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一、恋をしよう ⑨

 燈華が用いた手段は尾行ではないだろう。

 僕は周りの視線には敏感な方で、実際昨日のデートで葦葉が気付かなかった視線の主を発見することもできた。


 となれば、盗聴。


『盗聴器、かな?

 どこに仕掛けたの?』


 今更だが、隣り合っていながらチャットでコミュニケーションを取っているというのは中々奇妙な光景である。現代の一般的な若者は違和感なくこういう状況を受け入れられるのだろうか。

 ちなみに僕は先週に入るまで友達が一人もいなかったので、とても一般的な若者とは言えないだろう。


『なんのこと?』


『惚けなくたっていい。

 まず、君はきっと僕以外の人間とは話せないままなんだろう。そうでなければここまで僕に固執する必要もないんだから。

 さて、君は僕の歌について「私にも聞かせてよ」なんて言っていたけど、僕が誰かとカラオケになんて行ったのはこの前の土曜日が初めてなんだ。

 蒼山とは会話出来ず、そして僕が君に土曜日の事を教えていない以上、それは尾行か盗聴でもしていなければ知り得ない情報ということになる。

 僕は人の目には敏感でね、尾行の線はないと踏んでいる。だから君がしていたのは盗聴』


 これは学校における燈華の人間関係が相変わらず僕とのもの以外に存在せず、かつコミュニケーション能力もほとんど改善されていないという事を前提とした雑な考えである。

 仮に燈華がこの数日で人並みに他人と喋れるようになっていたら、「蒼山さんに聞いたんだよ」とでも言われるだけで破綻してしまう程度のものでしかない。


 だが、間違っているとは思わない。


 燈華とはたった数日の付き合いであり、かつそれは一般的な友人同士の付き合いよりも希薄なものではあろうが、しかしながら、僕はこの少女に部分的にではあるが自分と同じ性質を見出していて、それはそう簡単に変化するものではないと思っている。


 燈華との会話は実は、例えば蒼山や葦葉などとの会話に比べて、圧倒的に進行が遅い。言葉と言葉に大きな隙間がある。


 僕も燈華も、きっと考えすぎるのだ。


 だから易々と他人に話し掛けられない。


 僕らのこれはきっと生来の性質であり、そうそう変化するものではない。

 僕は彼女のその性質に信頼を置いている。シンパシーを感じている。そう簡単に変わるものではないと思っているし、それは美徳であるとさえ思っている。


 例外的に僕に話し掛けられたのは、僕の人間関係も前週月曜日の時点では異常なまでに希薄であり、僕が一言も発する事なく一日を終えた事を知っていたからだろう。


 類似性による親近効果。

 これは別に恋愛にのみ当てはまることではない。

 燈華から見た僕達の境遇は他の誰のものより似ていて、燈華から見た僕との距離は他の誰とのものより詰まっていたのだ。


 つまり結局僕のことは特例でしかなく、燈華は蒼山とは話せない。


『……うん、そうだよ、盗聴器を仕掛けた』


 やはりか。


『どこに仕掛けたのかな?』


『聞かれて教えるわけないよね。

 わざわざ聞くってことは知らないってことでしょ?

 教えないままでいればずっとミツル君の声を聞いてられるのに、どこに教える理由があるのかな』


 滅茶苦茶に強気だ。そして僕にかなりの好意を直接ぶつけてきている。自分の非日常的な行いへの陶酔からトランスしていて発言の意味を自覚できていないのか、あるいはヤケになってでもいるのか。両方かもしれないな。

 そうなると説得は難しそうだが、まあやるだけやってみるとしよう。


『今すぐ教えなければ通報する』


『スマホの中です』


 一言お願いしただけで応じていただけた。


 この引き際の理解からして、燈華は実際かなり正気であったらしい。だとするとこれら僕のことを好きだと言ってしまっているような文章は正気のもとで打ったものであるということになる。精神がどうにかなっていた方がまだ救いがあったかもしれない。

 いや、こうなっている以上多少おかしくなっているのは間違いないか。


『中、と言っても具体的にはどこ?』


『バッテリー。

 バッテリーごと盗聴器付きのものと取り替えたの。

 前に、トイレかどこかに行った時にスマホ置いていってたから、その隙に』


 言われてみれば、確かに用を足す時に机にスマートフォンを置いていったことがあったかもしれない。二度とそういう時には手放さないようにしよう。

 燈華だったからまだいいが、これが悪意ある人間によるものだったら大変面倒なことになっていたかもしれない。いや、燈華に悪意がないとは言わないが。


『元々のバッテリーは?』


『これ』


  僕の方を見ないまま、バッテリーが手渡される。

 その顔には焦燥と緊張とが見え隠れしていた。羞恥とも捉えられるが、今になってようやく自分のしたことを正しく認識したのだろうか。


『燈華』


『はい』


『今回のことは水に流そう。

 僕としても実害はまあ無いと言っていい程度だったし、形は酷いけど好意を向けられて悪い気もしない。

 しかし親しき仲にも礼儀ありというか、僕にも決して他人に知られたくないようなことがあるわけだ。

 今後知りたいことがあれば盗聴器を仕掛けるなんて真似はせず、僕に直接聞いてくれ。

 答えられないこともあるが、それが健全な関係だ』


『うん、わかったよ

 ごめんなさい』


 取ってつけた感はあるが、まあしっかり謝れるあたりはこれも美徳と言って差し支えないだろうか。


 いや、文面でこそ素っ気ない感じだが、表情から見るに結構追い詰めてしまっているような感じもする。少々深刻な感じだ。

 僕としては実際そこまで重く捉えてはいないのだが、文字でのやり取りでは少々伝わりにくいだろうか。

 直接しっかりと話す必要がありそうだ。


『昼食、燈華は今日も弁当?』


『そうだけど』


『直接話したいことがあるから教室で食べるように』


『わかった』


 燈華のほうを見ると、また顔を紅くして、少し体を震わせていた。

 説教されるとでも考えているのだろうか。

 まあ僕がどうとも思っていないといっても盗聴は盗聴であるので、少しくらいそうして反省しているべきなのかもしれない。




 授業が終わると、蒼山からメッセージが届いていた。

 そういえば、僕が告白しただとかいう噂について聞いていたのだった。返信がこのタイミングであるあたり、やはり授業中にスマートフォンを触るのは厳しかったようだ。


『気付いたんだ?君はやっぱり聡明な人みたいだね。

 放課後、別棟のカフェに来て。そこで話そう』


 なるほど。この文からすると、どうやら僕は賢く、何やら隠された事実に気付いているらしい。

 そんな僕を正しく評価する蒼山の慧眼もなかなかのものだ。




 いや、何の話だよ。




 ◯◯◯




 四限の終了を知らせるチャイムが鳴り、生徒達が思い思いに行動を始める。

 友人の元へ歩く者、教師に質問をしに行く者、おそらく購買へと急ぐ者。


 燈華はというと、逃げるように立ち上がっていた。


「どこ行くの?」


「……トイレ」


 わかりやすいのはいいが、年頃の娘がトイレだなどと直接言ってしまうのもいかがなものだろう。

 まあ今時お花を摘みになどと言われてもそれはそれで違和感が凄そうだが、手を洗ってくるとでも言えば丸いと思うのだが。


「逃げないでね」


「に、逃げないよ」


 別に逃げられて困ることもないのだが、一応今回の件では僕が被害者なので釘を刺しておく。


 少し暇ができたな。この間に蒼山に確認でも入れておくか。知った振りをして話を聞きに行くのもそれはそれで面白そうだが、ボロが出た時に何を言われるのかわかったものではない。


 一体何を隠しているのか知らないが、それは一旦置いておいて、蒼山の恋愛事情についてはいくつかの推測を立てている。


 推論その一、蒼山には僕の知らない、しかし僕に似た想い人がいる。

 蒼山の言葉を鵜呑みにするのであればこうなる。しかしながらそうである場合、僕としてはどうでもいいし、材料がないので考えようがない。以上。


 推論その二、蒼山が想いを寄せるのは僕である。

 また自意識過剰気味な考えではあるが、これで辻褄は合う。

 なぜ蒼山が好きな人の好みを知るために僕なんぞにアプローチしてきたのか?それはその好きな人というのが僕だから。

 Q.E.D.証明終了。


 そもそも僕自身、運動能力とコミュニケーション能力こそ問題外だが、なんだかんだ顔良し頭良しといったスペックなのだ。姉と母以外に顔を褒められたことはないし、それについても男として褒められた感じではないが、まあ自分で見たところではなかなか悪くない、と思っている。

 モテたっておかしくない。はずだ。


 まあいい。推論その三、蒼山は葦葉の事を好いている。

 葦葉の言によれば蒼山と葦葉はそれなり以上に仲が良く、葦葉のほうに至ってははっきりと蒼山に想いを寄せていた。みーちゃん、もとい僕とのデートを経て今現在どう考えているのかは知らないが。

 そして最近になって僕は葦葉の過去の姿について思い出しつつあるのだが、少なくとも髪は黒く、なんなら眼鏡をかけていたような気もする。今度コンタクトをつけているのかどうか聞いてみるか。

 それで、そうだとすると、過去の葦葉の姿は今現在の僕と多少似ているものと考えられる。

 もし蒼山が過去の葦葉の姿を知っていたのなら。蒼山は、環境に合わせて整えた外面ではなく、本当の葦葉の好みを知ろうとしていたのかもしれない。

 葦葉が蒼山に惚れる切っ掛けとなった言葉も、そもそも蒼山が気を引くためにかけていたものかもしれない。


 もしこの推論が正しいのなら、彼女らの関係はお互い気付いていないながら数年来の両想いだということになる。


 なかなか素敵なラブロマンスである。

 是非そのまま二人で結ばれてほしい。言ってしまうと僕を巻き込まないでほしい。正直一週間で動きすぎて人間関係がキャパシティオーバーだ。

 みーちゃん偽装も一度楽しんだら十分という感じで、引っ張ると面倒さの方が上回りそうなのだ。



 で、この推論その三が正しかった場合に、面倒になりそうなことが一つある。

 この前の僕と葦葉のデートだが、ボウリング場にて、友人と来ていたらしい蒼山に見られているのだ。

 葦葉は気づいていなかったようだが、僕は蒼山に気付いていたし、蒼山も葦葉に気付いていたはずだ。先に蒼山が気付いていたから蒼山は葦葉に気付かれないように動けたということでもある。

 さて、葦葉が知らない女と二人きりで遊んでいたところを見かけてしまった蒼山の心中は如何様だろうか。


 しかしながら、これも蒼山が僕に送ってきたメッセージには繋がらない。みーちゃんを僕だと認識できるわけがないし、そもそも僕に関する噂とは何の関係もない。


 僕は一体何に気付いてしまったんだ。


「おい」


「うわっ」


 急に見知らぬ男に話し掛けられたので声を出して驚いてしまった。


「……どちら様?」


 やれやれ、と首を振る男。

 黒髪ではあるがワックスで髪を整えているらしく、そこそこイケている感じだ。


「俺が何者か?そんなことは関係ない。話がある。ついてこい」


 言い回しが芝居がかっている。

 何か拗らせていないだろうか。


「いや、僕これから燈華……隣の席の子とご飯食べる約束してるからさ」


「……そう、そうか。そうか……」


 なんだか露骨に落ち込んでいる。もしかしてゲイの方かな?

 推測が雑だ。負荷がかかりすぎて少々投げやりになっている感じがある。


「いや、待て、俺も一緒に食べていいか?」


「無理かな」


 僕も燈華もぽんぽん他人の介入を受け入れられるほど出来た人間ではない。その場の空気が最悪になること請け合いだ。そんなものはこの男が望むところでもないだろう。


「まあ、そうだろうな……やはり直接交渉しかない、か……」


 ぶつぶつ言いながら去っていく謎の男。


 何をするつもりか知らないが、これ以上関係を複雑にしないでいただきたい。


 すぐに燈華が帰ってきた。


「お待たせ……どうしたの?」


「いや、ちょっと……疲れたかな」


 これから燈華のメンタルケアも待っていると考えると、本当に気が重くなる。

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