暗い人間同士は仮に同じ場にいたとして基本的に会話を発生させない。話しかける度胸がないか、そもそも他人との会話を望んでいないからだ。例えそれがとても気になる相手であっても。

 暗い人間同士がつるんでいるのをよく見かけると言うのなら、それは彼らが本当に暗い人間ではないからだ。見た目に頓着していないだけということもままある。


 少々話が逸れた気がするが、とにかく僕はそんな女の子が好みなのだ。


 僕の勘違いでなければ先程からこちらに熱い視線を飛ばしている隣の席の奇天烈包帯オレンジツインテール女のような相手では決してなく。


 パッと見た限りではこのクラスにそういう地味な子がいなさそうなのが残念なところである。もっともクラスの女子生徒全ての顔を思い出せるわけでは到底ないのできっちり探せばいるのかもしれないが、放課後となってしまっては効率が悪い。図書室にでも行けば見つかるだろうか?行って一目惚れしてくるのが手っ取り早いか。


「あのさ」


 奇天烈オレンジが喋った。

 こいつはなんでこんな格好をしているんだ。仮装か? ハロウィンは半年後だぞ。

 きっと独り言だろう。会話を求めるタイプでは……ありそうだが、僕と関わり合いになるような人種ではなさそうだし、なにより僕が会話したくない。そもそも僕の隣は空席だった気がするのだが、なぜ今日になってこんな変人が我が物顔で座りだしたのだろう。

 まあいい、およその方針は立てられた。図書室に急ごう。


「授業終わってから、ずっと……考え事してたみたいだけど。何か、悩んでる?」


「いや、ちょっとした考え事であって、悩んでるってほどのものでもないよ。それじゃあ、僕は図書室に用があるから」


 すっと返事が出る。

 これにはいくつか理由があり、一つは僕がさっさと会話を終わらせる能力に特化した存在であるため。これは同時に僕に友達ができなかった理由の一つでもあるだろう。他は割愛。

 しかしこいつから僕を気にかけるような発言が出るのは意外だったな。こういう見た目をしてるやつは大抵『隠キャはダニ以下』みたいな考えを持ち合わせているものだと思っていたのだが。

 この発言にも他意はあるだろうが、あまりマイナスの雰囲気を感じない。

 まあどうでもいいんだが。


 立ち上がって鞄を手に取り、扉へと向かう。


「あのさ」


 二回目。今度はなんだ?


「何かな?」


 逆撫でしない程度に語気を強めて威圧する。

 印象は崩したくないがあまりこいつと会話していたくもない。


「図書室、ついて行ってもいいかな」


「……なぜ?」


「なぜって……だ、ダメ?」


 髪の色の派手さに似つかわしくないあどけない表情としおらしい態度で僕に問いかける。



 やられた。

 これは僕の負けだ。



 説明すると、まずはじめに、僕のような暗い人間は更に二種類に大別できる。

 collectivis(孤独)t型と、individuali(孤高)st型だ。

 基本的に会話においては孤高型のほうが強く、孤独型のほうが弱い。強い弱いという表現も変だが、まあ大雑把に言えば流されやすさの話だと思ってほしい。

 もちろん僕は孤独型。と言っても日本人の大抵はどちらかに分類すれば孤独型なのだが。

 二者が具体的にどう違うのかというと、僕ら孤独型はすなわち調和と文脈(コンテクスト)の奴隷なのだ。コンテクストを逸脱した言動をとることは非常に難しく、また、調和を乱すような行動も然りだ。逆に孤高型はそれらにほとんど縛られない。

 つまり、僕は正当な理由なしにこのオレンジの申し出を断ることができないのだ。

 それらしい理由。思いつかない。いや、普段の僕であればもしかしたら妙案を捻り出せたのかもしれないが、僕は他人と会話している最中には知能指数(IQ)が20程度にまで落ち込む。口八丁でかわすのはなかなか厳しいものがある。


 さらに言えば、クラスメイトに対して冷淡で無愛想な態度をとることも全くもって好ましくない。


 諸君らは所謂ギャルゲーと呼ばれる、恋愛シミュレーションゲームをプレイしたことがあるだろうか。

 そのようなゲームにおいて関係の落差を作るために特定の誰かには優しく接するが他の者はゴミのように扱うなどといったプレイングをしていると、その特定の誰かにまで嫌われてしまうのだ。

 いつその態度が自分に向けられるかもわからない、あるいはそれが本性かもしれない以上、そんなものと仲良くしてくれる異性などフィクションにさえ存在しないということだ。

 諸君らも店員への態度などには気をつけるように。


 それらの理由から、僕はこの女の申し出を無碍に断ることが不可能であり、不本意ながら、心底不本意ではあるが、しぶしぶ僕の女漁りに同行することを許可するしかないのだった。


「いや、勿論構わないよ。そんなに長居するつもりでもないんだけどね」


「ありがとう」


 薄幸そうな笑顔で答えてくるオレンジ。あまりにも内面がイメージと違いすぎるな。根はどちらかと言えば僕に近いのか?


 たん、たん、と上履きの底で廊下を踏み鳴らす音を響かせ、図書室のあるほうへと二人で歩いて行った。

 オレンジがこちらに視線を向けながら口を開く。


「えっと、君、名前は……」


轍充(わだちみつる)。轍、なんて変わった名字の奴はうちの親戚を除いて他に見たことがないけれど、これのおかげで出席番号が遅れて隅の席に座れてるから感謝してるよ」


 充、という名前はまるで僕の本質と真逆の一語であるが。


 奇天烈オレンジが思ったよりも気弱そうな人間だったので、僕の言葉も少し弾んでしまう。

 隅の席に座っていることは孤立の原因でもありそうだとは言ったが、嫌いなわけでは決してない。むしろ大好きだ。窓が近く周りに人が少ないという点は角席のあらゆるデメリットを補って余りあるメリットだろう。


「わだち、みつる……ミツル君、って呼んでも、いいかな……?」


 顔を紅潮させながら僕にそんな事を聞いてくるオレンジ。

 僕いつフラグ立てたの?

 まあ悪い気はしないが、この距離の詰め方、やはり根っこの部分でも僕とは逆のタイプかもしれないな。


「ああ、構わないよ」


「やった……」


 ほぼほぼ好意でなく緊張が原因ではあろうが、そんなに嬉しそうな顔をされるともうなんか色々どうでもよくなってくる。片想いの相手とかこいつでいい気がしてきた。

 孤独な人間はちょろいのだ。


 しかしながら、初志貫徹というのも僕の108の信念のうちの一つであるため、一応図書室での女漁り(といっても声をかけたりなどするわけではないが)をしておきたい気持ちは残っている。そもそも一緒に図書室に行くという名目で僕たちは行動を共にしているわけで、いきなり中止するのも不自然だ。不自然、というのは孤独型である僕の仇敵にも等しい要素であるので、決してそんなものを生み出すわけにはいかない。


 あとはそう、会話の流れとしては、一つ聞かれたらこちらも一つ聞くのが正解だろうか?

 普段なら絶対に返さないが、こいつになら言葉を掛け返してもいい気分だ。すこしだけ。


「君は……なんで包帯を巻いているのかな?」


 正確には包帯だけでなくギプスも。

 春先に交通事故にでも遭って、今まで休んでいただとか、そういうある種ありがちな話だろうか。

 先に名前を聞き返しておくべきなんだろうが、包帯への興味の方が正直大きい。


「いや、その、これは、えっと」


 (ども)る。僕のような人間は共感能力が非常に高いため、こちらまで顔が熱くなってくる。もうちょっとスムーズに進めていただきたい。


「あのー……入学式の日に、ちょっとテンションが上がりすぎちゃって、教室の窓から飛び降りちゃって……」


 言葉の意味がすぐに飲み込めない。


「えーっと……僕らの教室から?だとすると、四階から飛び降りたって事だけど……」


 自殺志願者か?

 校舎の四階というのは相当な高さである。マンションなどの四階などより更に高い。

 そこから飛び降りておいてよく生きていたものだ。

 僕はその日式が終わり次第すぐに帰ったのだったが、そういえばクラスの連中がやたらと騒いでいたような気もする。こいつが原因だったか。


「そ、そう。四階から。ほんとに、おかしくなっちゃってて……でも、今もまだおかしくて、なんかうまく喋れなくて……あの時のこと、思い出して恥ずかしくなるから、かな? 普通に喋れてたのに、誰にも声を掛けられなくなって。みんなが話してる中に入ろうとすると鼓動が早くなって、顔が熱くなって、結局声を出せないの。でも、君はなぜか、ちょっとだけ話しかけやすそうな感じがして、それで頑張って話しかけてみたんだ。すごく落ち着いた雰囲気だったからかな?」


「……なるほどね」


 いわゆる対人恐怖症、だろうか。

 これだけ話せているところを見ればそう括るほどのものでもないのかもしれないが、彼女もまた、他人に話し掛けるのに苦労する人間であったらしい。生来のものではないにせよ。


 しかし僕になら話しかけられた、と。

 僕もまたコミュニケーション弱者であると感じた、その共感からだろうか。

 あるいは会話の中に入りにくいというだけで、孤立している人間には簡単に話しかけられるといった精神状態なのだろうか。


 まあ、こういうのはあまり難しい理屈をこねたところでどうにかなるものでもないだろう。第三者である僕があれこれ考えるのはやめておくことにする。きっとそれがお互いのためだ。



 案外、僕らみたいな人間も惹かれ合うのかもしれないな。



 でもやっぱりオレンジの髪したツインテールの女は趣味じゃないかな。

 黒髪の乙女を探しに行こう。

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