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ホワイト・アイランド  作者: 大熊 健
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遭遇

          遭遇



 天気が崩れ、ものすごい吹雪になったのは、スノーとウォーターが釣り場から村へ帰ろうとした時だった。釣れた魚を、持ってきた簡易ボックスに入れて、スノーモービルの置いてあるところへやってきた時、ブリザードに襲われたのだった。スノーも予想外だった。

「しまった。こんな吹雪が来るなんて」

 ウォーターは、スノーのその言葉で吹雪の恐ろしさを悟った。南の者にとって、雪の怖さも吹雪の危険性も分からなかったのだが、今まさにそれに直面してから、そのすべてを理解したのだった。

 寒い。そしてマイナスの温度に感覚がマヒしていく。凍傷、凍死の戦慄がウォーターの脳裏に走る。

「しょうがないわね、シェルターに避難しましょ」

 スノーはウォーターに言った。

「シェルター?そんなのがあるのかい?」

「ええ。村から離れたところに行く場合、もし何かあれば、シェルターと呼ばれる山小屋に避難することになってるの。夜までに村へ帰れなかった場合だと、おじいちゃんと狩人のハンターさんが、そのシェルターに来ることになってるから」

「そうなんだ」

「じゃあ、ここから東に三キロのところにあるから、これ以上吹雪が強くならないうちにスノーモービルで行きましょう」

「ああ」

 二人はスノーモービルでシェルターまで移動した。

 

*       *       *


 バーグの村/夜六時


 ドルフィンはスノーたちを心配して慌てた。村にも吹雪が来たのだ。戻らないスノーとウォーターを案じ、ドルフィンはハンター・ラーバンのコテージに急いだ。

「ハンター」

 ノックもなしにドルフィンはハンターのコテージのドアを開けた。

「おう、ドルフィン」

「スノーたちが戻らないんだ」

 ハンターの表情が変わる。

「どこかに出掛けたのか?」

「ああ。釣りに行くと言ってた。あの少年も一緒なんだ」

「ああ、あの密航者の」

「たぶんシェルターに行くだろうな、この天気じゃ」

「そうか、俺がスノーモービルでシェルターに行くんだな?」

 ハンターが察した。彼の勘は冴えている。彼は男気があり、タフガイであった。それに彼は南で慣らした戦闘のプロでもあり、サバイバル経験も豊富だったために、こういう緊急事態に対しては必ず頼りにされる男なのだ。それを知らない村人はいない。今日こそ、彼の出番なのだ。

「行ってくれるか、ハンター?」

「ああ。分かった。だが、あんたも一緒にな。そうだろ?」

「ああ、そうだな。行くよ。わたしも」

 ドルフィンはこぶしを握る。

「もし、あの二人に何かあったら」

「心配ないさ。さぁ、スノーモービルを用意するぞ」

 二人はコテージを出て、吹雪く夕方の寒さの中、ガレージへと向かった。


*       *       *


  その頃、フローズン・ベースから、武装した別のスノーモービル群が、北西に九キロのところにあるシェルターに向けて、走っていた。

 三台のスノーモービル。横一列に並んで移動していた。

スパルタンを先頭に、ゾーバーとバークスリーの二人乗り、それからガルと一緒に、「極島」に詳しいガイドのエバが、相乗りしていた。

 目指すはまず、ふた山沿いの道を抜けたシェルターだった。

彼らはだんだんと降雪が増えるにも関わらず、その先を急いだ。

「吹雪がひどくなりそうです。いったん戻った方が賢明ですよ」とエバ。

しかし、雪がふぶく音にかき消されて誰の耳にも、彼女の声は届かなかった。いや、届いたとしても聞き入れてくれる様子ではないと思った。

 就職先にこの島に来てから七年、エバはこの島に熟していて、観光客相手にガイドをすることだけが、彼女の仕事だった。ホワイト・アイランドは自分がガイドをしながら、その本当の魅力に気付いたのだった。それこそ真っ白なだけで、年中雪が積もる雪原の大地で、面白味などほとんどないだろうと思っていたこの土地が、なんとも美しく、荘厳な島であることに感銘を受けるほどであったのだ。

 もともと大学生の頃などは世界を歩き回ったほどの旅好きの彼女だった。遠くはキューバからインドネシア、ネパール、アンデス、ザイールなどを転々と旅し、旅行ガイドになるのがエバの夢であった。その中でも、このホワイト・アイランドは自分の好みに合ってたし、自分自身も他人が認めるようなツアーガイドになるにふさわしい場所だと感じてこの島に永住するつもりだったのだ。

 まさか、ここがテロリストの的になる場所になったというのは時代の流れのせいなのか?

 エバはこれからテロリストたちを案内することになるのだ。いや、それはもう始まっている。問題は場所だ。例の鉱脈。あそこはすでに閉鎖されていて、土地の者でも近づかないような場所なのに。いや、ツアーではその鉱脈の話はするし、入り口付近までは案内することもあった。しかし、その内部までは何人たりとも出入り禁止なのだ。そこに連れていけというのは、エバにも誤算だった。なにせ、鉱脈の中は地下トンネルになっていて、地下に入れるのは工事用のエレベーターだけなのだ。その先までは行ってみないと分からない。そんな場所だった。

 ここに勤めてから七年間、一度たりともその中には入ったことがないのに、案内などできるものなのか?

 エバの考えはまとまることなく、激しく走行するスノーモービルの振動を、体で感じていた。それは彼女の不安にも表れる気持ちに似ていた。

 

*       *       *


 スノーとウォーターは、シェルターである山小屋の前に、乗ってきたスノーモービルを置いて山小屋の中に入り、そこに用意されていた毛布に一枚ずつくるまって、寒さをしのいでいた。

 壁に掛かっていた小さな温度計は、マイナス三十五度を指していた。

 山小屋の中には表の出入り口の他に、裏口もあった。木でできた床には地下倉庫につながる扉が一つ。上のロフトには石炭と薪がどっさりと積んであった。壁際の棚には食料のコンバットレーション、その他には特に何もなかった。

暖をもっと取りたかったウォーターにはこの環境はかなり酷であったことは、彼の表情を見れば明らかだった。

「寒い?」

とスノー。彼女もくるまっていた毛布をさらに体に回しながら言った。

「ああ、寒いよ」

 毛布にくるまっても震えるウォーター。

「大丈夫よ」と、声をかけるスノー。

「もうすぐおじいちゃんたちが来るから」

「そうかい。それまでもつかな?」

 不安そうなウォーターは、一度大きなくしゃみをした。鼻がズルズルと鳴る。

雪国のつらさが身に染みた。

「他に暖房はないの?」

 ウォーターはスノーに尋ねた。情けないと思われても、このマイナス気温だ。聞くのは一時の恥、聞かぬは一生の恥だ。しかし、スノーはかぶりを振ると、「ないわよ」の一言だけであった。

「世界中の暖房が、または冷房が、この北の土地や南極の氷を溶かしているのよ」

 スノーは語り始める。寒さをまぎらわせるためか、その口調は強くなる。

「年々、この島も含めて氷の大地が減っていくのよ。確かにあなたたち南の人たちは紛争や戦争、相次ぐテロなどで苦しんでる。でもね、そのせいで環境問題が忘れられている気がするの。ここじゃそのためにどんどん土地を奪われている。そんなわたしたちの暮らす大地を守ってくれるのは、いったい誰なの?」

 スノーはため息をついて、「ごめんなさい。わたしも寒さのせいで、ちょっとおかしくなっちゃったかも」

 ウォーターは、そんな彼女の言葉に首を横に振った。

「それは、すまない。俺や、いや、俺たちは自分たちだけを優先してきたみたいだ。確かに君の言うとおりだ。俺たちは北に住む大地の人々に無関心だったようだ。あやまるよ」

 スノーは少し笑った。

「わたしの方こそごめんなさい。あなたがそんなに真剣な顔で言ってくれるなんて。わたしってば、ひとりごとだから気にしないで」

 まったくひとりごとではなかったのだが、二人はお互いに苦笑した。

その時、外で猛獣の唸る声が聞こえてきた。

「今のは?」

 音に反応するウォーター。窓から外を見てみる。

シロクマが三頭、シェルターの外を歩いていた。そばにある山の方へ行くようだった。

「ああ、シロクマね。わたしたちはフリーズって呼んでるけど。危険はないわ。この島に住む動物だから。そっとしといてやれば危険はないわ」と、スノーはウォーターに言った。

「そっか。シロクマなのか。化け物かと思っちゃったよ」

「大げさね」

 その時、スノーモービルの音が近づいて来て、シェルターの前で停まった。

「二台、やってきたみたいだよスノー」

「おじいちゃんたちだわ」


*        *        *


 ドルフィンとハンターがシェルター前にスノーモービルをとめて、体じゅうに積もった雪を払いのけた。

 ドルフィンが、スノーたちが乗ってきた黒いYAMAHAのスノーモービルを見て言った。

「やっぱり避難してたか。良かった」

「二人は中かな?」

「そうだろう。スノーとあの少年だ」

「男と女がこの狭い山小屋の中で二人っきりか」

 ハンターの言葉にドルフィンは、頭に血を登らせる。

「変なこと言うんじゃないぞ、ハンター」

「はは、冗談だよ。二人とも凍えんでるだろう」

「心配はないさ。スノーはこんなマイナス気温にも耐えられる訓練は身に着けてあるからな。問題はあの少年だ。ウォーター君のことだ。彼は心配だ」

「ほう、孫娘よりか」

「言っておれ」

 くだらない会話の後で、ドルフィンとハンターは山小屋に入っていった。

「おじいちゃん!」

 中にいたスノーが声を上げる。

「おお、無事でよかった」

 ウォーターもホッと胸をなでおろした。「助かった」この一言が唯一の安堵感をもたらした。初めて味わう吹雪とマイナス三十五度の気温に参りそうになっていたところだったのだ。もう安心だ。ウォーターは自分にそう言い聞かせた。

「さてスノー、吹雪きもだいぶおさまってきたことだし、暖を取った後、すぐにバーグの村に帰るか」

「うん。そうしよう」

 スノーは持ってきたH&KMP5KA2を持って、準備した。

 ふと、ハンターは窓から見える外を見て、気づいた。

「シェルターに来ることになっていたのは俺たちだけだよな、ドルフィン」

「ん、ああ。それが?」

 ハンターが外を指さした。

 外には山小屋の十メートルほど手前で停まる、別のスノーモービルにまたがる連中がいたのだ。吹雪がやまぬ中、何者かがこのシェルターに来たのだ。

「誰だ?見たことない連中だな」

 と、ハンターと一緒に窓から外を見るのに加わるドルフィン。

危険な香りがしないでもなかったが、連中の一人はこの島のガイドを務めるエバ・パーティスだった。こんな時間にこの吹雪の中でガイドをしているとは思えなかった。

 ドルフィンは、ショットガンを手にシェルターの外に出て、彼らの前に立った。

「こんな時間にどうしたんだね、あんたら?」

 目撃者は放ってはおかない。このミッションのためならば。

 スノーモービルを降りたスパルタンたちは、持っていた銃を構えて近づく。

「逃げて!」

 その時、エバが大声で叫んだ。雪の激しい中でも、その声は大きく響いた。

とたんにガルが、エバを押さえつけて倒した。本当に危険とわかる瞬間だった。

 ゾーバーの自動小銃が火を噴く。

 乾いた激しい銃声の波音がこだまし、ドルフィンの足元で雪の柱が音を立ててはじけた。

 おもむろにショットガンで対抗するドルフィン。一発が雪の中に消えた。

 さらに撃ってくるゾーバー。

 狙いをつけられるドルフィン。彼は山小屋から離れるようにして走り出した。

 このままではやられる。そう思って一気に走った。

 激しい銃声とともに発射される銃弾の嵐。ドルフィンを追って、雪柱の道が高速でできる。それでも彼は走った。逃げるようにして足元に弾着する銃弾から逃げた。防寒着に穴が開く。これ以上は走れないと思い、雪の上に倒れた。銃弾の弾幕が彼の周りに襲い掛かる。

「死んだか?」

 とスパルタン。

「山小屋の中にも、他にいるぞ」

 バークスリーが叫ぶ。

「ゾーバー、山小屋を狙え!」

 残忍な命令をすかさず伝えるスパルタン。

 ゾーバーは狙いを山小屋の中に向けた。


*        *        *


 山小屋の中ではスノーやウォーター、それにハンターがその緊張を感じ、ドルフィンが逃げた方向に目をやっていた。誰かが銃でドルフィンを撃ってきたのだから。

「おじいちゃん!」

 スノーはドルフィンが倒れるのを、その目で見た。

「撃たれたのか?ドルフィン」

「そんな、大変!」

 スノーが取り乱す。

「死んじゃったの?」

「たぶんな。いいか、外に出るな!あいつら武装している。こっちにも来るぞ」

 ハンターはスノーとウォーターにしゃがんで身を伏せるように言った。  

「頭を出すな!かがんでいるんだ」

 その時、激しいマズルフラッシュが外から見えて、シェルター内に銃弾の雨がなだれ込んできた。窓が割れて吹雪が部屋に入り込んでくる。しかし、その寒さなど気にも留めないほどの戦慄が、ハンターたちに襲い掛かった。

 また自動小銃の攻撃が始まった。山小屋を穴だらけにする銃弾の雨。

 弾丸はスノーやウォーターたちの頭の上を通過していき、間一髪、弾丸の嵐をかわすことができた。

「何で撃ってくるんだ?」

 とウォーター。

 だが、その時ガルの持っていたレミントンM870ショットガンが、立て続けに二発、シェルターの中を襲った。その勢いで、シェルターのロフトにある石炭や薪の山が一気に崩れ落ち、ウォーターがそれを被って下敷きになる。

 ウォーターはそれに埋まってしまった。気も失っているのかもしれない。ひょっとしたら、その重みで命が危ないかもしれない。

 スノーは必死でその、ウォーターの上の瓦礫をどかそうと試みていた。しかし、その間にも銃弾が部屋の中に飛び込んできた。

 空を切る弾丸。

 ハンターは、床に落ちていたスノーのH&KMP5KA2自動小銃を手に取り、応戦した。自動小銃での撃ち合いが始まった。

 その時、バークスリーの装備していた40mmグレネードランチャーが火を噴いた。

 グレネードは山小屋の中に飛び込み、スノーとハンターを爆発の衝撃で吹き飛ばした。床に激しくたたきつけられるスノー。気を失う彼女はそのまま起き上がることはなかった。

 ハンターは部屋の奥へと宙に舞う。そして裏口のそばに倒れた。

 二発目が来る。そんな直感でハンターはすぐに起き上がると、裏口のドアを開けた。その次の瞬間、二発目のグレネードが飛んできて、爆発した。その勢いでハンターの体は開いた裏口のドアから外へ飛び出し、雪の上に倒れ込み、意識が遠のいた。


*        *       *


 二発のグレネードで半壊するシェルターを見て、不敵な笑みを見せるスパルタン。

山小屋は左半分が燃えて、反対側は崩れ落ちていた。

「ようし、そこまでにしろ」

 スパルタンは他の者に命令する。

「片付いたぞ。行こう」

 とバークスリー。しかしスパルタンはかぶりを振った。

「バークスリー、お前だけここに残れ。生存者がいたら始末するんだ。いいな?」

「どのくらいいればいい?」

「なに、ほんの三十分だけだ。それからお前もスノーモービルで追いかけてこい。あとは東に一直線のところだ。いいな?

「ああ」

 そして、満足げな顔でスパルタンは、シェルターをあとにした。

 三台のスノーモービルは、再び走り出す。

 吹雪はもう弱まりつつあった。そして静寂の時間だけがそこに残った。



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