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一、恋をしよう ⑫

 六限の終了を告げる鐘の音が校内に響く。


「ああ、もう時間か……はい、じゃあ今日はここまで。何か質問があれば個人的に来てください」


 今のところ自分で教科書なりを見て確認した方が早い程度のことしか教わっておらず、僕が質問に行ったことはないのだが、幾人かは七峰ちゃんのところへ歩いていくようだった。

 その中には先程のワックス男の姿もあった。真面目か。


 蒼山に呼ばれているので、カフェへと歩く。先程説明したためか、燈華が話しかけてくるようなこともない。


 別棟は本当に遠い。そこまで歩くだけで、普段ほとんど運動しない僕からすれば結構な疲労を感じる。

 三階まで上がると、カフェに入り、蒼山の姿を探す。

 しかし、見当たらない。そこまで急いだつもりもなかったが、まだ来ていないのだろうか。


 スマートフォンから『着きました、今どこですか』と連絡を入れると、すぐに返事が来る。『008』とだけあるが、これはきっと個室番号だろう。

 何も買わずに指定された個室に入ってしまっていいものなのだろうか。カフェのシステムをよく知らずそのあたり不安なので、一応カフェラテを注文してから向かう。

 008、と書いてある部屋の扉をノックすると、ガチャリという音と共に解錠された扉が開く。トラブルを避けるためなのか、部屋の仕切り自体はスカスカではあるが施錠は可能という、少々ちぐはぐな感じのある造りになっている。


「や、よく来てくれたね」


「すっぽかしてもよかったんですけど、少し気になりましたし」


「そんなこと言って、きっともう全部わかってるよね。あんな鎌かけてきたんだし。答え合わせ、って感じでしょ」


 何もわかっていないが、まあそういうことにしておこう。


「私としても誰かに話して楽になりたい、って気持ちもあったし。仮に君が私から聞いて初めて詳しいところを知ったにしても、あの子が選んだ君なら、きっと簡単に漏らすこともないだろうし」


 あの子ってどの子だよ。

 全然なんのことだかわからないのだが、黙って頷いてみる。

 まあしかし、ある程度のことなら僕としても予測してきている。仮にいきなり告白されたとしても驚かないだろう。


「ぐだぐだ話してても仕方ないし単刀直入に言うけど、まあ大方君の予測通り、私は────」


 蒼山の表情が真剣なものになる。



「────糸森さんのことが好きなんだよね」


「へえ」


 一切予想していない言葉が飛んできた。


 は? 何? 糸森のことが好きだと?


 糸森というのは、まさか僕の知る糸森愛祇か?

 いや、まあ感情や常識を度外視して考えれば十中八九そうだろう。蒼山は噂についての話に反応した。その噂というのは、つまり僕が糸森に公開告白したなんてものなので、蒼山が言う糸森とはそれに登場する糸森に違いない。


 驚きのあまり「へえ」としか言えなかった。今まで敬語で接していたのに。


「それはつまり、あなたは糸森さんのことが性的に好きだと、あわよくばセックスしたいだとかそう考えているということですか?」


 混乱しているせいで言葉選びがおぼつかない。線引きしたよりもハードな言葉が口から漏れ出してしまう。


「そうだよ」


 当然、というように首肯する蒼山。

 そういえばカラオケの時にこいつは『僕に似ている男の子が好きだ』というようなことを言っていた。確かに糸森は見た目だけなら多少僕に似ているが、いやしかし、どう考えても男の子ではない。


「いや、でも、蒼山さん、カラオケ行った時に男の子って言ったましたよね」


「言ったかもね。初対面の相手に『私はレズなの』なんて言わなくない?多少の嘘は混ざるよ」


 当然だ。当然だが、ほぼ初対面でいきなりカラオケに誘ってきた人間に言われるのはどうにも釈然としない。


 違和感はまだある。糸森の言葉を思い出す。

『お互いの、初めての友達になりましょう』。


「糸森には友達がいなかった。あなたと糸森の間にほとんど繋がりはなかったんですよね。糸森とカラオケに行く時のために僕を誘ったという理由付けも嘘」


「うん、嘘。確かめたかったの、糸森さんが選んだのがどんな人なのか……私の歌が下手すぎたせいで、あんまり捗らなかったけど。探り探り雑談だとかをしようと思ってたんだけどね」


 まあ糸森さんの好きそうな曲が知りたかったという部分は嘘でもないんだけど、と付け加える。

 僕は確かに糸森に選ばれたと言っても過言ではないかもしれないが、それは友人としてである。蒼山のものはどうにもニュアンスが違うように感じる。


「…どういう経緯で知り合ったんですか?」


「知り合ったというか、私が一方的に知ってるだけなんだけどね」


 自嘲気味に笑うと、言葉を続ける。


「まず、隣のクラスの友達と話してる時に、いじめられてる子がいるっていうのを知ったのが最初かな。今までいじめなんてものを実際に見たことはなかったし、まずそこで気になったの。どうにかしてあげられないかな、なんて考えたりして」


 実際にはそんな心配は無用だろう。

 糸森は精神的にも肉体的にもかなり強靭だ。一人で複数人の敵を粛清できるくらいには。


「で、あれこれ考えている最中に本人の姿を見かけて、力になろうと思って声を掛けに行ったんだけど……なんというか、仕返しをしているところだったみたいで」


 僕は全て知っているので仕返しだなんていう生ぬるい言葉で誤魔化さなくてもいいのだが、まああれを本人が誰かに話すとも思わないだろうし、僕も聞いたと言うべきではないだろう。

 とにかく蒼山は糸森の報復を目撃してしまった、と。


「それで、変な話なんだけど、その光景を見て……かっこいいなって思ったの。これまでにないくらい心を震わされた。きっとすごく興奮していた。全てを捧げるならこんな人がいいと思った。今まで男の子をいいなと思った事もあったけど、糸森さんのそれを見た時の感情はそんなのの比じゃなかった。惚れるっていうのはこういうことなんだなって、その時初めてわかったの」


 そんなの呼ばわりされているのは恐らく葦葉であろう。みーちゃんも蒼山も脈なしである彼の恋心のご冥福はこちらでお祈りしておいてやる。南無。


「ま、こんなところかな。予測、どのくらい合ってた?」


「九割五分ですかね」


 無論実際には0%だ。


「さすがだね。私もそのくらい頭良くないとダメだったのかなあ」


 蒼山の表情には、先程から一貫して陰がある。


「僕の頭がいいって、どこから聞いたんですか?」


 僕は自分からそんなことを言いふらしたりするタイプではない。

 正確には頭が良いのではなく、比較的勉強が出来るだけであるのだが、そんな余計な訂正はしない。


「敬語やめて。君の敬語、なんか気持ち悪いかな」


「……わかった」


 僕の敬語、なぜだかどうにも評判が悪い。

 心がこもっていないというのはあるかもしれない。葦葉や蒼山に対する僕の敬語に相手への敬意などほとんどないのだ。


「前に先生の手伝いした時に聞いたの。あれがA特待とはな、って言ってたよ」


「褒められてる?」


「だろうね」


 すこし笑いながら返事をする蒼山。

 教師間での僕の評判はなかなかよろしい状態であるらしい。

 あまり目立つ真似をした覚えはないのだが、普段まともに授業を受けていないのを見咎められているのか、あるいは何も目立つ真似をしていないのが問題であるのか。

 まあ定期テストでしっかり点を取れれば何も問題ないだろう。


 さて、それはそれとして、そろそろ蒼山に伝えるべきか。

 僕の台詞もまとまった。


「で、君はひとつ勘違いをしていると思うんだけど」


「え、どこかな?」


「僕の告白はなかったことになった」


「……どういうこと?」


「そのまま。あれは事故みたいなものだったからね、向こうも困惑していただろうし僕としても本意じゃなかった。だから僕と糸森は付き合ってなんかいない。諦めたような雰囲気を出してたけど、君が身を引く必要なんてどこにもない」


 もっとも、僕は相手に恋人がいたなら諦めなければならないなんて考えは持っていないが、あまり人に押し付けるものでもないのでそこまでは口にしない。


「……そう、なんだ……」


 一度気持ちの整理をつけたことだったのだろう、どう反応すればいいのかわからない、といった様子だ。


「同性との恋だから、なんてのも無粋な話だ。恋は子供を作るためにするものじゃない、理由もなく惹かれ合うから恋なんだ」


 今日は口がよく回る。

 恋は子供を作るためのものじゃないなど、先程遺伝子型がどうのと考えていた身で何を、といった感じだ。本心でこそないが、悪意から吐いた嘘というわけでもないので許してほしい。

 傍から見れば軽い言葉かもしれないが、当事者にとってはそうではない。その表情から、蒼山が緊張していくのがわかる。


「男に恋をしている奴を知っている。同性愛だなんて何も珍しい話じゃないんだ。自然界でも往々にして起こっていることだし、ある有名なギリシャの詩人に始まって、歴史を見てもレズビアンなんていくらでもいる。糸森がそうかと問われれば微妙なところだが、潜在的なバイセクシャルであれば本当に無数に存在するんだ────僕が言うのもなんだが、君のこと、応援するよ」


 恋について手当たり次第調べていた甲斐があった。

 こんなところで役に立つとはな。


「私────私っ」


 蒼山の顔がこれまでにないほどに歪む。

 今にも決壊しそうだった。


「蒼山ミリィ。今日から僕らは────ライバルだ。お互い後悔の無いように生きるとしよう」


 僕が考え得る限り最高にかっこいい台詞を吐いて立ち上がり、鞄だけを手にして振り返らずに去る。


 カフェオレを飲み終えていなかったことに気付き、ちょっと歩いてから慌てて取りに戻ったのだが、これはあまりかっこよくなかったかもしれない。

 


 しかし、蒼山の好きな相手が糸森、か。


 関係を整理しよう。

 燈華は……多少なり僕に気がある、と思う。遺伝子レベルでのお互いの相性は多分良い。

 糸森は僕を唯一の友人だと言っている。僕は糸森の見た目をとても気に入っており、僕としても非常に数少ない友人のうちの一人だ。

 葦葉は蒼山の事が好きだったが僕に鞍替えして、その蒼山が好きなのは同性である糸森。

 ワックス男の事は結局有耶無耶になったが、細工の瞬間を見ており、更にわざわざそれについて言いに来てくれたくらいなので燈華か僕に気がある可能性がある。まあ普通に考えて燈華だろうか。僕は告白するつもりが追い詰められたワックス男が機転を利かせて細工の指摘に逃げたという線をまだ捨ててはいない。

 関係ないが七峰ちゃんは最近彼氏と別れて荒れているらしいという噂が流れている。


 めちゃくちゃにドロドロしている気がする。

 これじゃあラブコメじゃなくて昼ドラだ。肉体関係こそ多分どこにもないが。……ないよな?


 僕にとって一番大事な部分、僕が誰を好きになるのかということだが……これはまあ、なるようになるだろう。

 僕らの高校生活は、まだほとんど丸々三年間残っているのだから。



 ちなみに僕が脅威になり得る蒼山に塩を送った理由についても話しておこう。

 実は僕は百合が好きなのである。

 以上。

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