侵入
侵入
ノルウェー海/極島まで二十海里
スパルタンの一味の乗る大型クルーザーはもう島が見える距離まで来ていた。
波は荒かった。大型クルーザーを転覆させるほどの波ではなかったが、それでも凍てつく海の潮が容赦なくクルーザーの船体にぶつかる。
大型クルーザーはそのまま「極島」の絶壁に向かう。氷の絶壁だった。そしてその上にはフローズン・ベースという極島基地が要塞のように建てられていた。全体が赤で統一された基地からプレデターという名のドローンがスパルタンたちのクルーザーの方に飛んでくるのが見えた。
「お出迎えのようだぜ、スパルタン」
クルーザーの舵を取るスタートルが操舵室で無線を使い、知らせてきた。スパルタンは操舵室まで来た。ここが一番見晴らしが良い。スパルタンは波の隙間から見えるプレデターの姿を確認した。
「あれか」
「ああ。今しがた、基地から飛んできやがった。向こうも俺たちを探りに来たってワケだ」
「ドローンか」
「どうする、スパルタン?」
スパルタンは無線でバークスリーを呼ぼうとした。
ザザッという砂をこぼしたような音がしたあと、無線が船室につながる。
「ジャベリンを持ってこい」とスパルタンは無線で伝えた。
すぐさまバークスリーが大きなランチャーを持って船室から外に出る。
ジャベリンとは携行式の地対空ミサイルで、肩に担いで発射するタイプのものをスパルタンたちは用意していた。一度ターゲットにロックしてしまえば、熱感知追尾でどこまでもターゲットを追い、撃ち落とすことが出来る兵器だ。
バークスリーはジャベリンを肩に担いで、ターゲット自動ロック機能により発射態勢をとった。彼がのぞく高性能スコープでは緑の視界に赤のロック表示が出ていた。すぐさま自動でプレデターは標準に捉えられた。そして引き金を引き、ジャベリンのミサイルを発射した。空気を切るような音が聞こえ、ミサイルはプレデターめがけて飛んでいく。次の瞬間高性能ドローン、プレデターは空中で爆発し、粉々に砕け散った。それを見ていたスパルタンとスタートル。
「このまま上陸するぞ。装備のチェックを忘れるな!」
無線で船室にいる全員に伝えるスパルタン。
* * *
船室では鉄製の箱が開けられた。全員分の武器が揃っている。重火器や高性能プラスチック爆弾C‐4、手りゅう弾などもあった。
ゾーバーがH&K製のHK53自動小銃とマガジン三つを取り出した。
「これぞ銃って感じだな、ええ、オイ?」
得意げに銃のストラップを肩にかけるゾーバー。
イケブチはAK‐47カラシニコフを取り出す。ロシア製の突撃銃でグリップが木製のサブマシンガンだった。
「俺にはこのカラシニコフが愛銃だな。AKとRPGは第三世界の象徴ともいうべき武器だ」
イケブチも銃を肩にかける。
「日本は第三世界じゃないだろ」
そう言うとガルは、レミントンM870ショットガンをつかんで、ストラップを背中にかける。
クアイアットはIMIミニウージー、ファクパーはハンドガンのコルトガバメントを装備した。ヘッダはもういつでもH&KMP5K自動小銃を持っている。それぞれが爆薬や手りゅう弾を分けて持った。これで基地を襲撃できる。
クルーザーは氷の絶壁のそばまでたどり着くと、停船した。
すぐさまNH90中型ヘリに乗り込む〈バイキング〉のメンバーたち。
「グズグズするな。早くヘリに乗れ!」
テロリストたちは大型クルーザーを捨て、全員がヘリに乗り込んだ。操縦するのは当然スタートルだった。
「行くぞ!全員トランシーバーは持ってるな?暗号名はミッキーホークだ。チャンネルAに合わせておけ」
スタートルはイグニッションを入れると、ヘリのメインローターとテイルローターが回りだす。だんだん機体が安定してくると、ヘリの車輪が宙に浮き始める。ヘリはテイルローターを上げると二十メートルはある断崖絶壁をゆっくりと超えていった。赤いフローズンベースの上空をまたぐヘリ。そして基地の正面ドアの前に着陸する。
「よし、ガル、イケブチ、ゾーバー、ベースの中に入れ!」
スパルタンは命令する。軍隊経験者は制圧にも秀でているのだった。命令された三人はドアからフローズン・ベースの中に入る。三人とも銃を構えていた。
「行け行け行け行け!」
さらにファクパー、クアイアット、ヘッダが続いた。
ベースの中から銃撃の音が響いてくる。自動小銃での撃ち合いだった。
バークスリーが外で、銃を構えて待機する。バークスリーはスプリングフィールドM14ライフルを肩の高さに構えて、いつでも撃てるようにしていた。そのそばに右手にハンドガンを持ったスパルタンが、左手に持っていたトランシーバーで連絡する。その間も銃撃戦の音がベースの中から聞こえてきた。
「ガル、応答しろ。中はどうだ?ミッキーホーク、応答しろ」
ようやく銃撃音が途絶えた。無線がつながる。
『こちらミッキーホーク、六人射殺した。繰り返す、六人殺した。一階は制圧した。引き続き二階へ移動する。オーバー』
「気を付けろ。武装のない連中は人質に取れ。いいな?ミッキーホーク、いいな?」
『了解!オーバー』
ベースは二階建てで、二階には「極島」のガイドをしているエバ・パーティスという二十八歳の女性が一人と基地の管理人をしているジョー・スミス、五十歳だけがいた。
二人とも手を挙げて無抵抗をアピールした。
こうして二人の人質を取ったスパルタンたちは、事実上フローズン・ベースを占拠した。
「乗っ取るまで五分。予定より二分早い。幸先がいいぞ!」
スパルタンは一階の通信室に入りながら言った。
* * *
ヘッダとスタートルの二人は、基地の周りの壁という壁に、高性能の爆薬を仕掛けては、それらを電線でつないでいった。手短にやっても骨の折れる作業だったが、日が暮れる前に終わらせておきたかった。地道にその作業をこなす二人。
「線一本抜いただけでも爆発するな」とヘッダが言った。
「ああ。この基地がいっぺんに吹っ飛んじまう。くわばらくわばらだぜ」
「さて、これから第二段階に入るな。スパルタンはどうするつもりかな?」
雪に足を取られながらも二人は基地の外側を回りながら、五メートルおきにC‐4プラスチック爆弾を仕掛けていく。
「人質にこの島のガイドがいたのは幸いだったな。きっと鉱脈の事も知ってる」
スタートルは言った。
「ああ、そうだな。人選は?」
ヘッダがちょうど壁の反対側の海沿いの崖がある方に回りながら言う。
「たぶんスパルタンとゾーバー、それにバークスリーだろ。ガルもだ。あとの連中は、占拠したこのフローズン・ベースで待機だ。さて、ここの通信網を完全に遮断しちまうぞ」
スタートルはニヤリと笑みを浮かべて言う。
「さっきガレージの中に雪上車両があった。あれで移動できるぞ」
ヘッダは壁に縦に沿う電話回線と通信回線を見つけ、ペンチで切りながら言った
「いや、スノーモービルは?」
「それもあったな」
「なら、移動はスノーモービルを使う」
作業を終えると二人は入り口まで戻っていった。
* * *
フローズン・ベース/二階
スパルタンはおびえる基地の管理人、ジョー・スミスにまず、簡単な質問をするために誰もいない部屋に連れ込んだ。スミスはファクパーとイケブチに銃を突き付けられて、動けない状態だった。すぐにスパルタンもグロッグ17をスミスに突き付けた。
「この島の詳細な地図を出せ」
「え?」
「二度は聞かないぞ。意味はわかるな?」
「は、はい。でもこの部屋にはありません。管理人室へ行かないと」
「よし、管理人室へ行こう。案内しろ。グズグズするなよ」
「は、はい。お願いします。どうか撃たないで」
スミスは言われたとおりに、基地の二階の管理人室にある、大きな鉄製の引き出しをスライドさせて開けると、畳んであるA2サイズの「極島」の地図を出して、それを銃を構えるスパルタンに渡した。
「鉱脈の場所は?」
「え?」
「西側が掘りに来ただろう。地下トンネルに続いている鉱脈だ」
スパルタンは口調を強めた。
「お前の命はお前自身にかかってある。誰も助けは来ない。お前だけは万が一のための人質だ。よく考えろ。自分の立場を分かってるほうがいい。でないと、お前だけでなく、この島に住む民の命も危険にさらすことになる。お前も死にたくはないだろう?それに他の民の死に様にも立ち会いたくはないだろう?わかるな?ではこの地図を見て、俺たちの要求に答えるんだな。鉱脈の入り口はどこだ?」
スミスは苦虫を噛むような表情をすると、すぐに大きなため息をつき、広げられた「極島」の地図を眺めて、「極島」のフローズン・ベースがある位置を指さした。
「ここから」
人差し指を地図の北西の方にスライドさせるスミス。
「シェルターがふた山超えた場所にあります」
「シェルター?」
「はい。山小屋があるんです。そこから山を迂回して、東へ五キロ進んだところにあります。そこが鉱脈の入り口になります」
「出口は?」
「南へ地下トンネルが続いていて、山を抜けて谷のそばに出ることができます」
「ガイドも知っているのか?」
「ええ。エバはこの島を掌握してます」
「では、案内するよう言うんだ」
スミスは首を振った。
「いえ、わたしが案内しますよ」
「ダメだ。お前が人質だ。ガイドを連れていく」
「そんな!」
スミスから目を背けると、ファクパーとイケブチの方を向いて命令する。
「二人ともヘッダとスタートルとクアイアットとともにこの基地を陣取るんだ。いいな?
無線で一時間ごとに連絡をしろ。俺たちはガイドとともに、これから鉱脈に行く」
「わかった」とファクパー。
「気を抜くなよ。人質は保険だ。絶対に逃がすな」
「ああ」
ニヤリとするファクパー。
「必ず中性子爆弾を見つけてくる。見つかったらヘリで迎えに来い。スタートルに伝えておくんだ」
「オーケー、ボス」
スパルタンは基地の二階から、階段を降りていった。
「中性子爆弾?」
スミスが驚きの顔を見せた。
「中性子爆弾とは何のことだ?」
「知らないのか?」
AK‐47カラシニコフを構えながら、イケブチは言った。
「この島にあるんだよ。その鉱脈の中にな」
「そんな馬鹿な!」
スミスの表情が青ざめる。
「まぁ、あんたを含めて、この島の人間には無用の長物だ。そうだろ?それとも核兵器を持った土地としてグローバル化に貢献でもするか?お前たちはスマートフォンくらい知ってるだろ。こんな辺境の地では、衛星電波が届くかどうか分からないがな。え?」
イケブチはニヤリとして言う。
「あんたら、おかしいぞ」
「そうかもな。だが、我々は非情な組織だ。豊富な資金を使ってさらにひと儲けする。中性子爆弾を欲しがる裏企業や、他のテロリストはごまんといるんだ。それらを高く売るのが俺たちの商売っていうもんさ」
スミスは腰を落とし、そばにあった椅子にもたれかかった。そして静かに、だが強く言った。
「あんたら、本当に狂ってるよ!」