プロローグ
青春ラブコメディと呼ばれる作品群は時系列的には一体いつから始まるのだろうか?
僕が高校生であるのでそれを基準として考えさせてもらうが、高校に入学した直後、あるいはその前後に始点が置かれていることが多いだろうか。
そうでなければ、高校生活に慣れてきてちょっと気になる異性などもいる中で、最悪の出会い方をした転校生がやってくる……などというのもとても素敵なスタートだろう。
しかしながら、この僕が置かれているのは『高校に入学したはいいが女の子とどうこう以前に友達の一人すらできずゴールデンウィークに突入した』という歴戦のコミュニケーションモンスターですら安全靴を履いて逃げ出すこと請け合いであろう針山地獄のような状況であった。少なくとも僕としても逃げられるなら逃げ出したい。逃げ出したいが、僕は安全靴、つまるところ別の場所での良好な人間関係なんてものを持ち合わせていなかった。そうであるなら、針を踏み抜いて歩くよりも針の筵に座り続けるほうが簡単だったのだ。現状維持、という事だ。
どうしてこんなことになってしまったのか。
そこに特別な理由などなく、また大きな失敗などひとつとしてなかったはずなのだが、思い当たる節が皆無というわけでもない。
例えば気の良さそうな人物に入学当初はされていた挨拶をされなくなった理由を考えてみると、比較的陰気な見た目をしてるがために向こうから話しかけにくかっただとかいうこともなくはないだろうが、直接的には間違いなく僕が挨拶を返さなかったことが原因だろう。
なぜ挨拶を返さなかったのか?
挨拶に挨拶で返すという行為は僕が行う場合には、決して等価交換ではありえないためだ。
僕の言葉は適当にコミュニケーションに使えるほど安くなく、むしろ自分でも扱いかねる程に重すぎる。
わざわざ僕のような人間に挨拶をしてくれるほどに気のいい人間達に対して僕が返事をするという行為自体に多大な精神的負荷が伴うのだ。
平たく言えば、よく知らない相手と話すのが苦手で、返事をする勇気が出ない、ということになる。
そのようなやむを得ない事情のもとで、僕は挨拶をされた時に声も出さず軽く会釈をする程度のことしかできなかったのだが、そうしているうちにいつしかそもそも挨拶をされなくなっていた。
一ヶ月という期間は、僕という人間に挨拶をしてやる価値などないということを看破するには十分すぎる時間であったようだ。
そのようなことが積み重なり、そしておそらくきっと僕の席が教室の隅であることも災いし、休みに入る前には既に僕に声を掛ける者など一人もいなかった、というわけだ。
なぜ自分から声を掛けないのか。
掛けるわけがない。
理由。
僕が隠気な人間だから?
否。
そんな雑で適当なレッテルで説明しようとは思わない。もっと適切で的確な理由がある。
彼らと友達になろうと思えないからだ。
これは才色兼備である僕と比較して彼らに魅力が欠片もないとか、そういう他人を見下すような理屈でもなければ、彼らの高校生にもなって子供みたいなノリが僕に合わないとかいう斜に構えたそれこそ子供のような言い分でもなく、いやそれらの考えを欠片も持ち合わせていないとは言わないが、これもまた精神的負荷の問題だった。
釣り合いだ。釣り合いが取れていないのだ。僕と相手の格の、じゃない。自分から声を掛けて彼らと友達になることのメリットとそれに必要な精神エネルギーとの釣り合いだ。
僕のように筋金入りに暗い性格の人間がよく知らない人間を相手に自分から必然たる理由(例えば先生にプリントを渡すよう頼まれているとかそういった類のものだ)もなく話しかけるという行為は一般生徒からは想像もつかないであろう尋常ではないエネルギーを消費するものなのだ。まあやはりおそらく僕のようなタイプの人間に限った話ではあるのだろうが、無理矢理にそういったことを実行しようとすれば極度の緊張によって盛大に胃の内容物を吐き散らかしてしまうことさえあるだろう。僕はその最悪の事態を避けるためにあえて友人を作ろうとしていないのだ。かっこよく言えばリスクヘッジというやつだな。
そんな状況のまま数日が経ったわけだが、この現状、思いのほか相当に息苦しい。
幼稚園児だったころのことはさすがにあまりはっきりとは覚えていないのだが、少なくとも小中学校時代は自分から話し掛けないままでしかしながら友人と呼べなくもないような関係の人物が幾人か存在したのだ。それを考えれば息苦しいのも当然である。
教室の中において一縷の友人関係もなく完全に孤立しているという状況は初めてのものなのだから。
僕が己の人生を過ごす中で優先順位を最も高くつけていることは何か。
ストレスを回避することだ。
友人も恋人もいない状況が僕にとって多大なストレスになっているというのなら、それを改善しなくてはならない。
僕の心の健康、精神衛生のために。
この状況から、最高の青春ラブコメディを送ってみせよう。